With*

 

 

「山陽」
「んー?何?東海道ちゃん」
「バカ面」
「ちょぉおお!?朝も早うからいきなり何言い出しちゃってんのオマエ!?」
「そのバカ面を何とかしろと言っている!さっきからやたらニヤニヤしおって気色悪いッ!」
「あー、そのことー?」

事実だから否定しようがない。
山陽はそんな風に笑って広い肩を竦める。
そんな飄々とした態度がまた、東海道の眉間の皺を深くした。

「貴様、私とのミーティング中にその不真面目な態度は何──」
「ゴメンごめん。ンな怖い顔せんで。いや、さ、ちょこっと安心してつい…」
「…何がだ」
「上越」
「上越だぁ?何故そんな名前が出て来る?」
「ほらアイツ、ここんとこ色々揉めてたじゃん、東北と。長野たちも随分心配してたし、どうなったかなーって思ってたけど…今日はほら、フツーに喋ってる」

山陽が顎で示した先には、いつものように無表情な東北と、着崩した制服姿でヘラヘラ笑う上越が何やら話し込んでいる様子。

「あいつ──上越のあんな顔、久しぶりに見たっつーか。無事に東北と仲直りしたみたいで、ま、お兄さんとしては一安心って具合で」
「…随分と余裕のあることだな山陽」
「は?」
「あれのトラブルは東日本の多分にデリケートな問題を含む。貴様のような西日本が首を突っ込むことはあるまい」
「なーにー?何カタイこと言っちゃってんの、東海道ちゃんはー」
「何だと?!」
「だって、オレたち仲間じゃん?」
「……」
「上越だって東北だって、会社は違えどオレらの大事な仲間だろー?」
「…フン、偽善者めが」

東海道の手が、苛々と分厚い書類の束を弄くった。
この言葉は、きっと山陽の本音である。
そういう人の良い男なのだと、それが重々分かっていながら──何故にこう癪に触るのか。
それは東海道自身にも答えの出ない感情だった。

「では、その偽善魂をこちらにも向けて欲しいものだな。確認しなければならない項目が山ほどあるんだぞ」
「あー、のぞみの車両トラブルなぁ。ちょっと異常なほど続いたもんなぁ」
「点検と検証のレポートはここにまとまっている。確かに故障ポイントは我等セントラルの管轄ばかりだが、博多からの走行に問題があるやもしれん。だから山陽──」
「わーってる、わーってる。ちゃーんと一緒に考えますって…つか何故にいつもそんな上から目線なん?」
「ふっ、貴様の言葉を借りれば私も貴様の“仲間”なのだろう?せいぜい大事にすることだな」

露骨に皮肉を滲ませてそう言い切った東海道に、山陽は、しばし目を見開き──やがて首を傾げて、

「や…オレとオマエはちょっと違うっつーか」
「な!?」

堂々と否定され、東海道は思わずガタンと椅子を立った。

「何だと貴様ッ!私のことだけ差別する気──」
「や、だってー」

いきり立つ東海道に、山陽はいつものように口元をにんまりと緩めてとびきりの笑顔で応える。

「オレとオマエはさ、“相棒”じゃん」
「──!」
「ただの仲間じゃなくて“相棒”、違う?」
「……」
「はは、何言ってんだよ今更」
「──この──山陽──貴様はまたそういう軽口で誤摩化そうとしおって」

──そしてその軽い言葉で胸に湧いた苛立ちを鎮められてしまった自分が口惜しい!

東海道の口が“への字”に曲がったのはまさにそんな心中の現れだったが、

「ちぇっ、信用ねーな」

と、軽く凹んだ山陽が早々に話題を切り上げてくれたおかげで、その事実が露見することはなかった。

 

 

そして、ミーティング後。

「…先ほどの話だが」
「ん?何?どの話?」
「貴様が私を…“相棒”だと」
「あーハイハイ」
「貴様の理論からすれば、2011年からはあの──つばめもその──コホン、貴様の正式な“相棒”になると──そういうことだな」
「うん、そうねー」
「……」

山陽の「それが何か?」という顔に、東海道は何も言えなくなる。

「そうか…そうだな…直通するのだから当たり前だな」
「ははっ、心配すんなよー、東海道」
「な!何を!?わ、私が一体何を心配するというのだ山陽!」
「九州は確かに難しいヤツだけど、何とかうまく折り合いつけて走ってみせるから、さ」
「……は?」
「オマエとオレの──“東海道山陽新幹線”の名前を貶めたりしないように」
「……」
「オマエの“相棒”として恥ずかしくない走りを見せてやるよ。でもって、新しい“相棒”ともきっとうまくやる。そしてたくさんのお客様に喜んでもらう」
「…山陽…」
「岡山まで開業した、あのときみたいに。な、東海道?」
「…ふん…」

本当に。
山陽という男には人の心を揺さぶることにおいてどれだけ天性の才があるというのか。
──というか、むしろ天然?筋金入りの天然!?

「まかしとけ♪」
「…どうだかな」
「ちぇーっ、マジ信用ないのねオレって…そんな笑うなよー」

そう言われて初めて、東海道は自分が声を出して笑っていることに気がついた。

 

 

 


END

 

2009/06/06