*Milky,Milky Way*

 

 

「…んよう、山陽、山陽―っ!」
「あ?わりぃ、何、東海道?」

苛立ち気味にカチカチとボールペンを弄る東海道に、山陽がいつものへらっとスマイルを投げかける。

「何、ではない!仕事中によそ見ばかりしおって貴様はッ!」
「あー、ごめーん」
「何事もごめんで済めばドクターイエローなぞいらん!」
「ごめん、東海道ちゃん…意味がわからない」
「仕事中にたるんどる、と言っているのだ!」

確かに軽いミーティングではあるのだが、それにしたって。
二人きりで狭い机に向かい合っているというのに、山陽ときたらしきりに窓の外に目をやるばかりで一向に落ち着かない。
車両にトラブルでもあったのかと尋ねる東海道に、いやいや、と、気恥ずかしげな返事が戻ってきた。

「今日さー、“七夕”じゃない?」
「…?…ああ、そういえば七月七日だったか……で?それが何だ?」
「でもほら、雨が降りそうだしさー、雲あっついし、これじゃ天の川見えないなーって寂しくて」
「貴様は幼稚園児か山陽!」
「だってさー、せっかく年に一度、織姫ちゃんと彦星くんがデートする日だってのに。天気悪くちゃかわいそうじゃーん」
「生憎、名古屋の今夜の降水確立は70パーセントだ」
「あちゃー、そりゃダメだわ…デートお流れー、また一年後のお楽しみー、かぁ」
「残念だったな。では、山陽──」

東海道は手袋をはめた手で、視線は書類に落としたまま、愛用のボールペンの先をくいっと山陽の眉間に向けた。

「貴様がいくら空を眺めていても降水確率は変化せん。諦めて、私だけを見ていることだな」

し…ん

突如、言いようもない沈黙がのしかかる。
「?」と目を上げた東海道の前には、両目を大きく見開いた山陽の端正な顔が迫っていた。

「…どうした?山陽?」
「いやその……なんつーか……俺、今、熱烈に口説かれちゃったとか……そんな気分満々なんスけど……」
「はぁ!?」

口説く?口説くって何だ?
東海道は若干混乱したアタマで自分の言動を遡る。

さっき何て言ったっけ…えーと。
そうだ、山陽が七夕の天気を気にして窓の外ばかり見ているから、今は“自分だけを見ろ”と──

「!〜〜〜!?…っ!!」

迂闊な発言をしたことにようやく気づいて、東海道の頬がボッと赤くなった。

「いや〜、俺一瞬すっげぇテンション上がっちゃったよ〜、ハハハ。東海道ったらオトコマエ〜!」
「ばっ、馬鹿者!何が!私は!そんなつもりじゃ!」
「“私だけを見ていることだな”…バシィ!なんつって♪」
「く、口真似するな!いや待てそんなポーズはしていない!断じてしていない!!!」
「じゃ〜俺、せいぜい東海道ちゃん見てるわ〜、会えない織姫と彦星に代わりにさ〜♪」
「み、見るな、こっち向くな山陽!近い!顔近い近いッ!」
「え?…いやだってそっち見ないとミーティングできないし…ねぇ?」
「〜〜〜〜〜っ」
「ちゃ〜んと見てますよ〜、東海道ちゃ〜ん♪♪」
「やかましいっ!裏声で語尾上げるな気持ち悪いっ!」

 

この後、たまたま用事で上官専用室を訪れたジュニアがこの様子を目撃し、「赤くなって向かい合う兄貴と山陽さんに遭遇してめちゃ空気重かったわー」と京浜東北に愚痴っていたことなど、当事者たちは知る由もない(そして東京駅で噂が広まる)。

 

 

 


END

 

2011/7/7