運命が明日何を決定するかを問うな。
瞬間こそわれわれのものである。
さあ、瞬間を味わおうではないか。

リュッケルト 「教化的と瞑想的」より

 

 

We are now travelling at 300km/h

 

 

「あーあ、あと三日でついに東海道引退かぁ…」

東京駅の上官専用室でポツリとつぶやく山陽
手にしっかと抱えられた特製500系ジャンボクッション(西日本の在来たちから贈られたそうだが)に頬を埋めて、デカい男がめそめそする姿は爽やかな朝の風景にはまことにそぐわない。ていうかむしろウザい。

しかしながらこの山陽新幹線という男が500系に賭ける愛情は他の追随を許さないほど深いものだということを東の上官たちもよく知っていたから、それを茶化したり責めたりする者は一人もいなかった。あの上越ですら。

「まぁま、“0”みたくいなくなるわけじゃないんだから…自分のテリトリーに帰ればいつでも会えるじゃない」
「でもなぁ秋田!せっかく日本最速のイケてるボディを持ちながら“こだま”運行オンリーはないっしょ!?しかも東京から締め出しって!」
「別に締め出したわけじゃ…」
「締め出したのは事実じゃない?僕らじゃなくって──“セントラル”さんが、だけど」
「…上越、話をかき混ぜるな」

東北に睨まれ「ハーイ」と素直に答えつつ舌を出す上越。
しかしそんな気遣いなどまったくの無駄だった。
山陽の愚痴は、とっくの昔に東海道新幹線への不満へと姿を変えていたからである。

「そうなんだよな!なんつってもいっちゃんムカつくのは、あの東海道の態度だよ態度!“500系さよなら”なんてなーんも関係ないってツラしやがって!97年の導入以来、あいつだって少なからず世話ンなった車両じゃん!東京−博多間の最速記録だって500がマークしたんだし!」
「おっ、落ち着いてくださいっ、山陽せんぱいっ!」
「ありがとよ長野…あー、あいつに長野のような思いやりのココロがあれば…だいたい東海道は冷たい!昔っから薄情なヤツだ!そんなキライなんかよ500系!白に青ラインじゃないのがそんなにイヤか──!」
「…子供相手にやめてよ山陽、大人気ない」
「んだども…なァ」

そんな不毛な(?)光景を静かに見下ろしていた山形が、んん?と小さく首を傾げながらおもむろに口を開いた。

「山陽、東海道は別にその…500系がキライでもなんでもないと俺は思うけんど」
「…へ?」
「だって言ってたべ…ついこないだ…“500系と山陽は似てる”って…」
「へ?…俺、と?500系が?似てる?どのへんが?」
「そりゃあ、特に聞かなかったけんど…」

そう言われて、うーんと顎に手を当てて考える。

「やっぱ…俺と500の共通点と言やぁ…“カッコイイ”とこかなぁ♪」
「きっとそーですよっ、山陽せんぱいっ!」
「そう言われると“顔立ち”が似てないこともないよね」
「…体格じゃないのか?“細身に見えて実は逞しい”」
「“変わってるトコ”でしょ?あははっ」
「うっせー上越っ!人がせっかく気分浮上しかけてるってぇのに!」
「ま、そういうことだから…東海道が500系をキライ、というのはないべなぁ、きっと」

山形に微笑んでそう諭されると、何だかその通りのような気がするから不思議だ。
山陽の苛々もすっかりおさまって、いつもの笑顔が戻ってくる。

「ま…あとは本人にでも聞いてみましょーか。どーせまともに答えてはくんないだろーけど」
「それがいい」
「あー、やっと元気になってくれたァ。もうほんと、山陽が凹んでたらコッチまで暗くなるからカンベンだよー」
「ゴメンゴメン、励ましあんがとな東の諸君──上越除く」
「ちょっとぉ!山陽ッ!」
「あっはっは、嘘、ウソ!んじゃー俺そろそろ戻るわ」
「ん、それはいっが………その500系ジャンボクッションは置いて行った方が良ぐねぇかァ、山陽」

 

 

「遅いッ!遅いぞ山陽ッ!この“のぞみ”でないと広島出張に間に合わんと何度も言っただろうがっ!」

山陽が東海道山陽新幹線ホームに出ると、既に乗車の準備を終えた東海道が手袋を弄りながら仁王立ちで待ち構えていた。

「あー悪ィ悪ィ…つか、遅くないでショ?まだ発車時刻まで5分以上あるじゃん」
「己の車両なら、30分前にはホームでスタンバイするものだ!」

ビシィッ!と東海道の指差す先には、12時30分東京発博多行の“500系のぞみ”。
もはや一日一本になってしまった、貴重な“下り”だ。

「ったく…普段あれほど500系、500系と騒いでおきながら…所詮貴様の愛情なんてそんなものだ」
「ひっどーい!ンなことないってー!だってあいつは可愛い可愛い俺の分身なんだもーん!」
「ええい!気色悪い声で気色悪いことを言うな山陽ッ!」
「…サンキュ、東海道」
「はぁ!?気色悪いと言われて礼か!?ついにその茶色い頭に虫が湧いたのか?」
「だって、似てるって言ってくれたんでしょ?俺と500系(こいつ)のこと」
「──!?」
「山形から聞いた、嬉しかった」
「う〜〜〜〜(やーまーがーたー!)」

そんな東海道の心の叫びを知ってか知らずか、山陽が少し低い位置にあるその肩に肘を乗せてどっかと体重をかける。
しかし頭に血の上った東海道にそれを振り払う余裕はなく、拳を握り締め耳まで赤くしてプルプル震える様が面白くてさらに追い討ちをかけた。

「んで?んで?俺と500、どーゆーとこが似てるん?」
「く、くだらん話をッ!業務中だぞ山陽ッ!」
「え〜?だってェ〜、ソコんとこ聞かないと気になって仕事にならな〜い♪」
「──その、面倒臭くて使い勝手の悪いところがソックリだ!決まっているだろうが!」
「へ〜、他には〜?」
「他ァ!?調子に乗るなよ貴様──」

すっかり面白がっている山陽をジロリと睨み返して、そうして流線型の車両に顔を背ける。

東海道の視界には車内清掃も済んで後は乗客を迎え入れるだけの蒼いボディが輝き、その周囲には熱心にレンズをのぞく鉄道ファンや携帯カメラで記念撮影を楽しむ親子連れの姿。

(どこが似てるかだって?本当に分かっていないのか?山陽の阿呆が!)

と、東海道は胸の内で舌を打つ。

いつだってあんな風に人の目を惹き付けて。
いつだって話題の中心で。人気者で。

新幹線の概念を変えた近未来的デザインだとかパンタグラフが翼のカタチだとか。
最初は話題ばかりが先行したけれど。
その優れた性能は、決して見掛け倒しではないことを証明した。
日本最速、の偉業をもって。

確かに唯我独尊の実に扱いづらいヤツではあるが。
きっと未来永劫鉄道の歴史に──人の心に残り続けるだろう。

フン。

「……本当にソックリだ」
「え?何?」

 

「特別なところが──な」

 

至極真剣な顔でそう答えた東海道の瞳には、蒼く輝く“JR 500”の文字が間違いなく焼き付けられていた。

 


 

2010/2/26 間もなく東海道を去る500系へ捧ぐ