*LOST-AND-FOUND*

 

 

パンツを拾った。
よりにもよって東海道新幹線が。

「………………」

──どうしよう。

「…何故…何故廊下に…パンツなどが落ちて…」

いや、そんなことより。
今はもっと重大な疑問があった。

「まさか女性も…の?…ではない…よな」

東海道は、その物体を親指と人差し指で恐る恐るつまみ上げると目の高さにぶら下げる。
腰の幅から考えたら男性モノであることは目にも明らか…なのだが…
いかんせん、“コレ”は東海道の常識の範囲内にあるパンツの概念とかけ離れていた。

「ど、どうやって履くのだこんな…紐しかないデザインを???」

片側は完全な紐状態。
もう片側は、かろうじて面積を持つ布がミニ三角形を形成する。
もはやどちらが前でどちらが後ろかさえよく分からない。

「こんなパンツ──いやパンツじゃない!パンツとしての機能がどこにもない!なんたることだ!」

独り言にしてはデカイ声が人気のない廊下に虚しく響いた。

「本来カラダの大切な部分を守る為のパンツがこんな!パンツの使命はどこに行った!?良心は──人間の良心はどこに消えたのだ!?こんなパンツ──パンツ──」
「…あのぉ、すいません。通路のど真ん中でパンツパンツ連呼せんでくれる?関西人ですらドン引きでめちゃめちゃ声かけづらい状況なんですけど…」
「さ、山陽!?」

東海道はパンツをしっかりと右手に握りしめたまま、いつの間にか現れた西の相棒に向って絞り出すような声で言った。

「…見損なった…こんなパンツを履くなどと…貴様を見損なったぞ山陽…」
「ちょ──っ!!!俺いきなり犯人扱いかよ!?オマエの中の俺って一体どんな──つか、パンツ一枚で人格まで否定?!」
「や、やはり…これは貴様の…」
「違うっつーの!知らねーよそんなおステキなパンツ!俺がトランクス派なんはオマエも知ってんだろーが!」
「…う、うむ」
「それよりまずは落ち着け東海道!今のオマエは客観的に見て完全に単なる不審者だぞ!」
「いやしかし山陽…一体これをどうしたら…ここに落ちているということは高速鉄道の誰かの持ち物であることは間違いないが…まさか拾得物扱いとして届けるわけにも…」

困り果てた東海道の手からピロンと垂れ下がる紐状の布に、山陽は大きなため息を落とした。

「…まぁ確かに…超アグレッシブなデザインだかんなぁ…こりゃ地道に持ち主探すしかねーかなぁ」
「しかし一体誰のものなんだろう?東日本の誰か…山形、秋田はまずないだろう?…長野にしては大き過ぎるし……まさか……東北?」
「いやいやいやいや!まっさか!」
「しかしヤツが前に、ボディビルダーの本を読んでいるのを見た事がある!もしやああいう世界に影響を受けてこのようなパンツを…」
「……」
「……」

沈黙。

「…やべ、俺、今もんのすごくリアルにビジュアル想像しちまった」
「だ、だってそんな!無理だろう──“ココ”にすべてをおさめるのは!」
「…や、あのだから落ち着こうな、東海道ちゃん。伸びるから、ンな前の部分引っぱったらびよーんって伸び切っちゃうから」
「じゃあ山陽、オマエは何か、全部ちゃんと入れられるのか?“ココ”に!」
「だーかーら!論点はソコじゃねーだろがっ!」
「あと考えられるのは…上越しかいない」
「うーん、まぁソコあたりが固い線かな?あいつならヒップライン気にしてこーゆーパンツはきそうだし」
「…いや待て、上越は確か3日前から新潟泊まりで不在のはず」
「…あ…そうだった」
「……」
「……」

再び沈黙。しかも重い。

「…じゃあコレって誰の…」

そのとき。
たったった、と、軽快な足音が近付いて来た。
そして、

「あ!あったあったー!拾ってくれたの東海道?どうもありがとうー!」
「「秋田──!?!?」」
「どこで落としたのかと思っちゃったよ、あはは」

鉄のように重い空気を一蹴し、あまりにもあっけらかんと明るく登場したのは秋田新幹線だった。
どーも、と、差し出された白く綺麗な手に、ぐしゃぐしゃに絡まった紐パンツがそっと渡される。
東海道の体温ですっかり生暖かくなったソレを、秋田は手早く畳んでポケットに押し込んだ。

「…や…まさか…ううーん超意外…」
「ん?何が?山陽?」
「あ、秋田!貴様その──ソレ──」

女性のように綺麗な秋田に「なーに?」と微笑まれ、さすがの東海道も「パンツ!」と叫ぶ事は出来なくなったようだ。

「そ、そんなもの──体を壊すぞその──冷えるだろう肝心なアレ──いやそのそもそも入らんだろう!入るわけがない!」
「えー?やーだ東海道、ちゃんと入るよー並べ方にコツがあるんだよ」
「並べ方!?そ、それは──」
「いや待て冷静になれまたまた論点がズレてるからいやマジで!」

山陽は呪文のようにそう繰り返すと、それこそハトのようにパタパタと体を震わせる東海道の両肩をがっしりと押さえ込んだ。

「…もういーじゃん。こうして持ち主見つかったんだし。これ以上ツッコむのはやめよう、な?」
「う…うううむ…まぁ、そう…だな」
「にしても秋田、オマエさんにしちゃずいぶん不注意だったよな、下着を廊下に落としちまうとは」
「ああ、そうそう、コレね、下着じゃなくって“水着”」
「「水着ぃいいいい!?」」
「ようやく天候が回復したんでね、今のうちに泳ごうと思って慌てて準備したもんだから、うっかり落っことしちゃって」
「「いーやいやいやいやいやいや!」」

前言撤回!ああツッコむさツッコむとも!
だって水着ってことはあの状態が公衆の面前にさらされるとゆーかむしろあの紐以外は真っ裸になるってゆーか流石にそれは──

「ないわー!ソレないわー!ないないない!」
「?」
「あああああ秋田!そそそそそそれでいいのか!貴様それで恥ずかしくないのか!?」
「え?似合わないかな、この水着?」
「…いや…ドッチかとゆーと似合い過ぎるっつーか…あの紐パン水着一丁で颯爽と浜辺を歩くオマエさんの姿を想像すると…道踏み外しそうで山陽おにーさんはちょっと怖い…」
「こ、高速鉄道の威厳は!?モラルは!?品格はどうなる!?」
「えー、でも僕にはこの水着が絶対に似合うって──せっかく買ってくれたし」
「「誰がっ!?」」
「東北」
「「とーおーほーくぅうううう───ッ!!!」」

 

「──くしゅんっ!」
「あれ?風邪だべかぁ、東北?」
「…ん…いや、また誰かが噂でもしているんだろう…E5の」
「……」

直通らしく無駄に息の合った東海道と山陽の渾身のWツッコミは、しかしながら新白河あたりを颯爽と通過中(with山形)の東北に届くはずもなく。

 

「なー東海道」
「……」
「今頃、あいつら海、行ったんかなぁ」
「……」
「なんか東日本、交代で有休届けが出たとか何とか…」
「……」
「なんかさー…上越からデータ便サービス使ってめっちゃ容量のデカい画像ファイルが届いてるんだけども…コレってもしや」
「…言うな」
「実際秋田があれで…んじゃ東北自身っていったいどんな…てかまさか山形まで…」
「言うなぁああっ!」

東海道はそんな悲痛な叫びをあけつつ、頭を両手で抱え込んだ。
ああ、信じたい。
いや信じるぞ。

「わ、私は…っ…私は山形がちゃんと物理的に理解可能な範疇のパンツ(水着)であることを…信じる!」
「…うん分かった…分かったからね…声デカイです東海道ちゃん」

ようやく東北方面の気候が安定し、夏らしい晴天に恵まれ始めた日々。
東海道と山陽が新大阪に留まりっきりになっていたのは、あくまで東海と西日本の仕事がたまっていたからで。

決してヘンなものを拾ったりヘンなものを見たりするのが恐ろしかったわけでは──ない。
きっと多分。

 

 

 

 

 


END

 2009/8/23