*このよはやさしいひとばかり*
※注:本家様9月新刊「スイッチバックでつかまえて」の後日談風になっております。えっちゃんとか陽子さん出ます。
「…責任を、だな」
「は、はい?」
「責任を、とらねばならぬと思うのだ」
「…?」
天下の東海道新幹線(男)に呼びつけられ、小さく小さくなって椅子に固まっていた上越新幹線(女)=越子は、何がなにやら分からず途方に暮れた瞳を空に泳がせた。
先日、不慮の事故(?)で、自分の下半身を廊下で丸出しにし、しかもそれをよりにもよって東海道&山形(どちらも運悪く男)に目撃されて以来──自分の女としての人生は終わったと。
そこまで思い詰めている当の相手から呼び出されてそれだけでも泣きそうなほど恥ずかしいのに。
どんだけ怒られるんだろう、と覚悟して臨んだ席で、いきなり「責任をとらねば」とか切り出されても、まったくどうして良いものか分からない。
「あの、失礼ですが…責任とはあの…どういうこ」
「私がっ!…ゴホン…その…越子のだなぁ!…っ…分かるだろう!」
「分かりません」
心底さっぱりです。
と、涙目で返され、東海道の方が泣きたくなってきた。
「つまり…女性の大事な部分を…その」
「あーっ!あーっ!そそそそそそそのハナシはもうっ!」
たまらなくなって立ち上がり、両手を振り回しながら叫んだ。
「わ、忘れてくださいっ!この世からその記憶をなくして!というか──ああもうっ!私がなくなりたいですこの世からっ!」
「な、泣くな!だから──責任を取ると言っているのだろう!」
「…はい?…」
「私が嫁にもらってやる。だから安心しろ」
「──!?──」
あまりにも、あまりにも意外な展開に、思わず涙も止まった。
体中の力が抜けて、ストン、と椅子に腰掛け直す。
何の冗談だろう?と目の前のエリート新幹線を見上げても、真摯な視線がぶつかるのみ。
つまり?本気?私と?けっこん?
アレのせいで…アレだけのせいでそんな天下のセントラル東海のひとが!?
「だ、ダメですダメですっ!」
「何故だ?」
「あああああのっ、だって!あなたは東海道新幹線ですよ!高速鉄道の頂点に立つ方ですよ!それが乗車率もない、稼ぎもない、色気もない、地方の主線落ちギリギリを走るこんな私のような者と結婚なんてっ!」
言ってて空しくなったが、仕方がない。それが真実だから。
「それがどうした」
「…え?」
「私の目には、あの、あのときの光景がくっきりしっかり焼き付いているのだ。そんな辱めを受けて傷つく女性を、そのまま放り出すような真似はできん」
──いやあの、その“くっきりしっかり”を脳内から消去していただく方がぶっちゃけシアワセなんですが。
とは言えなかった。
あの富士山より遥かに高いプライドを持つ東海道新幹線が、自分のような者にプロポーズしてくれているのだ。
それも、たった一度のあんな過ちで。責任はどちらかというと自分にあるのに。
それでもこんなに誠実に、真剣に。それでもう十分過ぎる気がした。
「…あの、本当にありがとうございます。すごく光栄です。本当です。でも、責任で結婚、なんて…して欲しくないです、私が。だって…東海道さんは、私たち高速鉄道の、いえ、日本の鉄道すべての憧れですから…」
「越子」
「どうぞ、今の言葉は、とっておいてください。あなたの隣に立って相応しい、素晴らしい女性が現れたときのために」
「しかし、私はくっきりしっかり」
「…その代わりなるべく早く忘れてください、ソレ」
そうして涙を拭いながら微笑む。
こんな顔、見た事ない、と東海道は思った。
いつも、怯えるような、不安そうな、または泣きそうな(いや泣いている)顔しか見た事なかったから。
こんな顔で断られては、どうしようもない。
「…分かった、越子がそれでいいのなら」
「大丈夫です、私、その…慣れてますから、こう…不運っていうか、不幸っていうか…そういうのって」
「上越(男)か?」
「えっ」
「あれに、そんなに酷い事をされているのか?」
「えっ!?いえ、あの、そんな、そんなこと!何もっ!」
「…本当か?」
「は、はい。問題ないです。上越新幹線はすべて正常運行です」
「うむ」
と、突然、くしゃっ、と頭を撫でられて、正直ドキリとした。
「何かあれば報告するように」
「…は、い」
気難しいだけだと思っていた東海道新幹線の、思いもかけない掌の温かさに、また涙が滲んで来た。
本当にいい人だなぁ。東北さんも、この東海道さんも。
あの人にも、ほんの少し──たとえ0.1パーセントでいいから、この優しさがあれば。
それは叶わぬ願いなのだろうけれど。
「…あったり前だよ…誰が東海道なんかのトコに嫁にやるかってぇの」
不用心に空いたドアの隙間から話を伺いそう呟く上越は、背後に2つの長い影が近づいていたことにまったく気付かなかった。
「おーやおや、ソコで箱入り娘のオヤジみたいな発言してんのは──」
「──上越新幹線殿じゃありませんの?うふふっ」
その明るい、いや軽い声に、チッ、と盛大に舌打ち。
よりにもよって一番見つかりたくない相手に見つかったものだ。
JR西日本の高速鉄道、山陽新幹線。それも男女お揃いで。
「やぁ、一体何のことかな?」
いつものスマイルで返してみたものの、そんなもので誤摩化せる相手でないことは百も承知。
案の定、茶髪の長身は揺るぎもせずにそれぞれ意味ありげな笑みをたたえるのみ。
「聞いてたわよ〜♪すっごくいい縁組みじゃない〜、天下の東海道新幹線と上越新幹線が結婚なんて〜♪」
「…フン、あんな、女のアソコ見ただけで失神するような腑抜けと縁続きになるなんて僕はご免だね」
「いいのかー、ンなこと言って。越子が東海道と結婚すりゃ、ファステックどころかリニアが手に入るんじゃねーの?」
「……」
「うっふふ、本当はえっちゃんを手放す気なんてないくせにー。だいたい東北さんのとこに夜這いさせたって聞いたけど、本当は分かっていたんでしょ?彼がそんな誘いに乗るような男じゃないって。きっと指一本触れずに返すだろうって」
「……フン」
「まったく、上越、オマエってば」
「えっちゃんより、よっぽど子供じゃあありませんこと〜?」
「「ね〜っ」」
「…ほんと、マジうざい!山陽ペアあっち行け!」
「いやーん♪」
「ごめんなさいねぇ♪」
陽子と一緒になって女口調で身をくねらせる山陽を、真剣ぶん殴ってやろうかと引きつった笑顔で拳を握りしめた。