*Right man in the right place 2*
「何をしていた!遅いぞ山陽!」
「え?だって今日は特にアポはとってな……は!?」
九州新幹線へのヤボ用を思い出し立ち寄った山陽の目の前に、ありえない光景が広がっていた。
九州の深緑の皺ひとつない制服を覆う、真っ白なエプロン!
いや、正確には真っ白ではない。小さな水玉が一面に広がって──って、ちがーう!例のつばめ模様だコレ!
「な、なんでンな柄のエプロンつけて立ってらっしゃるんですか──!?」
「決まっている、つばめだからだ!」
意味が分からない。
そしてエプロン姿の九州は再び山陽に背を向けると、コンパクトかつ機能的なミニキッチンのコンロで、起用にフライパンを動かしていた。
どうやらパスタを調理中らしい。
「九州…って…料理できんだー、へー」
素直に感心すると、背中越しに鼻で笑う声が聞こえた。
「何だ山陽、よもや我らと直通しようという貴様が“家事・育児は女性の仕事”などという時代錯誤はなはだしいことを言い出すのではあるまいな?」
「…いやー、もちろん思ってない、思ってないけど、さ」
にしたって。
九州新幹線+エプロン+料理という組み合わせがあまりにもエポックメイキングな出来事であったのだ。
山陽の反応は仕方のないことだろう。
「ふーっ、よし、完成だ。うまい具合に現れたな山陽、この私の料理を相伴できるとは」
「え?!…いやあの、おかまいなく!ほんとマジで!」
「何を言う。もう二人分用意してしまった。冷める前にさっさとテーブルに着け」
綺麗に皿に盛られた、ぴっかぴかの(見かけはすごく美味しそう)のパスタを両手に、そう言ってすごまれると、もう抵抗するのは面倒臭くなる。九州がこんな目をしてるときは何を言っても無駄なのだ。
「うん…美味そう…大丈夫…きっと大丈夫だよ山陽…」
そう自分を励まして着席する。
でも、もし、この中にわけのわからない薬物でも混入されていたら……
ああ、さようなら、ツンツンツンツンデレーな我が相棒。
さようなら、微妙に個性的過ぎた東日本の面々。
さようなら“さくら”、一度でいいからお前を走らせてみたかった。
そうだ、ここんとこタコ焼き食ってねぇー。鳥飼基地のそばの路地に出てる屋台のタコ焼き!アレをもう一度だけ味わってみたかったぜおっちゃんマヨネーズはたっぷりで…
「…遠い目をしてさまざまなものに別れを告げるのはやめろ山陽!怪しげなものなど入っておらん!しいて言えば、冷蔵庫の残りものを処分がてらにぶち込んだがな」
「あ、そっすか…」
「鬱陶しい!さっさと食せ!」
「んでは…いっただきまーす…」
律儀に手を合わせ、ホカホカのパスタを口に運んだ。
と、山陽の両目が大きく見開き、
「うっまーい!!!」
「ふん、だから言っただろう。失礼なヤツだ西日本」
九州もエプロンを外して向かいの席に座り、自らの手並みにうむ、と小さく頷く。
「ツナの缶詰と赤唐辛子の組み合わせはやはり外れがないな」
「すっげぇなぁ!九州!アンタそれなりに忙しい身だってのにこうやって料理作るんだー!」
そういえば、かねてから九州が使う上官専用室には、似合わぬ大き目のキッチンがあるのだなぁと不思議に思っていたものだ。
なるほどなるほど。つばめ様のご趣味なワケですね、これが。
「忙しいことを言い訳にするような男に何を為す事もできん!」
九州は、もくもく淡々と食事を続けながらもきっぱりとそう言い切った。
「女性はもっと忙しいのだ。優秀な女性になればなるほど、だ。社会人として仕事をし、妻として家庭を守り、母として出産して子育てに励む。せめて食事の用意くらいできなければ男に何の価値があるというのだ?ああ?」
「…ごもっともです」
そうそう、つばめ様は俺たちを見下してるどうしようもないタカビー野郎だけれども、九州新幹線、いや、JR九州のすべての路線が女性に優しいさまざまなサービスに心を砕いていることも有名で。
以前にもホームで、乗り場が分からず迷っている初老の女性を優しく目的の列車の中にまでエスコートしている九州を目撃したことがあったっけ。
まぁなー、こういうとこは東海も東も、もっともっと見習うべきだよなー。
「そういえば昔、はとのヤツに料理を躾けてみようと思ったが…そのたびに宿舎が焼け落ちそうになるので諦めた」
「…あ…そ」
なんというか。こればっかりはかばいようが無い。
「相変わらずなのだろう、ヤツは」
「あっはは、こないだもポテチの袋、オレが開けてやりましたー」
「…たく…特急として使えないだけではなく男としても使えん…高速鉄道となった今も駄目っぷりは健在というわけだな」
「そうでもないぜ、裁縫は得意だ」
「フン、ケチ臭いだけだろう」
「アンタだってこのパスタ、冷蔵庫の余りモンだって」
「私のはリサイクルだ」
「どっちもドッチだよなぁ、まったく」
でもまぁみんな違ってあたりまえ。
それぞれ得意不得意があって、みんなそれぞれ必要とされる場所がある。
「みんな違うから一緒に走ってても楽しいんだよなー、うん。こりゃひとつ、この山陽サンも何か芸のひとつでも会得しなくちゃねぇ」
山陽はにっこり笑ってそう言うと、「料理は芸ではない!」と一喝する九州の鼻先で残りのパスタをつるりと飲みこんだ。