*What a delicious day!*
ある日の新大阪で。
いきなり東海道から「山陽…今夜お前の部屋に行って良いか?」と尋ねられた。
いや、業務中にも関わらず、この“貴様の”ではなく“お前の”って言うあたりから何か変だとは思ったんだけれど。
でもって、たいていこういう殊勝な東海道が現れるのは俺に災難が降りかかる前兆なのだけれど。
でもまぁ断わる理由もなく、縋るような目にほだされて「ああ、いいよ」と二つ返事をしてしまった。
そして約束通り、夜も遅くに俺の部屋を訪れた東海道はこれまた昼間以上に真剣というか深刻というかろくに目も見ず黙って向かいのソファに座り。
しばしの沈黙に耐えながら、一体何だ何事だと俺の心はざわめき出した。
もしかして…俺の可愛いレールスターちゃんまで“オールこだま落ち”とかそーゆー話を持ち込んだなんてこと…
いや待て。
あれは「ひかりレールスター」って名前なんだしだいたいセントラル関係ねーじゃん。
落ち着け俺。
「…実は、お前に頼みが…」
ようやく用件キター。
こいつが部屋に来てからゆうに10分以上はたっている。
「実はだな…その」
「…うん」
俺はゴクリと喉を鳴らし続く言葉を待った。
「…ハンバーグ…を」
「ハンバーグ?」
「そう…ハンバーグを、だな…」
「……喰いたいの?」
「……いや……焼きたいんだ」
「……」
「……」
「…ハンバーグを…焼きたいの?…お前が?…自分で?」
子供が復習するように言葉を並べ返すと、東海道の首がこっくりと深く縦に揺れた。
そうか。
ハンバーグな。
ハンバーグ…
「ううーん」
何故にハンバーグ如きで脂汗を流さねばならんのだろう。
いやしかし、仕方がない。ここは慎重に。だって相手は東海道なのだ。
少し前に“みそ汁を大爆発させた”その張本人、東海道新幹線なのだ(この話はまた別の機会に)。
「焼き方を、教えて欲しい」
「いやそれはいいけど…でも何で急にハンバーグなん?」
「いや、山形がその…山形牛を使った最高級のハンバーグの詰め合わせをセントラルにと届けてくれて…せっかくだから自分の手で焼きたい、と」
「…ああ…」
山形ねぇ。なるほどね。
「で、そのハンバーグは…」
「ここに」
と、東海道はかけてあったコートの側に歩み寄ると、そのポケットから真空パックのハンバーグ種を取り出した。
「ちょ───!お前ポケットにハンバーグ入れて持ってきたの!?マジで!?気持ち悪くないの!?」
「?…何故?」
「いやだって!生肉じゃん!生あったかくなったら超キモいじゃん!」
「どうせ焼くものだろう?」
焼いたらあったかいどころか熱くなるのだから問題ないだろう、と真顔で返す東海道にドン引きしたが、何とか微笑で踏ん張った。
こんなことで目眩を起こしているようでは、こいつの相棒は勤まらないのだ。
「ま、俺もそんな詳しいわけじゃないけど。要はきちんと火を通せばいいのよ。レアで食べるんだったら別だけど、普通は中火以下でフライパンに蓋して、忍耐強く火が通るのを待つ」
「忍耐か…なるほど…料理に忍耐が必要だとは気付かなかった…」
──いや俺も料理で忍耐を説く事になるとは夢にも思いませんでしたけど。
とりあえず実践が一番、ということで、部屋に備え付けのミニキッチンに立った。
大の男2人では少々窮屈だったが仕方ない。
温めたフライパンに薄く油をひき、東海道にハンバーグの種を投入させる。
「これでな、中まで火が通るように蓋をだな…」
先ほど説明した通りの手順を実演して見せる。
「で、じっくり焼けば間違いないって」
「…じっくり…」
「とりあえず片面な」
「…片面…そうか…」
今度は東海道の方が子供のように反復する。
こういう生真面目で学習意欲の高いところがこいつの良い部分であり。
だからこそ、日本で最初の“新幹線”の名を背負って来られたのだろうが。
おそらくこの一回で、調理手順はすべてアタマに入っているはずだ。
こいつが料理ベタなのはほかでもない、高速鉄道として生きて来るのに必要ないからとまったく知識を持っていないからだ──それこそ微塵も。
「さぁてと、ちっとこのまま待つかな。火を離れるとあぶねーからな」
「うむ」
チリチリ…と小気味良い音を蓋の中で聞きながら、がっちり腕組みをしてフライパンの蓋を睨み付ける東海道。
──何だこれ。少なくとも料理の光景じゃない。
笑いを噛み殺しながら手早くティーバッグで紅茶を煎れると、奴の鼻先にマグカップを突き出した。
「ま、飲めよ」
「…うむ…」
「……」
「……」
「……」
「…香辛料とか食器とか結構そろっているな」
「うん、まぁたまに気分転換つーかストレス解消に料理してっから」
「そうか…」
「そう」
「……」
「……」
「さんよ──」
「“忍耐”」
「…うむ…」
「……」
「……」
やがて東海道の忍耐はめでたく実を結び、ハンバーグは片面こんがり。
そして程々に中まで火が通って全体がほんわかと濃い肌色に温まっていた。
「じゃ、ひっくり返して」
ここが一番の難関だったが、そおっとそおっと…いくつかの小さな肉片を失ったもののハンバーグはそのカタチを保ったまま何とか裏返った。
そうして、数分後には両面が見事に焼き上がり中に肉汁をしっかり閉じ込めたジューシーなハンバーグが焼き上がったのだ。
「出来たー!」
「うん、うん、出来たなぁ」
すげぇ緊張した。
初めて日本最速出した時に匹敵するくらい。
「どうだ!美味そうだろう山陽!」
「はいはい、美味そうですねー、うん、美味そう」
これは嘘ではなかった。さすがに山形牛使用の最高級ハンバーグなだけあって、そのへんのものとは一種違った輝きを見せていた。
「まぁ、じゃあ──さっそく試食してみたら?」
「いや、まだだ!」
「へ?」
「目玉焼きがないではないか!ハンバーグには目玉焼きだろう!?」
「…は、あ?」
「この上に目玉焼きを乗せる、それこそハンバーグの真の姿というものだ!」
今度という今度こそ盛大に吹き出して東海道に怒鳴られたけど、まぁ幸い冷蔵庫に卵が残っていたので、さらに数分後、無事に目玉焼き乗せハンバーグが完成した。
もっとも今度は東海道は命令してばかりで、実際に焼いたのは俺だったけれども。
「おし、おまけでプチトマトも添えて…っと。じゃあな、座って。ハイこれ、ナイフとフォーク…」
「何を言っている、山陽」
「…え?まだ何か足りないものあんの?!」
せっかく東海道の前に供した皿を押し戻されて、さすがにカチンと来た。
「あのなぁ、この期に及んで食うのを拒否るって、いったい──」
「いや、俺じゃない、これはお前のだから」
「………はい?」
「お前のハンバーグだ、山陽」
まっすぐな目でそう言われても、言ってる意味が分からない。
「いや、あのさ…これは山形がお前にくれたハンバーグなんだろ?だから自分で焼きたいって…」
「ああ、説明が足りなかったか。これは山形が俺と“お前”にと持ってきたハンバーグだ。俺の分は冷蔵庫に眠っている。だからこれはお前の分」
「…!?…」
「しかしただ持ってくるだけでは貨物列車のようで味気ないからな。だから、その…焼いて食わせてやろうと思ったのだ」
「…俺、に?」
「そうだ、他に誰がいる?」
「……」
そうかそうか、そうだったのか。
これは俺のハンバーグだったのか。
それを、お前が俺のために焼いてくれたのか。
味噌汁を起爆剤に変えるほど料理ベタのお前がなぁ。
そう考えると、じんわり涙が滲んできた。
やっぱ疲れてんのかな、俺……
「ありがとうな、東海道」
「礼はいい。冷める前に食べてしまえ」
「うん、いっただきまぁす♪」
ぱくっ、と一片口にすると、舌の上にジューシーな肉の旨味が広がった。
「どうだ?美味いか?」
不安げに身を乗り出す東海道に向かって、何度も度も大きく頷く。
「超美味い!こんな美味いハンバーグ初めて食った!」
「そ、そうか、そんなに美味いか」
「美味い!」
「そうかそうか!そうだろう、はっはっは!」
だって、これには山形と東海道二人分の心がこもってるんだもんなー。
どこの最高級レストランでも味わえない、俺だけの贅沢な味だ。
「今度、お礼にお好み焼きでも作るわ、お前と山形に」
「それは…広島風と関西風で迷うな…」
「両方作ってやるから心配すんな」
俺は半熟の黄身に彩られたハンバーグの一片にフォークを突き立て、真面目に悩む東海道の目の前であんぐり大きく口を開けて頬張って見せた。
あー、美味い。
やっぱ料理って技術より心だ、うん。
間違いない。