*LOVE LOVE LOVE*

 

 

「あー、もうつかれましたー、へとへとですー」
「はは、行楽シーズンの連休だもんな、軽井沢方面は大盛況だろ。仕方ねぇさ、ほら、茶でも飲んで休みな長野」

山陽にそう声をかけられ、長野は素直に隣の席に腰を下ろした。

「とくに今日は、お子さま連れのご家族が多かったんです」
「へぇ」
「かわいかったなぁ…小さい子供たちや赤ちゃんがいっぱいで…にぎやかで」
「そう?子供って騒がしいし車内は遠慮ナシに汚すし、乗客としてはあんまり歓迎しないけど僕は」
「貴様は乗客を選び過ぎた上越。そんなだから車内環境の評価がいまひとつなんじゃないのか?」
「それは僕のとこがお古の車両ばっかだからだろっ!仕方ないじゃないかっ!」

別の次元で言い争いを始めた上越と東海道を横目に、長野は突然「はぁー」と子供らしからぬ深いため息をついた。

「…?…どうした?長野?」
「あの…じつはボク、前からふしぎに思っていることがあるんですけど」
「何だ?疑問を放置しておくと事故につながる。クリアにしておくにこしたことはないぞ」
「はい、あのぅ…」
「どした?おにーさんたちが何でも相談に乗っちゃうよ?」

もじもじと皆の顔を見回す長野の頭を、山陽が優しく撫でる。

「では、おうかがいします……赤ちゃんって、どうやって生まれるものなんですか?
「──ゴホッ!ゲホン!ごほっ!」
「わっ!東海道!バカ!コッチに飛ばすな!きったねぇな!」
「あっはは、来たよー、来ましたよー、長野の核弾道ミサイル的発言!」

実際、子供というのは誠に恐ろしい。
オトナの頭で考えたら聞きにくい質問を、このようにまっすぐ直球ストレートにどかん!と尋ねてくる。

それもキラキラとした無垢な瞳で。こちらの顔をガン見で。
これでは誤摩化すどころか目を背けることすら不可能ではないか。

そして不幸なことに、現在、東北は秋田、山形とともに北に戻っているから…部屋の中にいるオトナは、東海道を除くと上越、山陽、の2名ということになる。

「…どうしよう…常識のある者が1人も残っていない…」
「マテマテマテマテ!いやいやいやいや!東海道ちゃん!ちょっとソレは失礼なんでねーの?!」
「そうだよ!アッタマくるなぁ!じゃあ“常識的な”キミが長野に教えてやってよ!赤ちゃんの作り方!いつもみたいに、ホワイトボード使って図解入りでさぁ」
「なっ…そっ…図か…!?…………うー」

と、固まって使い物にならなくなった東海道を押しのけ、上越が笑顔で前に出た。

「では、ここは長野の実質的教育係であるボクの出番ってことで…ちょっと部屋に行こうか、やっぱこーゆーことは静かにじっくりと…」
「──ダメ!ダメだっ!上越っ!」

東海道、執念の復活。

「貴様が教えたらいらん知識と体験がてんこ盛りになって戻ってくるに違いない!長野をそのような目に合わせられるか!」
「あー、オレも…東海道の意見に3000点」
「ちょっとォ!何それ!?山陽までひどいや!」
「日頃の行いを考えてみろ!当然だろうっ!」
「しょーがねーなー、んじゃーオレがやっか」

今度は山陽が前に出て、長野の肩に優しく腕を回す。

「まぁ、夢こわさん程度にいっちょ仕込んでみるわ、東海道」
「…本当に任せて大丈夫なのか、本当に?山陽?本当に?」
「“本当”言い過ぎだから。ほらー、その超不安そうな目ェやめろよ東海道―、オレたちずっとパートナーじゃん。信じてよー」
「……むぅ」

確かに。山陽はいろいろアレだが、少なくとも変態じゃない(と信じる)。
女性客や子供客に好評なのも、どちらかと言えば自分よりも山陽新幹線だし。
そして何より、仲間を、長野を大切にしている優しい男だ。
それほど大きな間違いは犯すまい。

「では…長野、先程の疑問は山陽に解決してもらうように」
「はいっ!とーかいどーせんぱい」
「……納得いかないなぁ……納得いかないよ」

と、ぶつくさ文句を垂れる上越にウィンクひとつ残すと、山陽は長野を連れ立って何やら隅のソファで話し込み始めた。

 

 

「とーかいどーせんぱいっ!上越せんぱいっ!わかりましたっ!」

小一時間ほどして。
満面の笑みの長野が、山陽とともに2人のところへ戻って来た。

「赤ちゃんがどうやってできるのか、わかりました!」
「それは…良かった…で?…どうやってできると教わった?」
「愛し合っているひと同士の間に、その愛情の結晶として生まれるんです!」

うわぁー!
何だこの綺麗なまとめ方!

「うん、まぁそういうことだ…(ひそっ)山陽、でかした」
「へっへっへー、オレっちにかかれば、性教育もざっとこんなもんよ♪」
「…ちょっとドリーム入り過ぎてんじゃないのォ?現実はそんなカワイイもんじゃないでしょう?」
「オマエの考え方が生々し過ぎんだよ、上越。つーかすでにオマエ自身の存在が生臭い」
「ふーんだ!大きなお世話!」
「それで、とうかいどーせんぱい」

長野はワクワクと輝く瞳で東海道の前にちょこん、と座った。

「とーかいどーせんぱいと、山陽せんぱいの赤ちゃんはいつできるんですかー?」

ガチャーン★

東海道の手から、ティーカップが滑り落ちる。

「それとも山形せんぱいとの赤ちゃんが先なんですかー?ああ、愛がいっぱいだと赤ちゃんがいっぱいになって楽しみですねぇ♪」
「…さんよう…」

東海道の視線は、ぱっくり割れたティーカップから、さーっと血の気をなくす己の相棒の顔へとゆっくり移動した。
もし新幹線が軍事兵器なら、山陽は今まさに一瞬で姿カタチもなく焼き尽くされているであろう。怒りという名の殺人光線で。

「…いや、あの、東海道ちゃん?…待って、ね?座って…座ろう、ほら、大きく息して…」
「根本的かつ最重要部分の教育が抜けとるわ────っ!!!こんの茶髪のどアホが────っ!!!」

 

 

「ちょっと何!?今の大声は?何かあったの!?」

騒ぎを聞きつけ、部屋に飛び込んで来た秋田が見たのは…
腹を抱えて大笑いする上越と、両頬を腫れ上がらせて床に踞る山陽と、涙目でゲンコツを握りしめる東海道…そして

「秋田せんぱーい♪せんぱいはいつ東北せんぱいの赤ちゃんを生むのですかぁ?」

だ か ら 子供って恐ろしい。

「…………上越?(笑顔)」
「ぼっぼぼぼ僕じゃありませーん!山陽でーす!」
「わっ!バッカ上越っ!指さすなこのっ!………あ!わ!ま、待った待ったっ!秋田さん、コレはね、あの誤解なの、ねぇ秋田ちょっ…」

 

 

 

──その後数日、山陽新幹線の姿を見かけた者は(西日本の在来線を含め)誰1人としていなかった。

 

 


END

 2008/9/21