*新しいきみへ*

※注:本家様「NO TRAIN NO LIFE」(002)の後日談風になっております。

 

 

「…ねー、京浜東北、まだ怒ってるかなぁ」
「……」
「確かめて来てよー、山手」
「“イヤだよ!そんなホラーな目に遭いに行くのは!”」
「……ぐす」

悪気があるんだかないんだか。
そろいもそろってすっかり京浜東北線を怒らせてしまった埼京線と山手線(+人形)は、その怒りの雷から逃れるように、隅の隅の隅の誰も来ない奥まった廊下のそのまた隅に並んで座り込んでいた。

「ボク、かる〜く背中叩いて声かけただけだったのになぁ」
「“かる〜く背中叩いただけで、目の前のケーキにダイビングはしないよ埼京☆”」
「うっるさいなぁ!もともと、嫌味ったらしく消えていく209系をケーキにして入刀させようとしてた山手が悪いんじゃないか!」
「“ばっさり過去と決別させてあげようって思ったんだよ☆”」
「冗談じゃないよ…ばっさり切られちゃうよ、ボクたち自身が…」
「“……”」
「……」
「……」

山手が人形を操るのをやめると、廊下は深海の底のような静寂に包まれる。

「……いいよね、あの新しい車両」
「…?」

いきなり何を言い出すのかと、山手は埼京の顔を覗き込んだ。

「…京浜東北、全車両があの新型になったら、もう今みたいな故障も遅延もなくなるんだろうなぁ」
「……まぁ、な」

今度は人形ではなく、山手の肉声が返答した。

「今までが酷かった…233系は京浜東北に必要な車両だ」
「…だよね。209はほんとトラブルが多くて大変だったんだもん、ね…でも」
「…?…」
「…喜んであげるべきなのは分かってるけど」
「……」
「なんか、さぁ…京浜東北が離れて行っちゃうみたい」
「…埼京」
「ボクはさ、遅延とか故障とか急病人とか、トラブルのたんびに京浜東北に頼り切りだけどさぁ、そのかわり京浜東北がトラブったときにはいっつも頑張ってきたんだ。彼のお客さんを乗せて、ちょっとでも役に立ちたいと思って」
「……」
「山手だってそうでしょ?」
「……」
「でも、もう京浜東北は新型でガンガン快適に走ってさ、ボクたちのフォローは必要なくなるんだよ。それがさ…喜んであげなくちゃって思うけど…思うけど…」
「…ん…」
「そうなったら、ボクなんか…ただのお荷物だよ…京浜東北の」

言い切ってしまうと、改めてじんわりと涙が湧いて来た。

こんな考え、超最低だって分かっているけれど。
並走している山手はまだ良いとして、湘南新宿ラインにまで見放されつつある自分が、一体京浜東北にとってどれだけの存在価値があるのか。

今までみたいに、仕方ないなって顔で頭を撫でてくれたりするんだろうか。

 

「…けいひんとうほくぅ…」

 

「ハイ、何?」
「…へ?…」
「──!?」
「まったくキミたちときたら。これじゃ探しても見つからないはずだ」

 

声の主を見上げようと思ったら、長い指が髪に絡んで、がっしりと頭を掴まれた。山手も同じ。
2人の間に、つん、と、甘いバニラクリームの香りが漂う。

「まったくね、ケーキのクリームっていうのはベタベタしておちにくいんだから。勘弁してよ」

ぐりぐりっ、と頭をさらに強く押さえ込まれて顔が上げられない。
そのまま、声だけを耳で拾った。
いつもと同じ調子の、呆れたような困ったような、京浜東北の声を。

「そしてボクに新型が投入されたからって、さぼろうなんて考えちゃいないよね?いつだってボクはキミたちを頼りにしてるんだからつまりキミたちは──」

──ちゃんと、そばにいてくれないと困るんだから。

その口調は果たして怒っているからか、それとも照れているからか、彼には珍しくほんの少しだけ乱暴な感じがした。

「なぁ、だから常々言ってるだろう、お前は埼京と山手を甘やかせ過ぎだって!」

割り込んできたのは東海道(弟)の声だ。

「だからんな凹みやすく遅れやすい路線になっちまうんだよ、分かってんのか、京浜東北!」
「分かってるよ、ありがとうね東海道。ここに隠れている2人を見つけて出してくれて」
「べ、別にこいつらが心配で一緒に探したわけじゃないかんな!」
「はいはい、分かってるってば」

「………悪かった」

ぼそ、と、先に山手が謝った。

「ごめ…ね…けいひん…とほ…く」

埼京は次から次へと涙が出て来てうまく言葉が紡げない。

「キミは少し落ち着きなさい、埼京」
「…は、い」
「山手、ケーキの味は上々だったよ」
「“…一応、恵比寿の一流店でオーダーしたもん☆”」
「あー、ダメだこりゃ、全然反省の色ねーもん」
「反省してるよっ!変なこと言わないで東海道っ!」
「“そーだそーだ☆このツンデレ&ブラコーン!”」
「おっ、何だコイツら、いきなり復活しやがった」
「あーもう、ケンカはやめてね。ほら、埼京も」

京浜東北は埼京に手を差し伸べて立ち上がらせると、柔らかな茶髪をゆっくりと撫でた。

「仕方ないなぁ、もう」

それがあんまりいつもと同じ光景だったので。
それがあんまり嬉しかったので。

「京浜東北ッ!」

さっきまで怒られていたことも忘れて、スカイブルーの制服にぎゅうっとしがみついた。

「ボクね…ボクは…209系も233系も両方大好きだよっ!」
「……ボクもだよ」

そうこっそり囁いて微笑む京浜東北の隣には、

「…新型投入おめでとう」

と、あらためて人形越しではなく自分の口で伝える照れ臭そうな山手がいた。

 

 

──でもって──

 

 

<ピーッ!…業務連絡。17時07分、京浜東北線で人身事故発生、運転見合わせ。首都圏各路線は乗客の乗り換えに万全の準備を…>

 

「…あー、そっか…これがあったかぁ…」
「…忘れてた…」
「…こればっかは、新型になっても防ぎようがないよねぇ…」
「自暴自棄の方々御用達だから京浜東北は…」
「つーことで、みんな巻き添えの混雑遅延、覚悟しろよー!」
「「「はーい!」」」

 

 

 


END

 2008/8/22