＊同じ夢を見よう＊
「だからね、本当に綺麗な空だったんだよ、星がキラキラ輝いていてね。宝石をちりばめたみたいな夜空」
「…へーへー」
「時間が来たのか、彼女の方が電車に乗り込んだの。うん、いっつもね、彼氏が見送って彼女が帰るの。週一くらいかな。最後は必ず笑顔で、泣きそうな笑顔で」
「…ほーほー」
「発車のメロディが流れてね、少しだけ間があって。最後までつないでた手をようやく離してね、普通ならそこでドアが閉まるじゃない、プシューッって。でもそのとき──愛の力が奇跡を起こしたの！車体がブルって震えて、ドアが閉まらなくなって──」
「そりゃただの車両故障じゃねーか！馬鹿かお前は！」
「ちがうよー、離れたくないっていう恋人たちの愛がかけた魔法！それが電気系統を焼き切ったの♪」
「……てめぇの脳も焼き切れてんじゃねーのか王子」
「おや、2人ともお揃いで休憩？」
京浜東北が部屋に入ると、キラキラした瞳で両手を胸の前で乙女のように組んで武蔵野をがっつり見つめる京葉と、そのイタイ視線を交わす術も無くひたすらため息をこぼし続ける武蔵野の姿があった。
「珍しいじゃないの。武蔵野が正面切って京葉のお相手してるなんて」
「したくてしてんじゃねー！ iPodがまさかのバッテリー落ちなんだよチクショー！」
「…あー…そりゃあ…まぁ」
“災難だったね”と言おうとして、京浜東北は言葉を飲み込んだ。
武蔵野はさておき京葉にとっては、この状態はまさにドリーミングなひとときなのだ。
不用意な一言で、（武蔵野は気付いていないけど）結構手強いあのセレブな彼の機嫌を損ねるのは本意ではない。
「ねぇ聞いてよ、京浜。武蔵野ったら、鉄道のくせに足りないの」
「足りない…って何が？鉄分とか？貧血？」
「違うよ！夢だよ夢！鉄道に必要な夢とか浪漫が全然足りない！だから僕がね、直通のよしみでこうして教育してあげないと…」
「そうなんだ、大変だね京葉──ハイ、そして武蔵野はね、まずはその勢い良く頭の上に振り上げた拳をおろそうか。そして大きく深呼吸して」
「けいひんとうほくぅううう！俺の！俺のこのやり場の無い怒りをどうおさめたらぁあああ！！！」
知るか。
と、直通切るみたいにばっさり行かないのが人間（鉄道？）関係の難しさだ。
京浜東北はやれやれと肩を竦めると、武蔵野の中途半端に下げられた拳をがしっと握り、その耳元で囁くように言った。
「まぁ落ち着いて武蔵野。そう贅沢言うもんじゃないよ、夢の国を走るアイドル路線の視線を独り占めして」
「……はぁ？！おま…何言って──」
「だって京葉が、ちゃんと目を見てしゃべる相手ってキミだけじゃない？」
「……？」
「京葉は、よく夢だの魔法だのってお話を垂れ流してるけど、いつもどこか心ここにあらずって感じでまともに僕たちのことなんか見てないじゃない？」
「…そ、だっ…け？」
「まぁ武蔵野が気付かないのも無理無いけどね。だって京葉は、武蔵野と一緒のときはそんなこと決してないもの」
「……」
「京葉は、興味ない相手のことなんて、髪の毛一本すらろくに見てないよ。たとえ相手が上官でもね」
「……で？俺は違う、と？」
「そう、違う」
「……だから“独り占め”ってか？」
「そう、独り占め」
「……」
「……」
「……嬉しい？」
「んなわけあるかー！」
しばしの沈黙を引き裂くように、武蔵野は天井に向ってわめき始めた。
もしここにちゃぶ台があればひっくり返さんばかりの勢いだ。
「ンな万年花畑みたいなアタマの野郎を独り占めできて嬉しいわけあるかー！どうせなら谷間みっちりのおねーちゃん連れて来いー！」
「あ、やっぱり」
「ちょっとー、僕を無視して何２人で仲良くおしゃべりしてんのさー」
ぶーたれた顔の京葉が、京浜東北の鼻先に顔を出した。
「京浜ひどいやー、僕をのけ者にして」
「まさか！今も話してたんだよ、武蔵野はいいねぇ、京葉を独り占めできてって」
「わ！わ！ばか…この！けいひんとうほ…くっ！」
今度は焦り出した（実に忙しい）武蔵野を尻目に、京浜東北は眼鏡を光らせながらしれっと笑顔で京葉に応えた。
「武蔵野は京葉のお気に入りでいいねぇって」
「あ、分かるー？」
「分かるさ。だっていつでも彼のこと見てるじゃない？」
「ああ、それはねぇ、京浜東北…」
──そうやって、毎日一生懸命魔法をかけているんだよ。
──いつもフラフラしている彼が、ちゃーんと僕と繋がっててくれますように、って。ね。
京葉はそう言うと、立てた人差し指を口元に当ててうふふっ、と笑った。
「ほーんと、いい加減で気分屋でローテンションでJRのくせにJRキライでそのくせどっか八方美人で雨風故障に弱い男って面倒だよねぇ（ため息）」
「待て！ちょっと待て！ソレは俺か！？俺のことか！？しかも最後のは俺じゃーねぇむしろてめぇのことじゃんか！」
「…しかも、“鈍感”で夢と浪漫が足りない」
「…ああ、まぁ…うん、それは確かに足りないかも、ね」
「京浜東北！オマエまで何だよ！俺を高崎と一緒にすんな！」
「？…僕がなんだって？」
「うっせーぞ、お前ら！廊下の向こうまで声が筒抜けだ！上官が通られたらどうする！」
「あ、湘南新宿組来た」
ドアを開けて颯爽とやってきたのは、高崎と東海道（弟）のコンビだ。
京葉と武蔵野の会話の濃さに少々疲れ始めていた京浜東北にはまさに渡りに船、であった。
「京浜、来週の沿線イベントのことでいくつか確認したいことがある。急で悪いけどちょっと本線の方まで一緒に来てくれるか？」
「喜んで。…ああ、東海道、僕にはキミが僕を救いに来てくれた王子様に見えるよ」
「？？？…何だそりゃ？」
「気にしないで。じゃあ出ようか」
「おい！待てよ！俺も連れて…って！？え？」
「むーさーしーのー？どーこーいーくーのー？」
「げ」
あわよくば一緒に逃げ出そうと目論んだ武蔵野だったが、オレンジの制服の後ろ襟を京葉にがっちりと掴まれた。
そう、セレブでひ弱なイメージのある京葉だったが、実は腕力では武蔵野をはるかに凌ぐのだ。
振り返ると、悟りを開いたの如く神々しい京葉の笑顔がそこにあった。
「まだお話の途中だしー、それにキミ遅延中でしょ？そんな急がなくても」
「やかましい！こんなときはさっさと直通切りやがるくせにコノヤロー！」
「だからキミの心を癒す為に“京葉線でほんとにあった夢のようなお話”を聞かせてあげてるんじゃない。あ、そうそう、こんなのもあるんだよ。また別の日のことなんだけどね。とある運転士が線路の上に輝く満月を見ながら亡くなったお母さんのことを思い出していたときなの。本来青のはずの信号が赤く灯ってまるでお母さんが息子を引き止めるように──」
「だーかーら！そらただの信号トラブルだっつーのっ！京浜東北っ！行くならこの馬鹿も一緒に連れてけ！」
「お断り」
京浜東北は高崎、東海道とともに廊下に出ると、無情にもその一言を残してぴしゃりとドアを閉めた。
「…おい、大丈夫なんかよ、あの遅延コンビ残してきちまって」
「大丈夫も何も…東海道、僕らがあの場にいたっていなくったって、京葉と武蔵野には同じことじゃない」
「？」
京葉がちゃんと目を見て向き合って話す相手は武蔵野しかいない。
それは間違いない事実。
でも、武蔵野は分かってないみたい。
いつもヘラヘラ笑ってばかりで、のんびりマイペースで低血圧気味な武蔵野が、あんな風に声を張り上げて怒って困ってツッコミまくる相手が京葉しかいないってこと。
それだって間違いのない事実。
「…せいぜい同じ夢を見ていればいいさ」
「えー？何だよソレ？どういう意味？」
「独り言だよ気にしないで高崎。さぁ早く行こう、夕方のラッシュまでに打ち合わせ片付けてしまいたいんでしょ？」
東海道と高崎は顔を見合わせて盛大に首を傾げたが、京浜東北はただ静かに微笑んで、先を促すように早足でホームへと向った。