*贅沢な味をどうぞ*
「…武蔵野、コレ何?」
「へっへー、クッキー」
直通運転で顔を合わせた武蔵野は、京葉の目の前に小さな袋を得意げに掲げた。
「へぇ、どうしたの?東武のひとたちからもらったとか?」
「オレ、オレ、オレが作った」
「………」
たっぷり1分以上沈黙。
の、のち、
「…うそでしょう…」
石像のように固まった京葉の口から、その一言がようやく零れ出た。
仕方あるまい。
何事につけても“ヤル気のない”武蔵野から、お菓子を作ったなどと聞かされれば。
「…一体何があったの武蔵野…」
「いや、越生のヤツがさー、おやつ代節約兼ねて作ってみたいって言い出してさー。で、2人で何となくコネコネって」
「…作ったの?…」
「そう、作ったの」
「…すごーい…これこそ魔法だ…いや、魔法を超えた奇跡だ…」
「うっせーな!ンなこと言うなら分けてやんねーぞ!」
「え?!あ、うそうそ!ねぇ武蔵野!武蔵野さーん!味見ぃー!」
「じゃあせっかくだしな、分けてやっか」
「やたっ♪」
「栄光の、一口目だ」
「え?武蔵野もまだ食べてないの?」
「そっ。“はじめて”をやんだから、有難く思えよ。じゃーん!」
もったいぶって袋から登場したのは、思いのほかカタチの良い、まん丸クッキー。
「へぇ、綺麗に焼けているじゃない」
「でしょでしょ?へっへー」
「いっただきまぁす」
さくっ
「……」
「……」
「……」
「…どだ?王子?」
「…ん…そうだね、なかなか………アバンギャルドな味だね」
「…は?…」
さくっ
「──!?」
自分でも一口かじって思わず背筋に冷たいものが走った。
え?何コレ?何で甘くないの?
…つか…オレ…
もしかして砂糖の代わりに 塩 入 れ た !?
ありえねー!何だー、このベッタベタのコントみてーなオチはっ!?
「──って、京葉ッ!」
「えっ?」
「“え”じゃねぇ馬鹿ッ!喰うなッ!」
武蔵野はさすがに青くなって、目の前でもう一枚、またもう一枚と食べ続ける京葉の手を掴んだ。
「えー何故?」
「いやだから間違えたんだよ、砂糖と塩!!」
「そうなの?結構美味しいよー」
さくっ
「今流行りの“塩羊羹”とか“塩アイス”みたく“塩クッキー”かと思った」
「──すっげぇ前向きな誤解をありがとう!いやだから喰うなって!」
「だってせっかく、武蔵野がくれたのにー」
変わらぬ笑顔で塩クッキー(?)を頬張る京葉に、もはや武蔵野の方が呆れ顔だ。
「…お前さぁ、一応セレブなんだからさぁ…そんなもん喰うなって…」
「セレブだからさ」
「?」
「これは武蔵野が作ったクッキー。世界でここだけにしかないクッキー。お金じゃ買えないものでしょ?」
「……」
いくらお金を積んでも買えないなんて。
それこそ究極の贅沢品じゃない?
「ボクはセレブだから、そういうレアものに目がないの」
「…お前はなぁ…」
「武蔵野がいらないなら、ボクに全部ちょーだい♪」
「…馬鹿セレブ…」
「ありがとう、武蔵野」
「…どうせなら、西武軍団にでも喰わせりゃ良かった」
「ダーメ、誰にもあげない」
独占欲も、我が儘も、セレブの特権。
だから、たまには武蔵野を独り占め。
そんな気分を味合わせてよ。ね。
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その頃、東上んちでは──
「東上!東上!小麦粉とマーガリンあったからクッキー作った」
さくっ
「うん、よく出来てるよ越生」
「砂糖がなかったから、塩で代用した」
「そっか」
さくっ さくっ
「うん、よく出来てる」
「これで当分、おやつ代節約できるよなー」
「うん、出来る。ありがとう越生」
──まったく何の問題もありませんでした。