+ETERNITY+

 

 

 

朝、目が覚める。
正確には、まだ夜明け。
しかも、真冬の夜明けだから真っ暗だ。
始発まであと1時間以上もある。でも目が覚めてしまった。

いつもと変わらぬ朝。なのに、いつものすっきりした寝覚めとは少し違う。
さんざ飲み過ぎたせいでもなさそうだ。

掌がかすかにじん、と痺れるような感覚。
ぽっかりと穴があいたような喪失感を抱えて目が慣れるまで身動きせずただ暗闇を見つめていた。

「…ったく、らしくねーな…」

山陽新幹線は、指先をほぐすように動かしながら、ベッドの中でそうひとり苦笑を漏らした。
こんな気分で目が覚めるなんて。
いくら昨夜が『0系さよなら運転』の打ち上げだったからといって──

「…う、ん」
「……」

自分の隣で窮屈そうに、それでいて布団の中に沈む込むようにぐっすりと眠り込んでいる東海道を一瞥して、再びくすりと忍び笑い。
決して酒に弱い奴でもないのだが、さすがに昨夜はピッチが早過ぎた。
足下が怪しくなり、やがて椅子の上でうつらうつらし始めた東海道を担ぐように自室に連れて来て、面倒くさくなってそのまま雑魚寝。
こういう光景もなかなかない。特に東の連中と付き合い出してからは。

そうだ、まだ2人きりで走っていたときは──こういうこともたまにあったかも知れない。
2人揃って寝坊をしかけて、慌てて駆け込んだこともあったっけ。
そんなオレらを迎えてくれた、あのホームに止まっていた0系の──

「………すげぇな」

だって、もう、あの車両はこの世のどこにも走っていないのだ。
ほんの一晩で線路の上から消え去った。

始まりがどれほど大変で時間のかかるものであっても、終わりなんてあっけなくやってくるものだ。呆れてしまうほどに。

あの丸顔の仲間はもういない。二度と手元に戻って来ることはない。

「…“なくなる”って、ホントこういうことを言うんだよなぁ…」

人間の“死”も、こんな感じなんだろうか。
どんなにあがいてもどんなにがんばっても、取り戻せない。何もできない。そんな現実。

「…オレにもいつか…来んのかなぁ…」

最後の日。

脳裏に、山陽新幹線として開業したあの同じ年同じ月の光景が蘇る。
一度は免れた廃線。
高速鉄道になった今とて、その可能性がなくなったわけではない。
ましてや、自分のライン修復の現状を思えば。

「…もしオレが…山陽新幹線が…なくなる日が来たら…」

そのときは。

「間違いなく、真っ先に思い浮かべんのは東海道の顔だったりすんだろうなぁ…色気のねぇこった」
「──まったくだな」
「…っと…」

背中ではっきり聞こえた返事に山陽が寝返りを打つと、東海道がさっきと変わらぬ姿勢で、瞳だけ小さくまばたきを繰り返していた。

「お、わりぃ、起こした?」
「横でごちゃごちゃくだらないことを呟かれては、目も覚めるというものだ」
「スマン」
「もうちょっとだけ寝る。喋りたいならどっか行け」
「…あのぉ東海道ちゃん…ここオレの部屋なんスけど…」
「ふん」

東海道は掛け布団をぐいっと引き寄せ顔半分を埋めると、不機嫌を滲ませた声で話を続けた。

「…そんな日は来ない」
「へ?」
「お前がなくなる日なんて永遠に来ない」
「へぇ、本当?…何でそんなことわかんの?」

どうやらひとりごとの中身をすっかり聞かれてしまったらしい。
照れ隠しするように、わざとからかい口調で尋ねてみた。
すると、

「山陽新幹線だからだ」

断固とした答えが返って来る。

「山陽新幹線がこの世からなくなるなどと、まったく阿呆らしい。お前がなくなる日が来るとしたら、それは──即ち地球が滅亡する日だ」
「そんな!?そんなSFスペクタクル超大作みたいな設定なの!?」
「そしてJR西日本がグループからなくなる日」
「…なんかすげぇリアルに怖い話になってんだけど…」
「そう思うなら言うな」

東海道はそうきっぱり言い放つと、再び枕に顔を沈めた。

「すごい自信たっぷりに言うなァ、予言者みたいに」
「予言じゃない、確信だ」

そうして、あとほんの僅かな時間だけ許された休息を貪るように、ゆっくりと瞳を閉じた。

「俺が…東海道新幹線がこの世にいて山陽新幹線がこの世にいないなんて…そんなことあるか」
「……」
「…だから永遠だ…」

そうして静寂が戻り、あとは規則正しい微かな寝息が闇を支配した。

また眠ったのかもしれない。そうではないのかもしれない。
でもそんなことはどちらでもいい、と、山陽は思った。

少なくとも、寝起きに感じたあの掌が痺れるような感覚も、不安も、いつの間にかすっかりなくなって。
いつものようにあとはただ太陽が昇るのを待つだけ──終わってしまった時間に囚われるのではなく、これから始まる時間に胸を踊らせるいつもの自分に戻れたのだから。

「…東海道がそう言うなら…」

信じる。
信じられる。
きっとオレはこれからもずっと走り続けているだろう。
どんな車両に変わろうと、他の誰がやってこようと誰と繋がろうと。

 

たとえヨボヨボのジジイになろうとも。

 

「…走っているよ、お前と一緒に」

 

きっと。

 

永遠に。

 


 2008/12/19