*CUT*
=in TOKYO=
「よ、みんなお疲れ〜♪」
「あ、山陽、おつか──」
「え」
「あ」
「ほぉ」
「えっ!?何?何なに?」
「山陽…髪、切ったの?!」
東京駅の上官専用室に、いつものように風のように現れた西日本の高速鉄道に、東の面々の視線は釘付けになった。
見慣れた柔らかな茶髪が妙にさっぱりと。
よく見たら、前髪と襟足の部分がいつもより短く切りそろえられていた。
「え?や…まぁ。あちーなーって思って、んで思いつきで…って…どっか変?」
ははっ、と照れ臭そうな山陽の笑顔に、皆を取り巻く空気が和む。
「いやいや、オトコマエ度は下がってないよ、安心して山陽」
「そーですよー!山陽せんぱい、似合ってますー!」
「うむ」
ただ一人上越だけは(しっかりデジカメ撮影しながらも)どこか不満げに呟いた。
「もうちょっと暑くなってきたら、僕が綺麗な水色のリボンで結んであげようと思ってたのに…勝手なことしないでよね、山陽」
「いやいやいやいや、勝手もクソもねーべ…っつーか、リボンて何だリボンて」
「え?だって水色は西日本のコーポレートカラーでしょ?」
「ソコじゃねーんだよ阿呆。ま、でもご好評いただいて安心したわー、切ったの久々だったからさ」
実際、いつもより少し短い髪かきあげて笑う山陽の横顔は、女性の注目を浴びるに十分な魅力を備えていた。
「あれ、でも東海道にはもう会ったんでしょ?彼はなんて言ったの?もしかして不評だった?」
「うんにゃー」
山陽は秋田から手渡された冷たい麦茶を美味しそうに飲み干すと、「ダメダメ」といった風に手を振った。
「ありゃーダメだって。なーんも言わんもん。切ったのすら気ィついてないみたい」
「ウソでしょ?見たらイッパツで分かると思うけど…」
「…さすがは東海道、というか…」
「キョーミねーんだろ、ま、仕方ねーわな」
ここのところ、名古屋本拠地での業務に追われている東海道が山陽と顔を合わせるのはほんの短い時間だけ。
おそらくヤツの視界には車両と書類しかないのだろうと、山陽はいつものように生真面目な相棒を笑い飛ばした。
=in KYUSHU=
「ほう、貴様、髪を切ったのか」
「おっ、分かる?」
さも意外そうな山陽の口調に、九州は眉をしかめながらメガネをかけ直した。
「失敬なことを言うな、私は人一倍身だしなみに敏感な男だぞ」
「あーそっすか、失礼失礼」
「また何の心境の変化だ?ああそうか、失恋でもしたか?ん?何ならつばめレディたちを呼んで慰めてやろうか?それとも私のこの膝で泣いてみるか?ああ?」
「…すいませんすいませんカンベンしてください…いやあのそんな深刻な問題じゃなくて…単に暑いから切った、っつーか」
「何だ、つまらん」
「あのなァ──ま、いっか。“変なアタマ”とか言われるよか百倍マシだわ」
「フン、そんなちょこっと襟足をそろえたくらいで大袈裟な。本当に“変なアタマ”というのはだな、例えば“頭全体を放射線状に三つ編み”とか“耳の上で二つくくりにして鈴つける”とかそういう──」
「…それってまさか東海道に…」
あまりに具体的な描写をするから、まさか特急時代にそんなアタマさせて東海道いたぶってたんじゃねーだろな、と口にしかけて慌てて口をつぐんだ。
いやだって、怖過ぎる。変に肯定とかされても困るし、マジ怖いし。
「東海道?…あのはとのヤツがどうした?」
「えっ!?や、あの、その、だからはとじゃなくて東海道って呼べよ──っと──いやそうじゃなくて」
「察するに、あいつは貴様の髪型に興味はナシ…というところか?」
「…正解」
「フフン」
そう鼻でせせら笑うと、九州は手にした書類を束にして丸め、山陽の鼻先にビシッ!と突きつけた。
「それで貴様は何か、傷心だとかショックだとか女々しいことを言い出すのではないだろうな?」
「まっさか!俺、東海道にンなドリーム抱いてねーし。無駄にツンデレ求めてねーし」
「ふふ、まぁ確かにな…」
九州は意味ありげにそう言うと、ふかふかの専用椅子に身を沈めて天井を仰いだ。
「あれは、もっと現実的な男だ」
=in OSAKA=
「──髪?切ったって?当たり前だ、とっくに気がついていた。馬鹿にしているのか?」
新大阪に戻ったら、名古屋から東海道が到着していた。
それで、何だかモヤッとした気分を払拭するためにネタふりすると、いともあっさりとそう答えられて拍子抜けする。
「あー、そ……んで?」
「私は忙しいのだ山陽。いいか、いちいち貴様の髪型にツッコミなどいれている暇などない。そんな必要もない」
「へーへー」
そうですか。
ですよねー。
まーいいけど。
山陽は幅広の肩をオーバーに竦める。
「…“必要ない”ときたもんだ」
九州のダンナの言うみたいにショックとか全然ない。
あってたまるか。
けどなァ。
もっとこう、言い方ってもんがあったって──
「似合っているのに」
「………へ?」
「それなのに何故横から口出しをする必要がある?時間の無駄だ。馬鹿馬鹿しい」
……
……
「あーそれ…それってつまり」
東海道の沈黙ってそれは…裏返せば“最上級の褒め言葉”とかって?
十分似合ってるから、だからこそ特に何も言わなかったとか?
もしかして、そういうオチ?
『あれはもっと現実的な男だ』
…なるほどね。
今更ながら、九州の言葉が芯まで理解できる。
俺より先に正解にたどり着いたあたりは、ちょっとムカつくけどさ。
「…何だ?何か文句でもあるのか山陽?」
「あー、いや、逆。ちっと感動した」
「何だそれは?」
「いや、いいです。いいからほっといて。今、俺、自分自身がかなりキモい状態なんで」
「…?…ああそうだ、私に口を出されたければ、その派手な色を元の黒に戻すんだな。そうしたら声をあげて存分に讃えてやる」
「──ケッコーです!」
いつもより風通しの良い首筋を撫でながら、そう言って苦笑い。
何だかホッとした。
と、同時に感じる。
ああ、軽くなった、ようやく軽くなった、と。
切った髪と一緒に──自分の心も。
東海道の言う通り。
これはまったく馬鹿馬鹿しいこと、なのだけれど。