*1+1の原理*
「わ、すっげー!見た?すっげー光った」
「…そうだね、すごいね」
「また光った!あーこりゃ雨酷くなんぞ…ヤバいな」
「…そうだね、ヤバいね」
「オレ、雷キライ、あの音とかさー、いきなりくるとマジびびるもんなぁ」
「…僕もキライだよ、信号機故障と同じくらいに」
「……」
「で?キミはなんでここにいるのさ?」
宇都宮は、ソファにぐったりと体を沈めながら、いつも以上に冷たい視線で傍らに立つ高崎を見上げた。
「キミは少し遅れてるけど問題なく走れているだろう?雷どころか信号機のトラブルで立ち往生してる僕とは違う。付き合う義理はないと思うけど?」
「ま、そーなんだけど」
「まさか、雷が怖くて一人で走れない、なんて言い出さないでよ」
「まっさか!」
「そう、まさか、ね」
「…ん」
「じゃあ、もう行ったら?」
「…ほんと、オマエってさ…」
「なぁに?」
「…いいよ、もう」
高崎は出て行く代わりに、大きなため息とともに双子のような相棒の隣へと腰を下ろした。
「…信号直ったって、その頃にゃきっと雷か豪雨でストップだって」
「……」
「あー、ほんと、雷ヤだ」
「…今更なんだけど」
「あ?」
「もしかして、僕のこと慰めてくれてる?」
「……はぁ!?何言ってんの、オマエ」
「今、“はぁ!?”の前にちょっと長い間、あったよね?」
「…なんだよ、何ニッコニコ満面の笑み浮かべてんだよ」
「もてる男はつらいな、って思ってね」
「ほんと、オマエはなぁ……あ、いやー、まぁ……ウン」
「…ちょっと何?…一人で何納得してんの?」
「オマエみたいなバチあたりは、せいぜいつらい目にあってろってね」
「なるほど…それ、いいかもね」
そして顔を突き合わせて微かに笑いあう。
ああ、こんなとき。
1人じゃなくて。
2人って、いいね。何だかいいね。
「あー、ぐっしょぐしょー!見ろよコレ!瀬戸内海を泳いで来たっつってもいいんじゃね?」
「………」
「んでもまー、広島からアッチはもう晴れてきたしー」
「………」
「東海方面の雨量ももちっとおさまればなー」
「………」
「これからアレだ、東日本のヤツらが大変だよ、な、東海道?」
「………」
「おっと、悪ィ、水、飛んだ?」
「……何故だ?」
ソファの上で“まりも状態”になっていた東海道は、髪の毛の先からとめどなく滴り落ちる雨水をバスタオルでがしがしと拭う山陽に向かってようやくそう言葉を発した。
「……何故、貴様がいる……西日本の区域に遅れはまったくないはずだ……ここに来たところでまだ私は動けん……ここにいる必要なない……」
「あー、冷たいなぁ東海道ちゃん!お前がダメなぶん、オレ必死に頑張ってるじゃーん!ちっとぐらいご休憩とったってよかんべ?」
けらけらっと笑って、濡れ雑巾と化した制服を脱ぎ捨てる。
「えっと、予備の着替え、着替えっと。オレのサイズ、まだ残ってたっけなー」
棚をごそごそと漁り出す、その長身をそっと盗み見るようにして呟いた。
「…嘘つきが…」
もし、ここに、己のラインのトラブルで動けなくなっている山形がいたとしたら。
もし、ここに、やはり大雨のため大混乱を極めているジュニアがいたとしたら。
もし、ここに、他の東日本の仲間の誰か1人でもいたとしたら。
山陽は、きっとここにこうしてはいないはずだ。
自分が走れない今、やるべきことは山ほどあるはずなのに。
この男が、ここにいる理由。
それくらい、見当がつく。
まったく馬鹿な理由。
まったく馬鹿な男。
「…いやーん、パンツまでぐっしょりー!どうしようなぁコレ、やっぱコレは神様がオレにノーパンで走れと?そういうおつげなのかなぁ、なぁ東海道?」
「……煩い黙れ……お前のパンツにまで責任が取れるか……」
「おっ、口きいた!東海道新幹線、奈落の底からふっかーつ!」
「……喧しい……俺は奈落の底になどいない……俺はいつだってレールの上にいる……」
「ああ、そうだな」
冗談を交えながらひっきりなしに喋り続ける山陽の明るい声に、じょじょに気分が浮上した東海道がようやく顔を上げると。
「東海道」
眼前には、何の憂いもない山陽のいつもの温かな笑顔が広がった。
「雨が降ろうと槍が降ろうと、お前はいつもちゃんといるさ、ここに」
──ああ、こんなときに想う。
1人じゃなくて良かった。
2人でいられて良かった、と。
「…で、その包みは何?高崎?」
「んー、や、さっき構内で上官に会ったらさー、くれた」
「くれたって?……あの上越上官が???」
「そ。天候不良でお互い大変だね、って。で、宇都宮と一緒に食べろ、って」
「…それで素直に受け取ってきたの?キミねぇ、ちょっとは疑いなよ。何か魂胆があるに違いないじゃないか」
「えーそうかなぁ、極めてフツーの菓子っぽいけど?」
「開けたらバクハツするとか」
「まっさか!さすがにソコまではないって!結構優しいとこもあんだぜー、こないだ落雷でオレが止まった時には率先して振り替えしてくれたしな」
「…僕はそうは思えないけど…」
「オマエは疑い過ぎだって。さ、喰おうぜ」
ガサガサガサと、包装紙を開く。
中身は──
“雷おこし”
「……」
「……」
「…賭けてもいい…きっとこのネタ仕込むために東京駅まで行って買って来たんだよあの暇人上官…」
「……マジで?……」
「…天気になったら…絶対に忍び込んでやる…東京新幹線車両センター…でもって全身に落書きしてやる…」
「待て!落ち着け!頼むから!目が本気だから!」
「…“だるまる”の絵を」
「てめー宇都宮っ!やめろよ!ぜってーやめろよっソレっ!」
「あ、なにー?こんなトコでさぼってお茶?」
「“ずるいよ2人だけでー★ね、京浜東北?”」
「…山手、埼京、キミたちもね、雨と混雑で遅延しまくりなんだからそんな暢気なこと言ってないの」
「あっはは、“雷おこし”って何?これギャグのつも…り?…って…いひゃひゃひゃああ!」
「そんなに食べたいなら僕が食べさせてあげるよ、埼京?ほら、あーん♪」
「いひゃああ!やめへやめへ!」
「…その以上ほっぺた引っぱったら埼京の顔が変形するよ、宇都宮」
「…もうさっさと喰おう、喰って忘れてしまおう」
ああ、こんなとき。
1人じゃなくて。
2人って、いいね。何だかいいね。
そして2人でいると、楽しいが増えるね。どんどん増えるね。
「よし、雨量計が戻った!走れる!行くぞ山陽!」
「おうよ、東海道、そうこなくっちゃ!」
一緒にいるっていうのはいいな。
元気になれる。
何だって乗り越えられる。
そんな気がする。
「信号、直った」
「雨も上がった、行こうぜ、宇都宮」
1+1=2
…じゃないんだな、きっと。
「ちゃんとついて来いよ山陽!」
「そりゃコッチの台詞だっつーの!」
1人+1人
その答えは
きっと
=むげんだい。