*SAKURA*
「九州…?…何見てんの、ソレ?」
「これか?」
バサ、と机の上に放り出されたのは、東北、上越などJR東日本の誇る高速鉄道の面々の写真が掲載された資料。
「いずれ本州を掌握する身としては、敵のことを良くそらんじておかねばならん」
「いや東日本は敵じゃねーし!アンタどこの戦国武将ですか!?つーかこんな写真や資料をいつの間に…」
「ふっ、我々の手には “富士””はやぶさ”がいるからな」
「アンタがそんなスパイみたいなことやらせてっから、ダイヤ改正であいつら廃止されんだよ!」
「それで今日貴様を呼んだのはほかでもない、山陽」
「…相変わらずオレの意見は見事にスルーですねありがとうございます。で、一体なんですか?」
「この資料では数値的なものしか分からない。実際、彼らがどんな性格でそんな行動をし、どのような鉄道なのか、生のデータをとりたいのだ」
「…や、そこまでせんでも…つーか気持ち悪いよアンタ!ストーカーだよヘタすりゃ!」
「例えば、この秋田新幹線」
九州は、秋田の写真をずいっと山陽の目の前に突き出した。
「初めて見たときはてっきり女性かと思った。この美貌、スタイル、そして車輌のフォルム…さぞかし大和撫子的なミニ新幹線に違いないと思うがどうだ?」
「大和撫子…」
山陽の脳裏に、夕べの出来事が走馬灯のように蘇った。
秋田が大事に残していた大福を喰った上越が頭をかち割られんばかりに怒られ、その秋田を東北が背後から必死に羽交い締めにしている──そんな光景が。
「まぁその…確かに綺麗だよ…えっと…健康的で…大和撫子というより…巴御前、といった方がいいのかも」
「おお、美貌な上に行動力のある優秀な新幹線というわけだな!面白い!」
そして九州は何かをメモメモと秋田のページに書き込んだ。
怖いから見ないようにしていたけれど。
「この山形というのは、同じくミニ新幹線だな。ふむ。こちらはどちらかというと知的なタイプだな。東北の田舎を走る高速鉄道にしては都会的なムードがある。ウィットに富んだ会話が期待できそうだな」
「ウィットに富んだ会話…」
それ以前に東海道の命令で喋らせてもらえねーけど。
…とか言うと非常にややこしいことになるので黙っておく。
「まぁ…あれだ…山形はこうしゃべくるキャラじゃなくて…こう、野鳥とか眺めて数えるそんなタイプっつーか…」
「ほぅ、自然を愛するナチュラリストか!これは趣味が合いそうだな」
「え?そうなんですか!?」
そして再び、山形のページにメモメモ。
「次、これ、この上越新幹線についてはとても情報が乏しいようだが…一体どういう男だ?」
「情報が?乏しい?」
それは数値にまとめるだけの稼ぎも乗車率もないってことか?(←酷)
いやいやいや、きっと違う。あいつは新潟にいながらにして日本全国の(余計な)情報をゲットできるほどの男だ。
逆に自分の個人情報を保護することには悪魔の如く長けているに違いない。あーこわ。
「顔だけ見ていると、秋田新幹線とは違う意味でなかなかの美形だな。笑顔もいい。写真を見る限りでは腰が低くひ弱な感じもするが?」
「………とりあえず夢は夢のままにしといたほうがいいと申し上げておきましょうか」
「すると正反対、ということか?面白い!美しい者を服従させるのはまた楽しいものだからな!この私が躾けてやろうではないか!はとのように!あっはっは!」
究極のどS対決が実現する日が来るのか?ゴジラvsメカゴジラ?いやガメラvsギャオス?
その日は絶対に岡山か広島に逃れよう。そうとも。一歩も外に出るもんか。
軽快に動くペンを見ながら山陽は心に決めた。
「さぁて、次はいよいよ東日本の重鎮、東北新幹線だ。E5だのスーパーグリーンだの大した意気込みだが、当の本人は至って地味な印象だな」
「…ソコは否定しませんけどね…結構核爆弾的発言も多いんスよ」
山陽は、前にびゅうプラザで見かけた旅行パンフレットに踊る文字をふと思い起こした。東日本の各地から首都圏行きの旅行ブランド名。
東京(行き)=「TYO」 横浜(行き)=「YOK」
…って!そのまんまやん!しかも略したせいで余計主旨が分かりにくくなってるし!むしろ「KY」と書けー!
ローマ字3個がゴシック体でドドンと印刷されたパンフがずらりと並んでいる光景を見たとき、これどなたのイニシャルですか?ていうか車体記号かなんかですか?と、さかんにツッコんだものだ。ノーリアクションだったけど。
「ふぅむ、見かけによらず攻撃的なタイプだということだな」
「…KYを攻撃に見立てるならまさに一人軍隊みたいなもんかも」
「まぁE5のデザイン発表を見たときにある程度予測していたことだがな。あのセンスには心底びっくりだ」
「いや俺は人のセンスを“びっくり”だとかしれっと言っちゃうアナタに一番びっくりなんすけど!」
「よし、私が東を制覇したあかつきには、E5もこの私がリニューアルデザインしてやろう」
東北のページには、文字だけでなくなんとなくイラストっぽいものまで書き添えられた。
山陽は金箔で飾られるE5の姿を想像して胸のうちで合掌した。
「さーて最後。この子供。長野新幹線。こんなガキ、使い物になっているのか?」
「ああ、長野…長野は子供だけど有能よ?アタマいいしね。俺より漢字知ってるし俺より英語分かるし」
「…それはそれなりに問題意識を持つべきではないのか山陽?」
「今でこそあんなチビっこだけど、アレだよ、いずれ北陸新幹線になって心も体もでっかいオトコになること間違いナシ!の将来有望株」
その日を指折り数えている長野の愛らしい姿を思い浮かべると、山陽の頬は自然と緩む。
まぁ「ボク、大きくなってとーかいどーせんぱいと接続するんです!上越せんぱいとも接続するんです!これって“両手に花”って言うんですよね山陽せんぱい♪」…と微笑む姿に末恐ろしさを感じもするが。
つーかどうすんだ。どこをどうやってどんな路線で結ぶ気だ。
「長野が北陸になったら…確か上越駅(仮称)から向こうは貴様と同じ西日本の所属になるのではなかったか?」
「あー、うん、そう。さっすが詳しい…」
「なるほどな。それは即ち私のものになるというこ──」
「待て!マテマテマテ!何言い出しちゃってんの!?いつからJR西=アンタのもんになったの?ねぇ!?」
「ふふふ…色々と楽しみだな」
「…またまた俺スルーっすか…そうですか…」
そして九州は長野のページに書き込みを終えると、一度ペンを置き、手にした資料の束を最初からめくり始めた。
1ページ、1ページ、丁寧に目を通して。
鼻歌でも聞こえて来そうな──どこか心弾むような、面白そうな──横顔。
今はまだ、数字や文字の羅列でしかない遠くの同僚たち。
九州は一体どんな気持ちで眺めているのだろう。
黙ってその様子を見ていた山陽は、苦笑いしながらおもむろに声をかけた。
「…会わせてやるよ」
「──?」
「んなことしなくてもさぁ。俺らが直通して、アンタがとりあえず新大阪まで来られるようになったら。どうにか東海道クリアして機会作って、さ」
「……」
「だからさ、もうちょっと待ってろよ、な?」
「…貴様の言うことはいつも訳がわからん」
「そう?」
悪戯っぽく笑う焦茶色の瞳を不機嫌そうに見返しながら、九州は手にした資料を静かに閉じた。
「あー、腹減った。メシ行こっか」
「…どういう風の吹き回しだ?」
「九州新幹線の開業って、3月13日じゃなかったっけ?」
「……」
「今日はさー、高速鉄道の先輩である俺のおごりってことで」
「フン、この小僧が」
冷笑たっぷりにそう答えながらも、九州の視線は山陽ではなく窓の外に向けられていた。
空のそのまた向こう、どこか遠くを憧憬するように。
ガラス越しに、膨らんだ桜のつぼみが揺れている。
2年後に九州と本州を駆け抜けるはずの──彼らの車輌と同じ名前の花が。