*カラフル*

 

 

1883年7月、日本鉄道(第一期線) 上野〜熊谷間開業。

今思い出しても、高揚感とか期待感とかそういったワクワクした気持ちとはかけ離れた感情だったと思う。
出来上がったばかりの上野駅のホームに立ったとき。
冷めた輝きをたたえた金属の軌道を見つめたとき。

これから毎日、この決められたレールの上をただ行き来する生活が始まるんだ。
安易なものだな、鉄道輸送なんて。

そしたら途端に、なんだか未来の果てまで見透かしてしまった気がした。

 

──タイクツだな。

 

正直、そう思った。

新しいことなんて何も起きない(路線が延びたとか新車両導入とかどうせそんなとこだ)。
大きな事件は起きては困るから決して起こさない。
慎重に、同じ道を走り続けるだけなんてね。
繰り返し、繰り返し。
彩(いろどり)のない日々の始まり。
無機質な時間の繰り返し…

「やっべー、遅れたか?!」
「…?」

物思いにふける僕を一瞬にして現実に引き戻したのは、背後から近づく慌しい靴音とうめくような独り言だった。

「あー、良かったー、間に合った」

そして当然のように隣に立つ彼。
知らないけれど…知っているような錯覚に陥る…そんな彼。

「よっ、はじめまして」
「…はじめまして」
「俺たち、当分2人でココ回すんだって。聞いてる?」

軽く頷く。
聞いていた。
これからの延伸開業を考え、僕ともう1人、似たようなのが来るってこと。

「これから架線共有、よろしくな」
「ああ…どうも」
「おーおー、立派に線路出来上がってんじゃん♪せいぜいきばって走ろうぜ、なぁ?」
「…きばってって…別に走る距離も止まる駅も毎回同じじゃない」
「バッカ!気合だよ気合!それくらい気合入れてがんばろうぜってコト!」

バッカ!?
真面目な顔して“馬鹿”だって?
初対面の、この僕に対して?
……なんだこいつ。失礼なやつ。

「…鉄道に必要なのは、気合じゃなくて慎重さとか気配りとかそういうものだと思うけれど?」

優等生面して、心にもないことを言ってみる。
と、僕と並ぶ長身をぺこんと折ったそいつに、いきなりジロジロと顔を覗きこまれた。

「…何?」
「ふーん」
「……だから何?」
「いや、なんかみんなが俺とアンタがそっくりだってすげぇ噂してたからどんなかと思ったけど…」
「…?…」
「よーく見たら、全然似てねーや」
「え」
「ま、その方がいーけどなー。自分とおんなじヤツと走っても面白くねーし。なぁ?」
「……」

 

そのとき。

 

一瞬にして世界が変わった。

 

僕を取り巻くモノクロームの風景が一気に輝いて色づいてゆくのが分かった。

タイクツな時間が、終わりを告げた。

 

この──鏡を見ているような双子路線──なのにきっと交わることのない個性を持った──彼の出現で。

 

「どんなお客さんが乗ってくれんのかなぁ。楽しみだよなぁ」
「…そうだね…ねぇ…君」
「んー?」
「改めて、よろしくね」
「え?ああ、うん…よろしく」

僕が差し出した手に、何の疑いもなく温かな掌が重なった。
同じ大きさの手、が。

それを握り締める。
握り返される確かな感触を味わう。

 

あのとき握った手が、その後別の意味を持つなんて。
そんなこと思いもしなかったけれど──

 

 

*  *  *

 

 

「ふぁ〜あ」
「おい、何だらけてんだよ宇都宮、ミーティング中だぞ」
「ん〜ん」
「東海道と京浜東北がめちゃめちゃコッチ見てんじゃねーか、俺まで巻き込むなよ馬鹿」

相変わらず口が悪く失礼なこいつは、相変わらず僕の隣にいる。
似ているようで似ていない風貌のまま。
高崎線、と、名前は変わったけど、出会ったあのときのまま。中身は何も変わっちゃいない。

「…あのね、馬鹿って言うほうがバカなの。知ってる高崎?」
「ったく…気ィ抜いてっと遅延するぞ?」
「ねぇ、高崎…僕はね」
「ああ?」
「タイクツなんだ」
「──はァ!?」
「何とかしてよ」
「マジ馬鹿かてめぇは!寝ぼけてんじゃねぇ!今仕事中だろが!だいたい何で俺がそんな──」
「ダメだよ、高崎。何とかしてくれなくちゃ」
「?」
「ダメだよ…君は僕のことタイクツにさせちゃいけないの。そういう使命があるの」
「…宇都宮…オマエ…ちゃんと起きてっか?」

だって、君は僕の世界に“色”をくれたひとでしょう?
だったら、最後まで責任とってくれなくちゃ。

「コラ宇都宮!どこの世界に退屈ほざく鉄道がいんだよ!もっとしゃきっと走れ!しゃきっと!」
「うるさいなぁ東海道は。最近ますますお兄さんに似てきたんじゃない?」
「えっ?そ、そうかァ!?」
「……何嬉しそうにしてんの?言っとくけど、褒めてないからね」
「ハイ、お喋りはそのへんにして。宇都宮、堂々と“タイクツ宣言”どーも。あとちょっとで終わるから辛抱してて」
「あはー、うつのみや、京浜におこられたー」
「うるさい、痴漢電車」

 

今、僕の周りには色とりどりの制服。
個性豊かな仲間。

騒がしくて、たまに鬱陶しくて──でも愉快で。

 

ああ、なんてカラフルな毎日。

 

でもそれも、あいつがいなければ成り立たないものなんだ。

僕がカンバスだとしたら、その上を忙しく動き回る絵筆はきっと──

 

「…ねぇ高崎、今夜終電のあと飲まない?大宮か上野あたりで」
「仕方ねぇな…でも俺あんま金ねーから奢れよ」
「…奢ってもらうのに何でそんな偉そうなんだい?」

 

ねぇ、楽しませてよ、高崎。

君がいないとタイクツなんだ。

 

色を持たない僕の毎日を、もっともっと派手に彩って。

 

 

 

 


END

 2009/5/31