*たまにはしあわせ*
「へぇ、美味しそうなお菓子だね、西武有楽町」
「…あ…っ…営団…」
小さな膝の上でナプキンを広げ、それは大事そうに美味しそうにマドレーヌ(らしき)菓子を頬張る姿があんまり可愛くて。
メトロ有楽町は用事で急いでいるのも忘れ、思わず足を止めて声をかけた。
もっとも、当の本人は、おやつの光景をふいに目撃されてちょっと恥ずかしそうだったけれど。
「あ、ゴメンごめん驚かせた?だって間食してるの見るの、珍しいからさ」
「こ、これは…西武池袋が作ってくれたものだからいいんだ!」
「へぇっ!?あの池袋が?」
超意外──でもないか。
今までだって、外食ばかりでは栄養が偏るとか何とかで、たびたび手作り弁当を持参させていたんだっけ。
お菓子くらい焼けても不思議じゃない。
「て、適度な糖度は…えっと…そうだ!脳!脳を活性化させて体に良いんだぞ!」
きっと丸覚えしてきたセリフで胸を張る。
「そうだなぁ、手作りだといらん着色料や保存料は入ってないし。うん、キミの体のことを良く考えてある。すごいね、西武池袋は。まるで本物のお母さんだ」
そんな話の流れでつい「お風呂とかも一緒に入ってるの?」と尋ねてみた。
「うん。でも池袋とだけじゃない。良く一緒に入るのは秩父。頭洗うのがすごくうまい。気持ちがいい」
「へー」
「お風呂上がったら、いっつも新宿とゲームする。池袋はあんまり好きじゃないみたいだけど、新宿はゲームソフトいっぱい持ってて楽しい」
「ふーん」
「国分寺は、寝るときよく本を読んでくれる。拝島は歌を歌ってくれることもある。西武で一番歌がうまいんだ」
「…すごいね…」
普段は電波で宗教で手に追えないことも多い(というか大抵そう)西武軍団ではあるが。
こうして聞くと、男手ばかりだというのに一致団結して、幼い仲間をとてもとても大切に慈しんで育てている。
これは見習うべきじゃないのか。この殺伐とした事件ばかりの昨今としては。
「いいなぁ、西武って。なんだか“家族”みたいだなぁ」
「かぞく?」
「そうそう。本物の“家族”みたい」
これも当然のように心から出た言葉であったのだけれど…西武有楽町はお菓子の最後の一切れを口に入れながら、「家族…かぞく」と戸惑うように繰り返して首を捻った。
「だって、“家族”ってさ、いつも自分のこと見守ってくれて、元気をくれて、あったかくてさ。そこが自分の帰る場所、って感じ。そうじゃない?西武有楽町にとっては、池袋とか新宿とか、西武のみんながそういう存在だと思うんだけど…」
「…見守ってくれて?」
「うん」
「…元気をくれて、あったかくて?」
「そうそう」
「…自分の帰る場所、みたいな?」
「まぁ、これはオレの持論なんだけど」
「……」
「…?…西武有楽町?」
急に黙り込んでしまった西武有楽町にやや不安を抱きつつ、背中を屈めて視線を合わせる。
「…どした?…オレなんか変なこと言った?」
「……」
「なぁ、西武有楽ちょ──」
「…それなら」
西武有楽町の大きな瞳が自分を捉える。
今度は確信に満ちた色で、まっすぐと、しっかりと。
「それが“家族”というものなら…お前もわたしの“家族”なのか?」
「…………え!?」
一瞬、あまりにアレな展開にメトロ有楽町の思考が止まる。
しかしじょじょにじょじょに…冷静に頭が回転し出すと…この幼い鉄道が向けた言葉の意味が心にじんわりと染み渡った。
──見守ってくれて
──元気をくれて、あったかくて
──自分の帰る場所
そうかそうか。
オレにもちゃんと“家族”がいたのか。
うん、確かに。
オレたちは、西武さんとは違う意味でずっと繋がって来たもんなぁ。
オレだって随分キミから元気をもらってきた。
見守ってるつもりで、いつの間にか見守られてたりね。
「…ふふっ」
「…?…どうして笑うのだ?」
「いやぁ…そしたらさぁ…有楽町繋がりで…オレと西武池袋も…“家族”ってことになんのかなぁ?なんて…くっ…くくっ」
そんな想像があんまりくだらなくて楽しくて、笑いが止まらなくなった。
「オレ、きっと“堤会長の素晴らしさが一寸も理解できぬ不肖の息子”!とか何とか怒鳴られて速攻勘当されちゃうな、きっと」
「…営団」
「ん?何?西武有楽町?」
「…気持ち悪い、ニヤニヤして」
「あっはっは、そりゃひどいよ」
「すごく幸せそうな顔して笑ってる」
「だって幸せな気分だから」
「…?」
さぁて、それじゃ、うんと年の離れた兄貴として、西武有楽町に何をしてやろうか。
…そうだ、行きたがっていたハンバーガー屋に連れて行ってやろう。肩車でもして。
ポテトのL。熱々ポテトの大きいサイズが食べてみたい。確かそう言ってた。
後で「ろくでもないもの食べさせて!」って池袋にどやされるのは必至だけど…まぁいいか。
そうやって子供たちを怒鳴りつけるのも、保護者の大切な役目なんだろうからな。
「なぁ西武有楽町、明日のおやつはさ、オレに奢らせてくれない?」
たまにはいいだろ。
シアワセ気分に浸ってハメ外したって…さ。