*0728*

 

 

「はい、高崎、あげる」
「は?」

高崎が目を上げると、隣の自販機で買ったばかりのコーヒーの缶を、京浜東北がはいっと差し出していた。

「何?なんでくれんの?」
「今日でしょ、上野からの開業記念日」
「そうだけど…オマエなぁ、缶コーヒー1本かよ」
「今更、リボンかけてケーキでもないでしょ?」
「ま、そっだけど…とにかくサンキュ、かな」
「かなって、疑問系なの?」

そうして2人でクスクス笑っていると、埼京があたふたと忙しそうに顔をのぞかせた。

「あー焦った…ようやくラッシュ整理済んだ…あれ?何で笑ってんの2人?」
「…ボクがつつしんで高崎に進呈した贈り物について」

京浜東北が可笑しそうに説明するが、埼京は訳が分からず、ぷーっと頬を膨らませる。

「ちょっと!自分たちだけで楽しまないで!教えてよ!」
「だから、今日は高崎の開業…」
「あああ!そうだった!今日だった!」

突如、埼京は頭を抱えて叫んだ。
京浜東北と高崎は「?」マークで顔を見合わせる。

「忙しいやつだなまったく…今度は何だよ埼京」
「ってことは、宇都宮の開業記念日でもあるんでしょ!?」
「まぁ、いろいろややこしいことを考えないで言うとそうなる」
「あいつさぁ、自分の記念日にボクが遅延したらそりゃもうネチネチいじめるんだもん!通常の5割増しくらい!だから今日は絶対に遅れられない!積み残しもできない!痴漢は──痴漢はどうしよう…」
「…どうしようもないでしょ、ソレは」
「でもまー、オマエがいつもの5割増しでまともに走るってんなら、それが何よりの贈り物だよ、オレにとってもな」
「ほんと!?じゃあ頑張ろう!でもってとりあえずおめでとう高崎!」
「とりあえずって…まぁいいや、ありがと」
「キミたちは何かするんだっけ?」
「んー?」
「高崎と宇都宮。2人の記念日でしょ?ロマンチックにプレゼント交換?」
「…してるハナシ、聞いたことあるか?」
「うーん、ボクの開業以来の記憶を振り返っても、ないねぇ」
「じゃあ聞くな、そして求めるな」
「はいはい」

京浜東北は肩を竦め、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

 

 

「…高崎」
「…宇都宮」

終電後。
人気のひいた上野駅のホームに、長い影が二つ、落ち合った。

「お疲れさま」
「ん、お疲れ」

そして、並び立って線路を見る。
もう漆黒の闇に消えている、上野から北へ向かう互いの線路。

「今日は?」
「こっちは何事もなし。そっちは?」
「問題なし。毎日こう行きたいよね」
「まったくだな」
「……」
「……」

そうして改めて向かい合って。
互いに右手を差し出して。

 

ぎゅっ、と。

 

儀式のように掌を合わせて、固く固く握手を。

 

「──これからもよろしく、高崎」
「──よろしく、宇都宮」

 

これが、上野駅で互いの路線が開業して以来、ずっとずっと続けられて来た、2人だけのお祝いのカタチ。

 

もう一世紀以上前のこと。

初めて会ったときから、外見が似ていても中身は正反対、というのは分かっていたけれど。
顔合わせの数分後には、もう喧嘩を(というか高崎が一方的にキレた)やらかしてしまったけれど。

初電が駅のホームを離れた瞬間、どちらからともなく寄り添い、握手をして開通を祝った。

 

それから、開業日には必ず終電後に上野で落ち合って。互いのこれまでの、そしてこれからの無事を祈る。

長い長い年月の間には、どちらかが遅延したり事故で運休したときもある。
でも、必ず会う。どんなに待っても。2人でここで落ち合う。

 

7月28日。

 

すべてが始まった、上野駅で。

 

宇都宮がどうかは知らないけど…と高崎は思った。
百回以上こうして握手を交わしていても、自分の胸に沸き上がる熱さは変わらない。
握った手のあたたかさに、目の奥がツーンと痛くなる感じ。
笑われたくないから絶対涙なんて見せないけれど。

良かった。今年もこうしてお互いここにいて。
きっと明日も明後日も──一年後もここに。

車両が変わっても人が変わっても街が変わっても。
オレたちはずっとこうして互いに路線を譲りながら走り続ける。

 

「あ、そうそう、これ」
「え?」

握った手を離すと、入れ替わりにペットボトルを押し付けられた。

「…お茶?」
「京浜東北からボクたちに差し入れだって。2人でゆっくり飲んでって」
「……知ってんのかな、オレたちが開業日にこうして会ってんの」
「まぁ、彼はなんだかんだ言って喰えないオトコだからねぇ」
「でも、有り難いよな」
「ん?」
「オレたちの開業日なんてさ、日本の列車の多さから言えば、ほんの些細なことじゃないか。それをこうやって覚えててくれて、さ」
「ボクには」

宇都宮は、ペットボトルを乾杯するかのように高く掲げると、高崎へ笑顔を向けた。
それは、いつもの下心のある笑顔とはまったく違う。ほんの稀にしか見せない、無垢な笑顔だ。

「高崎がこうして隣にいる。それが一番の贈り物かな」
「──ッ!?うっ!えっ?おま──」
「その真っ赤になった顔がまたいいね、素敵なオプション♪」
「へ、変なこと言うなっ!」
「毎年毎年良い反応だねぇキミは…いい加減こういう会話にも慣れたら?」
「大きなお世話だバカヤロー!」

 

そしていつもの喧嘩風味な会話が始まる。
でも、それぞれが胸に抱く感動は変わらない。

 

高崎の隣に宇都宮がいる日常が。
宇都宮の隣に高崎がいる日常が。

 

それが、2人にとって、最大で最高の──
神様からの、贈り物。

 

 

 

 


ENDLESS

 2008/7/28