*悪魔のお茶会*
「山陽、さんよー、ねぇ、シャワーまだぁ?」
「うっせーな上越、もちっと待て!つーかドア開けんな!水が飛ぶ!」
「あははー、丸見えー」
「アホ!」
──イライライライライラ
「だってぇ、僕も汗かいて気持ち悪いんだもの。もうさー、ほとんど脱いじゃったんだから早く代わって」
「仕方ねーな、坊や」
「そうだ!着替え着替え!パンツパンツ!」
──イライライライライラ
「ふっあー、いい気持ちだったぁ…って上越…オレのパンツ知らね?」
「知らなーい」
「ウソこけお前!また人のパンツ隠しやがったな!さっさと出せこの変態!」
「ちょっとぉ!やめてよー山陽!髪まだ濡れてんじゃん!冷たいって!」
「うっせー!早くオレのパンツ返せさもねぇと今ここでひん剥いて──」
バンッ!
「いい加減にしてよっ!山陽っ!上越っ!」
こめかみに血管を浮かばせ、ものすごい勢いで立ち上がった秋田のこの一声で、かたや全裸に腰タオル、かたやパンツ一丁で取っ組み合っていた山陽と上越はピタリと動きを止めた。
「…?…秋田、どした?」
「どーしたもこーしたもないよっ!ここは執務の部屋!それはみんなが使う共同のシャワー!それなのにキミたちと来たら…そんな裸同然の格好でウロウロするわ、パンツパンツ連呼して不毛な喧嘩を始めるわ…」
「あっははー、何?秋田照れてるの?ボクたち男同士じゃない。それともこのボクのヌードに思わず感じちゃったとか?」
「ははーん、このオレ様の魅力的な肉体の前で目覚めちゃったとか?」
「はぁ?!ばっかじゃないの?!誰がキミたちの裸なんか!まったくもって興味ゼロ!てゆーかむしろウザい!」
秋田は冷たくそう言い捨てると、用意しかけていたティーセットを盆ごと手にしてドアへと向かった。
「せっかく美味しいお茶をいただこうと思ったのに、キミたちのせいで台無しだよ!これは応接室でいただく!僕は消えるから、好きなだけストリップをドーゾ!もっともキミたちの裸見たいなんて酔狂な観客は誰もいないんだろうけど!」
バッタン!!!
と、壊れんばかりに激しさで閉ざされたドアを見つめて、取り残された山陽と上越はぶーたれた顔を互いに見合わせた。
「…だってよ上越…なぁちょっと秋田の言い方ひどくね?」
「…まったくだね…この僕の磨きぬいた身体にあんな言い方されちゃ…黙ってられないねぇ」
「…どーすんだ?」
「…そうだね、どうしようかな…」
パンいちのまま、やたら格好つけて右手を顎にかけた上越だったが、
「あ、そだ。イイコト思いついちゃったなぁボク♪」
と、突如その瞳がキラン、と光った。
隣にいる山陽が一歩引くくらいに危険な色をたたえながら。
「──で?」
「んー?」
「何だよ、コレ?」
「うっふふっ、媚薬♪」
「びやくぅ!?」
「しーっ」
この騒ぎの数日後。
(一見)天使のような麗しの笑顔で現れた上越が、山陽に小さな瓶に入った液体を見せた。鼻歌まじりで。
「いや待て媚薬っておま…そんなまさかマンガみたいなもん…つーかソレどうしたお前!?どっから調達した?」
「心配しないで、ちゃーんと専門家であるドクターに頼んで作ってもらったから、身体に害はない。媚薬、っていうより、興奮剤に近いのかな」
「かなって…よくドクターがンな胡散臭い薬作ってくれたな?!」
「あーそうねぇ、よっぽど僕のデジカメの中のとある画像を消去して欲しかったんじゃないー?徹夜で作ってくれたみたいだからー、ふふっ」
「……一体何の画像撮ったのお前……JR東日本直属のドクターを恐喝したってコトだろソレ……マジ引くわ」
「取引だよ、大人のと、り、ひ、き♪」
「…この悪魔が…」
「悪魔じゃないよ、高速鉄道だよ」
しれっと言い返すと、上越は自分で用意したティーカップのひとつに媚薬と称する液体を数滴たらした。
「長野にね、秋田への伝言を頼んだんだよ、“こないだのお詫びに、ささやかなお茶会に招待したい、お菓子もたくさんあるよ”ってね。そこでやってきた秋田がこの薬入りお茶を口にしたらどうなるか…楽しみだねぇ?ジェントルマンのボクとしては、彼が求めてきたらそれなりのコトしてあげようと思うんだけど?」
ようやく上越の真の意図が分かって、山陽の顔色が一気に真っ青を通り越して真っ白になった。
「どうなっても知らねーぞ…オレは知らねー」
「何言ってんの、ここまで来たらキミも共犯」
「うっそー!?マジで?」
「そ。だからジタバタしないでよね。さ、もうすぐだ」
そして約束の時間通り。
秋田が2人の前にひょっこりと顔を見せた。
視線はテーブルの上のお茶とお菓子に釘付けになっている。よほどお腹が減っているらしい。
「…へぇ、本当にお茶会の準備が出来てるじゃないか。また悪い冗談かと思って期待してなかったんだけど」
「あったり前だよ秋田♪さぁ、座って。僕と山陽がとびきり美味しい紅茶とお茶菓子を用意したんだから」
「あ、これ、アンリのフィナンシェじゃない?美味しいんだよねぇ…」
「さ、遠慮しないで。食べて食べて」
「ほんとにいいの?」
「もっちろん!ねぇ山陽?」
「お…おう」
「ではお言葉に甘えて♪いっただきまぁす♪」
「はい、ドウゾ」
ぱくぱくと幸せそうに焼き菓子を頬張り、ついでにゴクゴクと注がれた紅茶をためらいもなく飲み干す。
まさかそこに悪魔のような罠が仕掛けられているとも知らずに…
「秋田」
「んー?何?」
「美味しい?」
「うん、もうすっごく美味しいよ」
「…それだけ?」
「それだけって…ん…そうだね…すごく身体があったまるね、このお茶」
「でしょう?」
秋田のためにブレンドした特別のものだからね。
そうほくそ笑む上越の目の前で、明らかな変化が始まっていた。
秋田の目がトロン、と鈍い色に濁り、じょじょに頬が上気して息が荒くなる。
しかし苦しそう…と、いうよりは、うっとりと痺れるような…そんな様子に見受けられるのだ。
「ね…上越…山陽…ボクどうしちゃったのかな…すごく…ン…熱い…胸の中がかき回されているみたい…」
「すっげ!媚薬って本物?!どんだけドクター死に物狂いなんだよ」
「ほんと上出来だよねぇ…秋田の顔見てよ。ものすごくそそるねぇ…男だってこと忘れそう…ううん、忘れなくたって…」
上越はうっすらと開いた秋田のピンク色の唇を人差し指ですぅっと撫でた。
その感触に、ピクッと体を震わせるその姿には、言いようの無い色香が漂っている。
「ねぇ秋田…秋田は無防備過ぎるよ…僕と山陽が招いたお茶会に…何の警戒心も持たずに参加するなんてね」
「ちょっと待てー!俺を一緒にすんな一緒にー!」
「(無視)秋田はもっと用心しなくちゃダメだよ、こんな綺麗なコなんだから…いくら美味しいお菓子に目がないからって」
「…ん…?…おか、し?」
「そう、美味しかったでしょ?」
「ん…甘…い」
「もっと甘いもの、食べたくない?」
そうして柔らかな白い頬を両手で覆って、鼻先をそっと擦り付けた。
「ふふ…可愛い…秋田」
「ちょ──上越ッ!マジいい加減にシロお前ッ!」
「あっはっは、やだなー、そんな怖い顔しないでよ山陽上官。冗談、冗談。さすがの僕もそこまで外道じゃないって。最後までやるはずなんてない──」
「…なぜ?」
「「へっ!?」」
「なぜしないの?…最後、ま、で」
「──秋田?え──うぉっとぉ!?」
ガッシャーン★
椅子の倒れる音とともに一瞬にして体勢は入れ替わり、呆然とする山陽の目の前には、床に組み敷かれた上越の姿があった。
そしてその上には──秋田がどっかりと乗っかって、薄紅色に染まった笑顔を輝かせる。
「…もっと…甘いもの…甘くて大きいもの…咥えさせてくれるんじゃなかったの?…ふふっ」
いやいやいやいや───ッ!
そんなこと誰も言ってねぇ───ッ!
山陽の叫びは、しかし声になることはなく、いきなりの急展開にガッチンと石像のように体が固まって動かなくなった。
そうこうしている間に、組み敷かれた上越は──手際よく(?)身包みを一枚ずつはがされ──
「山陽っ!山陽───っ!何してんの!助けてっ!!!──ぎゃぁああっ!」
「へ?──あ、ああそっか」
絹を裂くような(?)男の悲鳴で我に返る。
そうだ、このままでは上越の貞操の危機だ。
いや、そんなもんこの際どうでもいい。
あいつの貞操なんてグラム数円で売ってるに違いないから。
そんなことよりこのまま放置すれば、真昼間から、己の眼前で男同士のあっはんイヤンな場面が生で繰り広げられるという──
「ちょっ!ちょちょちょちょちょ!あ、秋田ぁ!落ち着けっ!上越を離してやれよ!なぁ?!」
山陽が既に半泣きの上越に乗っかったままの秋田を羽交い締めにすると、その拍子に髪留めが落ちて長い髪がするりと背中を舞った。
「……なんだ山陽、待ちきれないの?」
「は?え?待つって何?つーか何も待ってないけど」
黒髪の合間から自分を見つめる秋田の姿は綺麗を通り越して妖艶、思わず山陽の喉がゴクリと鳴る。
「可愛いひと…大丈夫、それなら上越と一緒にシテ上げるからホラ…」
「ええええええええ!?」
なんでやねーん!と、叫ぶ暇もなく──
体をひねった秋田にがっしり胸ぐらを掴まれた秋田は、そのまま床に叩き付けられた。
お隣には、上半身がひんむかれて今また下半身も…な上越の恨みがましい顔。
「ちょっとぉ!助けてって言ったじゃん!何一緒にマグロになってんのさ!」
「なりたくてなってんじゃねぇ!つか、なんでコイツこんな腕力が強い──!?──秋田ぁ!秋田サン!ストップ!あの俺のズボンは脱がさなくて結構ですから──!」
「ああ、着たままがいいの?ふふっ、変態だね山陽」
「ちがうちがうちがう!いいから人のハナシ聞けー!」
「…ドッチから先にいただいちゃおうかなぁ…」
もうダメだ──このまま俺たちは3Pで──
「ひぃいいい!とうほくぅー!」
「やだよぉおおお!とうかいどぉー!」
「…何だ!?」
「何事だ騒がしい!」
ドアの向こうから──呼ばれた2人がそろって現れるというこの奇跡!
そしてこのとき、上越には東北が、山陽には東海道が自らの危機に駆け付けた王子様のように見えたという。
新幹線という白馬に乗った王子様に。
「ばっかもぉおおおお───ん!!!」
東海道の渾身の怒声が、冷たい床に正座した上越と山陽の頭上に浴びせられた。
「同僚の──しかも後輩のミニ新幹線に一服盛るとは貴様ら──どういうつもりだ!」
「まったくだ!これで運休などということになったらどう説明するつもりなんだ!?」
東北も、両腕を組み仁王立ちで2人を睨みつける。
「ごめーん…東海道、東北」
「いや、だから俺は止めようと…」
「言い訳するな山陽!ぶん殴られたいか!」
すでに三発ぶん殴られた後に聞いても仕方ないセリフではあるが。
山陽は「すんません」と素直に謝りがっくり首を垂れた。
「秋田は医務室で診察中だ!それが終わったら改めて謝罪をすること!いいな?!」
「「ふわぁーい」」
そこへ、秋田の様子を見舞っていた山形が部屋に戻ってきた。
「ああご苦労、どうだ?秋田の具合は?」
「…ん…」
「もう気分はなんともないのか?復帰できそうか?」
「…まぁ…」
山形が困ったような、そうでもないような顔で返答した。
「大丈夫みてぇだ…今、山陽と上越に会う前のウォーミングアップとかって、中庭で廃棄処分の机を叩き割ってるかんなぁ…素手で」
──元気過ぎるんですけどいやそれ超怒ってらっしゃいますよね──?!
「に、逃げよう!山陽!今すぐ!でないと僕らも叩き割られるよ!Maxが一階建てになっちゃう!」
「おうよ!俺だって──このうえ愛する500系を二両編成に縮められてたまるか!行くぞ上越!」
「おい待て!お前たち!逃げるってどこへ…」
「え、えっと……北海道!」
「何だと!?貴様ら航空を使う気か!許さん!」
そんな東海道の的外れな叱責などに構っている暇は無く──上越と山陽は大慌てで部屋を飛び出した──いや、飛び出そうとした──が、
がしっ★
「あらいやだ、ドコ行くのさ2人とも?せっかくボクがキミたちご自慢の身体をこの手で愛でてあげようと戻ってきたのに」(にっこり)
「あ!あ!秋田さぁあああん!」
「ごめんなさい秋田さぁあああん!」
「ごめんで済んだら鉄道警察はいらないよ?ね?じゃあ、まず、脱いでみよっか♪見せたいんでしょ?ボクに?ん?全部脱いで四つんばいに…」
「「いやぁあああああ────っ!」」
暗転。
それからしばらく、東北と山形と東海道は、何も知らない長野を連れて別棟の会議室に避難することを余儀なくされた。
「山形せんぱい…上越せんぱいと山陽せんぱいの姿が見えないのですけれど…ドコに行かれたのですか?」
「そんだなぁ……星にでもなったんでねぇかなぁ」
「レールスターですか?上越せんぱいも?E2じゃなくて?」
「フン!馬鹿どもが!自業自得だ!」
「…誰か頼む…秋田をなだめてきてくれ…直接繋がるのはこの俺なんだぞ…(ため息)」