*やっぱり餃子は宇都宮*
「やー、いい天気だよなー、宇都宮」
「…そうだね」
「遅延も運休もナシ。毎日こうだといいなー」
「…まったくね」
「あー、にしても餃子うめー!」
「…天気、関係ないじゃないか」
宇都宮は、向かいの席で山のような餃子をマシンのように流し込む高崎を半ば呆れ顔で眺めていた。
つい口が滑ったのがいけなかったのか。
最近、宇都宮線内での人身や車両故障が相次いで、そのたび高崎線にまで迷惑を及ぼしていることについて「お詫び代わりに今日は奢るよ」などと甘いことを言ってしまった。そう、確かに言った。
でもフツー、ちょっとは遠慮とかあっても良いと思うけれど。
そうするには付き合いが長過ぎたのか。いや、性格だ…これはもう、高崎の無邪気と言うか素直過ぎる性格のせいだ…
「あれ?宇都宮?オマエ、食べねーの?」
「…食べ飽きてるし…見てるだけでお腹いっぱいになるし」
この店は、いくつかの名店の餃子を日替わりで数種類提供してくれるという、いわゆる時間のない観光客にはうってつけの店。もちろん時間のない鉄道にとっても。
そして高崎は、なんと本日オススメの5種類の焼餃子をいっぺんに注文し、さらに水餃子とかライスまで追加。
何だこの状況。こいつは食べ盛りの体育会系の学生か。
「そっかー、見てるだけで腹膨れるなんて宇都宮は得だなー。んじゃオレ、残り全部喰っちまうから♪」
「……」
──お前をバラして喰ってやろうかこの野郎!
とか心の中で穏やかではない想いを抱きつつも、地元で騒ぎを起こすのは誠によろしくない。
よろしくないので、宇都宮はただ黙って微笑を浮かべるに留まった。
「あー美味かったー!やっぱ、宇都宮に来たら餃子だよなー」
「…どうも」
「あ、そうだ!土産土産!」
「土産!?」
いやそんだけ食べたらもう餃子見たくもないだろ!?
まだ喰うのか?しかも土産って…
「長野上官がさー、いっぺんゆっくり食べてみたいって言うから」
照れくさそうな顔に、ようやく「ああ」と合点がいった。
しかし待てよ…この餃子が長野上官の手に渡るということは…
「それって、上越上官も食べるってことじゃないの?」
「あー?えー?でもオレに頼んだのは長野上官、リンゴみたいな真っ赤な顔してさー、すっげぇ勇気いったんだろうなー、ほんと可愛いひとだよ」
「そんなことどうでもいいよ。だいたい、長野上官が餃子を食べてたら、あのちょっかい出しの上越上官が黙ってると思う?」
「えっと、そらまぁ、一個くらいはつまみ食いすっかもな」
「言っておくけど、上越上官に食べさせる餃子はないよ」
「んな怖い顔すんなよー、ほんと、長野上官からの頼まれものなんだって。な?な?」
「…奢らないよ、それは」
「あったりまえ!ちゃーんと上官からお代は受け取り済み!な?楽しみにしいてる子供の夢を叶えるためだ!」
「……ドッチが子供だい」
毎度毎度上官たちに振り回されて酷い目に遭いながら、その無防備さ!何度言い聞かせても分からない高崎のガキ!
…まぁ、上越上官の影を感じた途端に一気に不機嫌になる自分もせいぜい子供だとは思うけれど。
「ごちそうさまー、ふーう、喰った喰ったァ♪」
「…で、高崎…本日の感想は?」
自分の複雑な想いに気付く訳も無く、満面の笑みで暖簾をくぐる高崎にちょっと苛ついて、わざと素っ気なく尋ねてみた。
「えー、感想?餃子の?」
「人の金であんな食べてさ、どれが一番美味しかったかくらい報告するのが義務なんじゃない?」
高崎は一瞬、きょとん、と瞬きして、それから「うーん」と考え込むように腕組みをして見せた。
いや、そんな深刻に悩む問題でもないと思うけど。
ほんと、高崎って小さなことにでも律儀というかクソ真面目というか…
「そうだなー、やっぱ宇都宮の…あ、宇都宮って、オマエのことな」
「え…」
「こないだ喰った、宇都宮の作った餃子。今まで喰った中ではアレが一番美味かった」
「……」
「だからまた今度、な?」
あんなに喰ったのに、もう次のおねだりかい?
…という嫌味も、高崎の、お世辞でも社交辞令でもない、真っ正直な言葉の前に消え去った。
「宇都宮の餃子も、宇都宮線の餃子にはかなわねぇってヤツ?ははっ」
──まったく!この高崎のガキんちょ!何か腹立つ!
でも、一番腹が立つのは、そんな高崎の言葉でいっぺんに気持ちが高揚してしまった自分自身──だったりするんだけど、ね。