*彼がメガネを付けた訳*
「京浜東北ってどうしてメガネをかけてるのー?」
何気なく質問したのは、埼京線だった。
「“うん、ボクも知りたい〜☆”」
追随するのは、言わずと知れた山手線(代理=人形)。
「え?メガネ…?」
「そうそう、そんなに目が悪いの?京浜東北?」
「うーん、まぁねぇ…僕もけっこう年寄りだからねぇ」
「何言ってんだ、馬鹿馬鹿しい」
そう言って話に割り込んだのは、東海道(弟)だった。
「お前が年寄りだったら、一体俺はどうなるんだ?」
「はは、東海道はいつまでも若々しくって羨ましいよ」
「だから馬鹿言ってんなって」
「“でも似合うよねー、メガネ♪”」
「そうそう、メガネがなかったら、京浜東北じゃないみたいだもん」
「そう?…そうかー、似合う?メガネ?」
京浜東北は、くすりと笑みを漏らして皆の顔を見回した。
「…実はね…」
「え?何、何?」
「“京浜東北のメガネに何か秘密でもあるのー!?”」
「昔…同じ事言われたんだ…僕にはメガネが似合うって……大好きだったひとにね」
「え…」
「うっそー!」
「マジで!?」
京浜東北の、いまだかつてない爆弾発言に、一同唖然。
いつもは感情の起伏に乏しい山手さえ、驚きのあまり腹話術を忘れている。
「…ってことで、そろそろ休憩終わり。行かなくちゃ」
「ちょっ…ずるいよ!京浜東北!続き!ハナシの続きは!?」
「好きなひとって…どこの?誰?」
「なーいしょ♪」
「ひどーい!」
「ははっ…さ、もう出てみんな。今日も最後までしっかりね」
「…」
「…絶対後で聞き出してやるんだから」
「…ああ、絶対な」
ブーブー文句を垂れる埼京と山手を残して、京浜東北は軽やかに身を翻す。
と──
「…?…何?東海道」
「……っ」
スカイブルーの制服を、がっちりと止めるオレンジの腕。
「どうしたの?何か問題?」
「…さっきのハナシ…」
「どのハナシ?」
「ちっ、とぼけんな…さっきのメガネの」
「ああ、僕がメガネを付けた訳?」
「…そう、だ」
「興味あるの?」
「まぁな」
「知りたいの?」
「…まぁな」
「そう」
京浜東北は、腕を掴まれたまま、にっこり笑ってこう言った。
「もういないんだ、そのひと」
「いない?」
「うん。ずっとずっと昔にもういなくなっちゃった」
「……」
「これでいい?」
「…よくない」
「本当のこと言ってもダメなの?難しいねぇ、キミは」
そうして、自由な方の手で、少し歪んだメガネの弦を直す。
「キミは?」
「…え?」
「キミは、僕のメガネ、どう思う?」
「どうって…別に」
「……」
「……」
沈黙。答えを待つ。
「…似合ってんじゃない?」
根負けした東海道がようやく重い口を開くと──
「そう、じゃあ解決」
「はぁ?」
「それでいいじゃない?僕がメガネを付けている理由」
「…人身ばっかで頭イカれたんじゃねーか」
「ふふっ、じゃあね」
意味深な笑顔を残し、京浜東北は呆気に取られた東海道の手からするりと逃げて行った。まるで風のように。
「くっそー、おぼえてろよ」
何にこんなに腹が立つのか。
自分の質問をあっさりかわして逃げやがったことか。
自分のことを“それでいいじゃない?”扱いしたことか。
それとも自分の知らないあいつの──
「…フン、ほんとに馬鹿馬鹿しい」
東海道は好奇心に満ちた眼差しを向ける埼京や山手を睨みつけると、京浜東北とは正反対の方向へ足早に去って行った。