*メール着信*
「どうしたの、高崎?」
高崎駅のベンチで、携帯電話を開いたまま、う〜んといつもより深い眉間の皺をあらわに座り込む高崎に、八高が怪訝そうに声をかけた。
「何か深刻な連絡でも?」
「深刻っつーか…メールが来たんだけど……宇都宮から」
「あらあら☆いつも仲の良いことで」
「それが、怒ってんだよ、宇都宮のヤツ」
「怒ってるの?メールで?」
返事の代わりに黙って液晶画面を差し出す高崎に、「え、見て良いの?」と思いながらも内容を覗き込んだ。
『高崎線へ
今夜、一杯どう?
最終が終わってから、24時30分に大宮駅でどうかな?
都合悪いときだけレスください。それじゃ
宇都宮』
「……」
「……」
「…怒ってるの?コレのどこが?極めてフツーのメールみたいな気がするけど」
「…怒ってんだよ、コレで」
いいか、と、高崎は、メール本文を示しながら八高に顔を寄せた。
「まず最初。『高崎線へ』──『線』ついてんだぜ『線』!フツーつけねーから!まずここでどんだけ怒ってんだってハナシだよ!」
「はぁ」
「次ココ!『24時30分に大宮駅』──あいつ、いっつも時間は細かく指定しねーんだよ!終電終わりでメールとかって!なのに24時のうえに30分まで指定してんだぜ!これは1分でも遅れたら地獄を見せるってことなんだ!」
「…はぁ」
「でもって最後!『都合悪いときだけレスください』──いっつも即レスしねーと機嫌悪いくせに!これじゃレスできねーよ!どーしろってんだよ!しねーとキレるし、したらきっと都合悪いのかってキレるし!いじめだよこれ!相当怒ってるぜアイツ!」
「……はぁ」
「極めつけはこの『それじゃ』のあとに『。』がねぇだろ!?あいつ、んな句読点落とすなんてことまずねーんだよ!──てことは、『。』つけんの忘れるほどアタマに血ィ上ってるって証拠!」
「…すごいねぇ…なんだかこう…戦時中の暗号解読みたいだ」
心底感心する八高の前で、高崎はがっくりうなだれながらメール画面を閉じる。
「ったくよぉ、つまんねーことですぐ拗ねんだから」
「原因は何なの?もしかして上官?」
「…鋭いな、八高」
「ふふっ、鋭くなくったって、上越上官がキミにご執心なことくらい分かるさ」
「本当に、仕事のコトで呼び出されて行ったのに、あいつ妙に勘繰りやがって」
「なるほど、なるほど」
八高は手の中の鳩を撫でながらサングラス越しに笑いかけた。
「ヤキモチ焼きだねぇ、宇都宮は。困ったもんだ」
「単に上越上官が気に入らねーだけだろ。だいたい俺はあいつの所有物じゃねーっての!」
「…そしてキミは鈍過ぎる、と。それも困ったもんだ」
「…?…」
「いや、いいんだ。それよりそんな話を聞いちゃったからには、何とかしてあげないとねぇ」
「え?マジで?八高が?」
「うん…そうねぇ、じゃあボクから宇都宮にちょっとメールをして」
「メールって…でも八高ってケータイ持ってないじゃんか」
「うん、そう」
流行りの電気機器は苦手だからと。
そう言って未だに連絡手段が伝書鳩という八高。
その八高が──メールで?仲裁?
「だから高崎のソレ、ちょっと貸してくれない?」
「ケータイ?」
「そう、あ、イヤかな、やっぱ他人に貸すの」
「やー、別にいっけど」
そうして高崎が八高の手に小さな機械を手渡すと、とても普段、携帯電話を持たない人物だとは思えない速さでカチカチカチ…と。
いや、ただでさえ、使ったことの無い他人の電話なのだから勝手が分からなくても仕方ないのに。
チラ見してただけでここまで使いこなしていると!?
高崎は八高の底知れぬ能力に、胸のうちで感嘆していた。
「はい、本文完成」
「早ッ!すげー!」
「あとは仕上げ…っと♪」
ぐいっ
「…おい、八高!?」
「ほら動かなーい☆ブレちゃうからねー」
八高はいきなり高崎の首に腕を回すと、自分の方に引き寄せ、がっちり抱えて並ぶようにして──
「ハーイ、カメラ見て、笑って高崎ィ☆」
「はぁ?え?何?」
ピロリ〜ン
うーんと伸ばした手で携帯カメラを持ち、戸惑う高崎をよそに、頬を寄せてセルフ記念撮影。
「ハイ、終了〜♪」
「…?…」
「メール添付、でもって送信、っと」
カチ
「お・し・ま・い☆」
ありがと、と、にこやかに携帯を返されても、高崎はポカンとした顔で八高を見つめたままだ。
「あの…さっきの何?何で撮影?画像添付?」
送ったメールを確認しようとしたが、まるで神業の如く消去されていた。
「おいー!何だよー!何てメール送ったんだよー!」
「ふふっ☆それは、今夜宇都宮に会ってからのお・た・の・し・み♪」
「あの画像意味あんの?俺と八高が写ってるだけじゃん」
「うん、僕と高崎が写ってるだけ、それが大事なの」
「…?」
「こればっかりは、伝書鳩に頼めないもんねぇ」
そうしてちょこっとサングラスをずらしてガラスのように澄んだ灰色の瞳を向けると、「大丈夫、大丈夫」となだめるように高崎の頭を撫でた。
「…まいったなァ…」
その頃。
一方の宇都宮は。
手元に届いた八高からのメールに、苦笑いするやら、呆れるやら。
そこには楽し気な(?)高崎と八高のツーショット写真、そして──
『あんまり困らせてると、盗っちゃうよ♪ 八高』
あの最果て路線!
高崎なんか手に入れたって、デカくてホームに入りきらないくせに!
「……まぁでも…どこまで本気か分からないからな…」
冗談と本気。
本音が見えないからその狭間が分からない。
そういう意味では、よく似ている。宇都宮と八高。
だけど性格はまるで真逆だから──余計に始末が悪い。
「…ふっ…何だか、バカバカしくなっちゃったな…」
メールに添付された八高の大らかな笑顔を見ているうち、上官のせいで引っ掻き回された心の苛々がおさまって行くのを感じた。
──やっぱり平和が一番、でしょ?
そう言ってサングラスの向こうから目を細める、八高の声が聞こえるような。
そんな気がして。
「…まったくねぇ」
ついそんな独り言をこぼして、携帯電話の画面をパタンと閉じた。