*バトン回答*

 

定例会議が始まると、東の在来線たちがどやどやと会議室に入ると、珍しく一番乗りした高崎線が何やら紙を前にうーんうーんと頭を抱えて座っていた。

「…何やってんの?高崎?」
「ソレ何?報告書?始末書?」
「……バトン……だって」
「……はぁ?」

意味が分からず、皆が輪になって高崎の手元を覗き込むと(もちろん先頭は宇都宮だ)、そこには簡単な質問がいくつか、綺麗な手書きの字で並んでいる。

「…なんかさー、流行ってるんだって。こうやって決められた質問に答えてさー、で、答えた人は同じ質問を知り合いに回す。でもって、互いの理解を深めてよりよい人間関係を形成するとかなんとか…」
「それ、そのセリフ、誰に吹き込まれたんだい?」
「え…上越上官」

その名前に、宇都宮の顔が珍しくあからさまに嫌悪で歪んだ。
つまり、そのバトンというのも、綺麗な顔で(そしてこんな綺麗な字で)底知れぬ陰険さを持つあの直属の上司から押し付けられたものに違いない。

「破って捨てれば良い、仕事じゃなくてお遊びだろうそんなの」
「冗談!そんな怖ぇーことできるかよ!ちゃんと書いて明日には結果を見せて、って言われてんだから!」

高崎の必死の訴えに、宇都宮の額にむきっと血管が浮いた。
やばい。やばい。と焦るのは、このままだと巻き添え必須の他の在来線たちだ。

「えっと、あのさ、そうだ、みんなで考えたら?」

珍しく埼京が前向きな案を出して来た。

「そんな難しい質問じゃなさそうだしー、みんなで答え考えて、それを高崎が考えたってことにすればいじゃない?そしたらさっさと終わる」
「うん、キミにしてはナイスアイディアだね、埼京。どうかな?みんな?」

京浜東北(早く会議を始めたい一心の)がそう言って周囲を見回すと、皆がうんうんと頷き、続いてバトン、とやらが書いてある紙の周りに輪を作った。

「…いいよね、宇都宮?これも上官命令だし、ひいては僕らのためでもあるし」
「…勝手にすればいいんじゃない?」
「みんな、ありがと。悪ィな」
「気にすんなって。んじゃ最初の質問から行こーか。ええっと…」

 

質問1:好きな言葉を5つ

「5つも思いつかねーって…うーんと…」
「“急がば回れ”は?ことわざだけど、僕は好きなんだ」
「確かにオマエにぴったりだよな、中央」
「“朱に交われば赤くなる”」
「オマエが言うと別の意味になる、京浜東北」
「えっとねー、“魔法”!」
「却下!っていうか、最初の趣旨からずれてねぇ?!俺の考えた言葉ってことにするんじゃなかったのかよ!キャラが違くねぇか?」
「それじゃあ高崎、オマエなら何て書くんだよ」
「え?えっと…あ…“ありがとう”…とか…?」
「…ぷっ…」
「宇都宮!てめぇ今笑った!?笑っただろ!?」
「だってキャラが…」
「感謝の言葉は大事だろーが!」
「その悪い目付きで言われてもねぇ」
「関係ねーだろ!」

質問2:好きなものを5つ

「“仲間”って入れるべきだよな、ここは」
「おっ、いいこと言うね高崎」
「現に世話になってるし。それから…」
「“まっさおな空”。雨だと遅延でイヤー」
「“ふかふかの布団”。混雑も痴漢も忘れて一日寝ていたい」
「やっぱり“風呂上がりのビール”とか」
「…ほんと好き勝手言ってんなオマエら…」
「“デカ胸のおねーちゃん”」
「うぉい!武蔵野!出せねーよそんなの!」
「あれ?高崎は貧乳が好きなんだっけ?」
「ソコじゃねー!」
「空気を読んだら、“(上越)上官”とか入れておくべきなんじゃないか?」
「冷静な判断をありがとう京浜東北…でもそうしたら俺の鉄道人生はある意味終わる気がするんだけど…」
「“宇都宮線”…っと」
「コラコラコラ!いつの間にか参加して勝手に書き込むんじゃねー!宇都宮―!」

質問3:嫌いなものを5つ

「これはけっこう思いつく。“雷雨”だろ?“障害物”“信号”“駆け込み乗車”…」
「涙が出るよ、高崎」
「“掃除”“洗濯”“自炊”…」
「別の意味で涙が出るよ高崎…それにもう軽く5つ超えてるし」
「“上越上官”っと…」
「だから勝手に書き込むな宇都宮―っ!出せなくなんだろコレーっ!」

質問4:よくすることを5つ

「やっぱ“遅延”か?」
「“計算ミス”も多くね?」
「“信号機故障”?」
「“人身事故”?」
「“置き石”?」
「マテマテマテマテ!何だよお前ら!さっきの『好きなもの=仲間』撤回!速攻5つ埋めんじゃねー!しかも俺がやってるわけじゃねーのも入ってるし!」
「じゃあ、よくすることって何かある?」
「…っと…そ、そう改まって言われると…」
「趣味の1個もねーのか、面白みのねーオトコ」
「てめーにソコまで言われたくねぇ!武蔵野っ!」
「…“暇なときは宇都宮線とふたりっきりで…”」
うっつのみやぁあああ!何スキ見て器用に長文書いてんだゴラーッ!しかもあることないこと詳細に書きやがってーっ!」
「(…あることも入ってるんだ…)」←一同

質問5:次に回す人を5人

「あれ?この質問にはもう答えみたいなのが書いてあるよ?」
「どれどれ…」

『高崎線へ
このバトンは面白かった?
最後は仲間の在来線の諸君に回してもらうことも考えたけど、
想像するにキミ1人では考えつかなくて、仲間たちが一緒に
答えを考えてくれたんじゃないのかな?
だからもうバトンはキミで打ち止めにしていいよ。
そのかわり、みんなの回答そのままで提出すること。
とても楽しみしている。特にキミの相棒の答えはね。
では。 上越』

「……」
「……」
「……バレバレじゃん」
「……上官、恐るべし」
「……いや、上越上官恐るべし、だ」
「つまり、これは僕への挑戦状というわけだね?」
「…え?…や、あのちょっと宇都宮…何でオマエそんなキラキラした目しちゃってんの…」
「ふふっ、安心すればいいよ高崎、何度も言うけど僕は負け戦はしない主義──」
「オマエが勝ったあかつきにオレの身がどうなるかちったぁ考えろ───ッ!あ、バカッ!やめろっ!だからお願い!もう何も書─く─な─!!!(号泣)」

 

結局この日の会議はお流れ。
京浜東北の深い深いため息とさらに深い眉間の皺を残してバトン騒ぎは終わった。

 

 

 

「…上越、何を熱心に読んでいるんだ?」

東北は、珍しく自ら書類仕事にいそしむ上越の姿に多少の不信感を表しながら声をかけた。

「部下からの報告書か?」
「ま、ね。いやー、僕は良い直属の部下を持ったよ。退屈ってものを知らないで済むからね」
「上越…いい加減にしておかないと…」
「あっは、そんな怖い顔しないでよ。何も悪さはしてないってば」
「……」
「その証拠に、キミの大切な部下…宇都宮線は元気に走ってたでしょ?」
「…まぁ…少々ハイテンションだった気はするが」
「ほーんと可愛いよね、在来線のコたちって♪」
「……(ため息)」

上越は、そんな東北の不安そうな視線をまるっと無視して、再び手元の“バトン回答”に目を落とした。

必死に高崎が書き直したのであろう、そしてそれを無駄にするように周囲がてんで勝手に書き込みしたのだろう。
筆跡の違う鉛筆の線が幾度も幾度も重なって、それを消した消しゴムのせいで紙が破れんばかりの状態になっている。

それでもそのままきちんと提出するあたりが──真面目で純な高崎らしいということだ。

「…どうしようかな…一生懸命に回答してくれたご褒美に、僕も本音の感想を言ってあげようかな…」

羨ましいよ、高崎線。
こんな小さな困りごとにも、わっと集まって助けてくれる仲間がいるなんてね。

それはきっとこの世で何より大切にしなくちゃならないものだ。
そうでしょう?

明らかに宇都宮の書いたらしい『嫌いなもの 上越上官』の文字(一応消えているが筆圧のせいで文字の跡がくっきり読める)ですら何だか許せる気持ちになって。

 

…同じバトンを今度は高速鉄道の仲間に回してみようかな。

「ねぇ東北、もうすぐみんなが集まってくるじゃない?そしたらちょっと相互理解を深める簡単なゲームをしようか。もちろん、山陽と東海道も入れて、ね」

そして上越はまるで天使のような笑みを、隣の無口な同僚へと向けた。

 

 

 

 


END

 2008/7/21
さわさんから回していただいたバトンにここで回答…っていうか正確には回答誤摩化してすいません。高崎が提出した内容はご想像で(え)