*ANSWER*
ものすごい難問にぶつかって、うんうん唸って頭をひねっても答えなんかまるっきり分からない…なんて経験は誰にだってあると思う。
けど、そういう難問に限って、ある日あっさり答えが降って湧いたように分かってしまうなんてこともあるよな。
そんなもんなんだよなぁ、世の中って。
不思議なことに。
「だーかーら!九州との合同企画などまるっと全部お断りと言っとるだろう山陽ッ!」
ビリビリビリ…と、せっかく届けた書類は無惨にも粉々に破り捨てられ、紙吹雪となって宙を舞う。
やっぱりねー。
あー、コピっといて良かった。
山陽は諦めたように苦笑いを浮かべると、床に散らばった紙片を拾い集める。
「…ねぇ、いい加減にしなよ。さすがに哀れだよ、山陽が」
見かねた秋田が、おもむろに口を挟んだ。
「仮にも昔は同じ路線を走っていた相手じゃない。もうちょっとこう、妥協したって…」
「だから何度も言っているだろう!思い出がすべて美しいものだと思うな秋田!」
「や、あのだからさ…オマエ、あいつにそんな酷い目にあったの?」
山陽がまぁまぁとなだめつつも、当たり前の疑問を口にした。
そら確かに、前に九州から「手に指をつっこんで責め立てた挙げ句謝罪させた」とかって、十分トラウマになりそうな過去はひとつふたつ聞いたけれども。
この過剰反応っぷりを見るに、それより酷い仕打ちをされてたの?と疑いたくなるのも仕方ない。
…ってか、こんな衆人環境で聞いちゃイケナイくらいえげつないことだったらどうしよう。
「そ──わ──私は──わわわ…私は…っ」
「あー!すいません!言えないようなコトだったらいいよ!何があってもオレはその、オマエのこと別にその──」
「…山陽、キミのその焦りっぷりの方が何かイヤラシイ気がするんだけど…」
「私は──私はあの男に目の敵にされていたのだ!多くのとりまきがいるにも関わらず!あいつが絡むのはいつもいつも私だ!」
珍しい!
と、山陽と秋田は思わず顔を見合わせた。
東海道が九州(つばめ)と自分のことを語るなんてきと早々ない。
きっとイヤな思い出がぶわっと吹き出してたまらなくなったのだろう。
「そうとも!私ばかりを執拗に狙って、少しのミスでも大きく揚げ足をとって!──あ、あの陰湿で歪みきった性格ときたら!耐えきれん!あんな胸くそ悪いヤツは見た事がない!」
「あー、まぁ…それはオレも身を持って感じてることだけども…」
あ?でも──
何だろう。
この何か“ひっかかる”感じ???
「…まぁ、おめぇらその話題はもうそのへんにしたらどうだ?なぁ?」
「や、やまがた…」
「落ち着け東海道、な?」
いつの間にか部屋に入って来た山形が、東海道の肩に手を乗せた。
相手が小さく頷いて椅子に腰掛けたのを見計らい、ほんの少し背伸びをして山陽の耳元に囁きかける。
「東海道よっぽどな目にあったんだべなぁ…いまだに夢見てうなされるごとあるって聞いてんぞ」
「うっそ!マジで!?」
「しーっ」
「…っと悪ィ」
「だからなァ、おめぇも大変だとは思うが…ここはこらえてやってくれなァ」
「……ガンバリマス」
頑張るしかないだろう。
やがては新大阪で顔を突き合わせることになるのだから。
「山陽、キミも気をつけなよ、その“つばめ”様とやらには。キミまで縛られたり吊るされたり垂らされたりされたら大変だからね」
「いやオマエの発想の方がコエーよ秋田!最後の“垂らす”って何だよ“垂らす”って!つかもうそれ鉄道のハナシじゃねーじゃん!」
秋田の忠告はまったくごもっともだったが。
山陽はそれより、さっきのあの “ひっかかった”感じが何なのか──そのことが妙に気になって、苛つくように茶色の髪を指で引っ掻き回した。
「…東海の返事は相変わらずとりつく島がないな。山陽、貴様もう少しマシな手紙を運んで来る気にはならんのか?え?」
「いや、あの、オレは単に打ち合わせに来ているだけでアンタらの伝書バトなんかじゃ──」
「ふん、使えん、西日本」
吐き捨てるようにそう言われ、あとは無視られてオシマイ。いつものパターン。
あーくそ!めっちゃムカつくこのオッサン!
いや、ガマンだぞオレ!ガマンだ!うん、山陽サンはやれば出来るコ!
…とかなんとか胸の内であがいて大きく深呼吸。堪忍袋の緒が切れるのを抑えることができた。
うん。よし。今回も怒らずに済んだ。
そーゆーレベルだもん。こいつのオレに対する嫌がらせって。
…ってゆーか…“これ”か。
山陽は、東海道から聞いた“つばめ”との過去話で何が“ひっかかって”いたのか──ここに至ってようやく思い当たった。
だって、オレはあってねぇもん。そんな酷い目には。
オレ、九州から見たら直接繋がる唯一の高速鉄道なんだぜ?
部下以外は、他に誰もそばにいないんだぜ?
でもそんなオレに対する九州の嫌がらせレベルは、せいぜい我慢できる程度のくだらないものばかりだ。
なんで、東海道ばっかそんな夢にまで見る酷い目にあってたんだろう。
“はと”だって、特急としてそれなりに活躍していたはずなのに。
それとも、年月を重ねてこいつも丸くなったってコトなのだろうか。
「…なんだ、ジロジロ人の顔を見るな山陽。失礼な男だな。打ち合わせの続きは明日だ。もう遅い。用がないならさっさと戻れ」
「あ!?…あ、いや、用あった!あったあった!忘れてた!」
山陽は、慌てて持参した大きめの紙包みを取り出した。
そうなのだ。東海道には悪いけれど、今回はむしろこれがメインイベント。
紙包みを注意深く開くと、中から綺麗にパネルに貼られたブルートレインの写真が。
先日ラストランを迎えたブルートレイン『富士・はやぶさ』の勇姿だ。
「じゃーん!どう?これ」
「…これは何だ?」
「あー、最終運行日にね。西日本(うち)の職員で写真がシュミのヤツが撮ってきたの。結構巧く撮れてるからさぁ、パネルにしてもらったんだ。アンタにあげようと思って」
「私に?」
「だってアンタ、確か抜けられない仕事があって最終日の式典に立ち会えなかったって聞いて」
「……」
「んで、見たかっただろうなーって思ったから。ど?カッコイイ写真だろ?やっぱいいよなー、ブルートレインは」
「フン、西のご機嫌取りか。ご苦労なことだな」
「またそーゆーことを…たまには人の好意を素直に受け取ったら?」
「いいだろう、受け取ってやろう」
「また上から目線キタねコレ」
山陽はため息をつきつつ、まんざらでもなさそうな九州に写真パネルを手渡した。
「ふむ…まぁ…悪くはない。エンブレムと車体が実に良く撮れている」
「ま、でも、自分の目で最後を見送れなかったのは残念だったよな」
「別に」
「またまたー」
「別に式典に出られなくても大事はない。私はちゃんと覚えているからな。あの両車両の輝かしい歴史、その勇姿。すべてをこの胸の中に」
「へ…え、そっか」
「そうだ」
──まともなことも言えるじゃんこの人。
そう山陽が感心するそぶりが気に入らないのか、九州は眼鏡の奥の瞳を伏せて呟くようにこう続けた。
「…“忘却”は、時に“死”より残酷なものだから」
「…え?なんて?」
「……」
「九州?」
何て言った?今?
忘却は
死より
残酷
「あ」
そのとき。
山陽は、自らの視界が一度にぱぁっと広がった気持ちがした。
「──そ、か」
だからたとえ“つばめ”がいなくなっても
“はと”だけは彼のことをいつまでもわすれませんでした。
めでたし。
めでたし。
「…九州、アンタさ」
「?」
「……や、何でもない、何でも」
さすがに言葉には出せなかったが。しかし、山陽は自分が正解に突き当たったことを確信していた。
思い出がすべて
いまだにうなされるくらい
あんな胸くそ悪いヤツは
──そうかそうか“つばめ”様。
アンタ、そんなに “はと”に自分のことを刷り込んでおきたかったのか。
自分のことを覚えてて欲しかったのか。
“特急はと”にだけは。
どんなカタチであろうと縛り付けておきたくなるくらいに。
“特急つばめ“の名前が栄光の軌跡から消えて、人々の記憶の中からも消えようとしていてもなお、あいつだけは忘れないように。
あいつの中でだけは永遠に息がつけるようにしたかったんだよな。
「…ほんと、アンタたちってさぁ…」
「ええいだからさっきから何だ!言いたいことがあるなら言え煩い!」
「…うん…まぁ…ねぇ…いいっすよ、もう」
「…?…相変わらず煮え切らない男だな。ボーッとするなよ山陽、明日は早朝から『さくら』の試走の件を確認せねばならんのだからな」
「オーライ、オーライ、分かってるよ、九州上官」
大丈夫だよ、って言ってやったらどんな顔するんだろう。
東海道は忘れてないよって。
九州だって忘れなかっただろって。
そして2人とも、これからは心のどっかにオレの住処もちゃんと作っててくれよって。
ものすごい難問にぶつかって、うんうん唸って頭をひねっても答えなんかまるっきり分からない。
でも、ある日あっさりその答えが降って湧いたように分かってしまうなんてこと──あるよな?
そしてその答えは、いつだって単純にして明快。
かつ真理であることに間違いはないのだ。