100000HIT記念リク 01/閉じ込めた腕の中(京葉・武蔵野)

 

*閉じ込めた腕の中*

 

 

「…あー、気持ちのいい朝だなぁ…」

ベンチに座って、天を仰ぐ。そして大きく伸びをひとつ。
抜けるような青空。清清しい空気。
燦々と降り注ぐ陽光が、ワインレッドの制服にキラリと反射する。

「今のとこ何のトラブルもないし、今日はこのまま1日平和に過ごして──」

のしっ★

「え!?…武蔵野!?」
「けーいーよー!ちーえーんー!ねーむーいー!」

──平和、終わった(ふっ)

僕の肩にどっかりと乗っかった武蔵野の顔は、今にも溶けるんじゃないかと思うくらい、疲れて眠そうだった。

「…どうしたの武蔵野?信号故障?立ち入り?人身?」
「貨物の車両トラブル。点検で全線遅れちまった」
「あー」
「ソッチの直通にも影響出るかも」
「うん…まぁでもすぐ取り戻せるでしょ」
「これでも頑張って回復したんだ、ぜ…8割、は、まともに…動いて…」
「ちょっとちょっと!立ったまま寝ないでよ!コッチ来て座って!」
「うー」

手をひいて、横に座らせる。支えていないと今にも落っこちそうだけれど。

「ねぇ、ちょっと…大丈夫?」
「大丈夫じゃねーよ…夜明け前から引っ張り回されてよォ…ようやっと落ち着いたからちょろっとサボって朝寝しようと思ったら東海道(弟)に見つかってJRの部屋追い出されて」
「…あー、それは相手が悪かったねぇ」
「で、東上ンとこ行って寝かせてもらおうと思ったらちょうど西武のヤツラと大喧嘩中でそれどこじゃないって追い返されて」
「…はぁ」
「メトロんとこ行ったら有楽町留守で、あのわけのわかんねー新線がベラベラ喋りまくるから寝るに寝られねーし」
「……で、ここに来た、と?」
「そー…だから寝かせて…」

ベンチの上にゴロンと横になると、大の男が、まるで膝枕のような体制で倒れこんでくる。

「ねぇ、ここじゃなくて駅舎の中に行かない?」
「ダメ…もう一歩も…動きたくない…ぐぅ…」
「だって、ここじゃ誰かに見られちゃうかもよ?サボってるのバレたら…」
「お…まえ…何とか…シロ」
「ええ!?」
「ま…ほう…使え…よ」

よろしく〜、と、片手をピラッと一振り。
そして次の瞬間、武蔵野は僕の膝の上でぱったりと意識を失った──ように見えた。

「…ずるいよ、武蔵野」

魔法なんて信じてないくせに。
こんなときだけ都合良く引き合いに出して。

そう思いながらも、彼のことを突き放すことなんてできなかった。

武蔵野や僕のように貨物を扱う路線は、他の在来線たちのように、終電が終われば業務終了、というわけには行かない。

夜中も走る貨物列車にひとたび何か起きれば、眠っていようが何処にいようがすぐさま駆け付けなければならない。
元々貨物線上がりだからそんなことにはすっかり慣れっこだけれど、だからと言って休息が必要ない訳じゃない。

こんな立場を理解できるのは──東武でもメトロでもなくって──

「僕でしょ…武蔵野」

なのに、僕のところに来たのが最後の最後だなんてねぇ。
本当に、酷いよねキミって。平気で酷い。
酷くてだらしなくって、いい加減で。

どうしようもないひと。

「…?…けいよー?」

ぎゅうっ

僕は、膝の上の武蔵野の痩躯を横抱きにして、自分の胸元にぎゅうううっと押し付けた。
そして覆い被さる。まるで卵を温める親鳥みたいに。

「…おい?…ちょ…何?」

息苦しさに気付いたのか、武蔵野が戸惑うように声を上げる。

「心配しないで、コレ、魔法だよ」
「…?…」
「こうしてるとね、キミの姿は魔法で、他の誰からも見えなくなるの」
「…マジで?…」
「マジで。僕の魔法でね。だから我慢して。そこまで苦しくはないでショ?」
「…んー…まぁ…あったけぇ…」
「これで、誰にも邪魔されずにゆっくり眠れるよ」
「…ん…」
「だからじっとしてて。ここにいて」

 

どこにも行かないで。

 

そっと囁きながら、腕の中に閉じ込める。
本当は、そんな束縛の魔法。

 

「武蔵野」

いつだってこうして抱きしめてあげるから。
キミが鬱陶しがっているすべての世界から守ってあげるから。

だから

 

「…今度同じ事があったら、一番に僕のところへ来て」

 

もう返事はなかった。ただ、ノイズの混じった寝息だけ。
うん、いいよ。それでいい。

キミが薄目を開けてたことにも、気付かないでいてあげる。

 

そうして僕はほんの少しだけ腕の力を強めて。

 

オレンジ色の襟元に顔を埋めると、機械油と、それからほのかに青い草の香りがした。

 

 

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「武蔵野を見つけたって、ねぇ埼京?」
「うん…だけど…」
「何?連れて来られなかったの?」
「ああ、もしかして逃げたんだ?」
「そうじゃなくて!ベンチでさ、ホームのベンチで、だよ?京葉がさ、こう、膝の上で武蔵野をがっちり抱きかかえてるの!」
「…抱きかかえて?」
「…膝の上で?」
「…朝っぱらからホームで?」
「そうだよ!ぶっちゃけドン引きだよもうっ!ていうか怖いよアレ!とても声かけらんないよ!ほんと無理だから無理ムリ無理っ!」
「…どうする?京浜東北?」
「……(ため息)」

 

と、いう訳で、京葉の魔法(?)は、結果的に武蔵野の安らかな休息の時間を無事守ったのでした。
めでたし、めでたし。

 

 


 2008/10/9