100000HIT記念リク 10/真剣勝負(宇都宮・高崎)

 

*真剣勝負*

 

 

「負けねーぞ!」

と、高崎の声。

「へぇ、何をだい?」

と、鼻で笑う宇都宮の声。

時折、儀式みたいに繰り返されるこんなやりとり。

気持ちを素直に言葉で表す高崎と、態度で示す宇都宮と。
似ているようで、似てない2人。

「うーん、何だかさぁ…」
「なぁに、埼京?」

ベンチにへばりついてむーっと考え込む埼京に、八高が陽気な声で応じた。

「珍しいじゃない、そんな難しい顔」
「うーんと…あのさぁ…宇都宮と高崎って、いっつもセットでいるけどさぁ…」
「うんそうねぇ」
「…例えば中央と総武とか、京葉と武蔵野とか…他にもセットで走ってる奴らっていっぱいいるのに…そういうのとはちょっと違うって感じるの…何でなんだろうなぁって」
「おやおや、またキミは宇都宮に聞かれたら1000年は祟られそうなことを言い出すんだねぇ☆」
「大丈夫だよ、きっと1000年も架線持たないから」
「…あ、そ」
「でも、ほんと、何でだろうなぁ…」

そうして首を傾げる埼京の視線の先には、宇都宮と高崎がいる。
大きな背丈をさらにのけぞらせて。

「負けねーぞ!」

と、高崎の声。

「へぇ、どうするつもり?」

と、鼻で笑う宇都宮の声。

「八高は、どう思う?」

埼京の改まった問いかけに、八高は肩を竦めて苦笑いを返した。
実は、そう問われるとその通りだという気がする。
気がする──が、それが何故かと考えると答えが見つからない。

「ごめんねぇ、僕にもよく分からないや」

素直にそう告げると、

「へぇ!?八高にも分からないことがあるんだね?!」

と、真顔で驚かれた。

あっはー☆可愛いねぇ、埼京線。
世の中には何もかもに“答え”があるって信じてるんだねぇ…可愛い子。

──でも人の気持ちをひとつの言葉でくくってみせるって、なかなか難しい芸当なんだよねぇ、これが。

 

 

「…たく宇都宮のやつ…宇都宮め…宇都宮ってまったく…」
「ははっ☆高崎ったら。朝からずっと宇都宮宇都宮って。何の呪文ソレ?また何かあったの?喧嘩?悪戯?」
「そんなんじゃねぇ!…あれは…そう、“陰謀”だ!」
「うわぁ☆スペクタクルな関係だねぇ、キミたちは」

高崎駅。
パソコンのキーボードをイライラと叩き続ける高崎の隣で、八高が椅子にもたれながらからかうように言った。

「昨日、ちょっと言い合いしただけでよぉ、あの野郎──真夜中にこっそり俺んちしのびこんで、目覚まし全部止めやがった!」
「あらあら」
「そんなこともあろうかと、本棚の後ろに予備の目覚ましを隠しておいて良かったぜ…まったく油断も隙もねぇ」
「…そして実にスリリングな関係だ、キミたちは本当にねぇ」
「だから!俺、宇都宮に言ってやったんだよ!“姑息なことすんな、正々堂々と勝負シロ”って!」
「はぁん、それで今朝の会話に繋がる、ってワケね…で、何で勝負するの?」
「今日から一週間、ドッチが遅延回数少ないか!」
「…前向きなんだか後ろ向きなんだか微妙な勝負なんだねぇ」
「とにかく、遅延の多い方が少ない方に好きなもんを奢るっていう約束を──」

そのとき。

プルルル、と、内線電話が鳴った。

高崎と八高ははたと言葉を止め、緊張の面持ちで互いの視線を合わせる。
何故なら、こんな時間にこの内線が鳴るとき、たいていそれは──

『宇都宮線、久喜駅付近で人身事故発生。現在、上野〜宇都宮間で上下線とも運転を見合わせ』

──やっぱり。

「…あらら…」
「……」

八高が制服を正して立ち上がるより先に、高崎が内線電話の相手に一言二言、指示を出した。

「あー…ちょっと手間取りそうだって現場の見解。しばらく動けないみたいだ。まぁ朝のラッシュじゃないだけマシだけど」
「気の毒な宇都宮…せっかくキミと勝負しようって矢先にねぇ?」

憮然とした顔で受話器を置いた高崎に、嫌味にならないよう気遣いながらも話を続ける。

「とりあえず、彼の遅延は確実だから…このまま高崎が巻き込まれなければ、勝負は一歩キミがリード、ってことに…」
「ならない」
「えっ?」
「ならない。それはダメだ」

高崎はきっぱりそう言い切ると、パソコンの電源を落としてドアの方へと踵を返した。

「人身はあいつのせいじゃないから。だからこれはノーカウント。勝負には関係ない」
「…そう…」
「もし、宇都宮が俺の立場でも、きっとそう言うと思う。あいつずる賢いくせに、そういうとこだけは律儀なんだから」
「…そうだね」
「じゃあ俺、行かなきゃ。大宮から上野までのお客さん、俺の方で引き受けたいし」
「うん、そうしてあげたらいいよ」
「またな、八高」
「あ、待って高崎」
「ん?」
「宇都宮にお見舞いを言って。元気出してって」
「あー伝えるよ。もっともあいつなら“元気に決まってるじゃない”とか何とか強がり言うの目に見えてっけどなー」
「ふふっ、行ってらっしゃい☆」

バタバタバタバタ…
焦るような慌てるような足音が、廊下を遠ざかって行く。

残された八高は再び椅子に腰をおろすと、行儀悪く長い足を机に放り出しため息とともに天井を仰いだ。

「あー…何だか僕…分かっちゃったよ埼京」

宇都宮と高崎が他の鉄道たちと違う理由。

だって違うの。違うんだよ。
ただの仲良しでも、ただの架線を共有する仲間でも、もちろんただのJRの同僚でもない。

──彼らはいつだって真剣。毎日が真剣勝負。

真剣にお互いがぶつかりあって。それでも心の底で信じ合って通じ合って。支え合って。そんな特別な存在。

「…そこんとこ、今度あのコに合ったら上手に説明してあげなくちゃねぇ♪」

もやっとしていた気持ちが晴れて、気のせいか身も心も軽くなる。

「さあってと。僕もスタンバイしておくかな。ごくわずかでもお客様が流れてくるかもしれないしねー」

うーんとのびをして立ち上がると、高崎線のホームから発車を知らせるアナウンスが聞こえてきた。

「がんばってねぇ、高崎…宇都宮」

そして早く勝負の行方を教えてよ。
だって僕、君たちのことが──うんと昔からとーっても好きなんだもん──ねぇ。

 

 

 


 2009/3/29