*いっしょに、ね*
「…んでよォ、越生のヤツ、冷や奴にわさびなんかかけやがんのよ。東上が好きだ、とかぬかして。ありえねーよなぁ?冷や奴にはショウガだよなぁ?」
なぁお前もセレブならそう思うだろう?…と、意味不明の同意を求められ、京葉はどっちともとれる横斜め45度に首を傾げて見せた。
「ほんと、武蔵野は東上親子と仲が良いよねぇ」
「だから親子じゃねぇ…って…ま、良いか」
もう幾度となく説明しても分かってもらえないので、これ以上は面倒くさくなって言葉を切った。
もともと、
『武蔵野は東上とガチでデキてていつかケッコンする気で越生という養子を引き取り2人の子として育てている』
…という、そら恐ろしい誤解をようやく解いたところなのだ。(宇都宮発の情報らしい)
もっとも武蔵野本人にしてみれば、「それでもボクは気にしないよ」って笑顔の京葉の方がはるかに恐ろしかったけれど。
そんな気遣いは要りません。むしろ気にしてツッコんで下さい。
つーか、ガチホモ説ちょっとは疑えよ…
「それでゆうべも彼のトコに泊まったんだ」
「東海道(弟)がネチネチ因縁つけてくっからウザくなってよー。ま、もともとJRの連中といるより、私鉄やメトロといる方が気が楽だかんな」
「なるほど」
「おっと、気ィ悪くすんなよ京葉王子」
「ぜーんぜん」
「お前と八高は除外してやる、JRであってJRじゃねぇし」
「微妙…でも一応ありがと」
京葉は、くすくすと体を揺らして笑った。
そのたび、甘い香りがワインカラーの制服から溢れる。きっとコロンか何かなのだろう。
上官でもないのに、こんな匂いプンプンさせて走っているのはこいつくらいだ。まったく、このセレブ(自称)め。
「そういや、お前は夕べ何喰ったの?」
「え?ボク?…きわめてフツーに」
舌平目の、バルサミコソース。温野菜添え。
「……美味そうだよな」
「…形状、分かってないよね、絶対」
「魚…っぽい?」
「魚だよ。まぁ武蔵野の好きなコンビニにはさすがに売ってないかも」
「お前、コンビニ馬鹿にすんなよ、文明の利器だぞコンビニ、パンツからアイスまでいつでも買えるんだぜ、エロ本だって!」
「ソコで文明を力説されてもなぁ」
「でもまじ、美味そうだ」
「うん、美味しかったよー……でも」
「?」
「あ、何でもない」
「…ふーん」
「じゃあ今度多めに用意するから持っていってあげたら?東上ンちに」
京葉は柔らかな髪をかきあげながら、変わらぬ笑顔で言った。
その翌夜。
「おう、偽セレブー!酒とつまみ持ってきたぞー!」
「!?…いらっしゃい、武蔵野」
再びアポなしで来訪した武蔵野を、嫌な顔ひとつせず出迎える京葉がいた。
「あれ?誰か一緒?」
「んー、メトロな有楽町が落ちてたから拾って来た」
「オレ拾得物扱い!?落ちてたんじゃねーよ残業してたんだよ!」
「いらっしゃいませ、有楽町」
「…急に押しかけてゴメンな、京葉」
「いいえー、ちっとも。どうぞあがってあがって」
そのまま速攻、酒盛りに突入。
ロクに食べ物も口にせぬうち杯だけ進めるという、ストレスたっぷりの飲みっぷりで先陣切ってグダグダに酔っぱらったのは、やはり…
「──でさぁ、何で副都心のせいでオレまでバッサリ切られなくちゃいけないの?オレが何したの?メトロの何が悪いの?オレは真面目に精一杯走ってるだけじゃん!」
「おーそうだそうだ、オマエは真面目だよーなー有楽町、ちゃんとダイヤ通り走るしなー、エライ!」
「武蔵野、ソレ普通。普通のコトだからね」
「このままだと開くよ!?胃に穴開いちゃうよオレ!?…なぁ京葉―、お願い、魔法でなんとかしてー!」
「…何かこの人の口から“魔法”とか出ちゃうとコッチが色々心配になるんだけどなぁ…大丈夫なの?」
「ほっとけほっとけ、タマってるモン発散させてるだけだって。明日になったらケロッとしてっから」
「そう?」
「そうそう、飲んだらコイツよくこうなる」
武蔵野はもはや潰れかけたメトロ有楽町を横目で見ながら、けらけら笑って手元のつまみを頬張った。
「あー、やっぱジャガ○コうめー!ビールに合うー!な、そう思うだろ?京葉王子」
「うん、美味しいね」
ちなみに、本日の突発的夕食メニュー。
- コンビニのおでん
- コンビニのおにぎり(×5個)
- さきいか
- 柿の種
- ジャガ○コ ※武蔵野のリクエスト
- コ○ッコ ※武蔵野のリクエスト
- メトロクッキー(3缶セット) ※有楽町の土産
- 酒、各種
「で、オマエ、今夜の夕飯の予定は何だったん?」
「ええっと…鶏もも肉の香草焼き…とか」
「ふーん。ま、ちっと路線変更、ってとこだな」
「変更、というよりはチェンジ・ザ・ワールドって感じだけどね。でも」
「でも?」
「あ、ううん、何でも──」
「“でも”みんなで喰った方が美味い、だろ?」
「…え…」
「へっへっへー、オマエ、分かりやす過ぎー」
「……」
あのとき。
昨夜、京葉が笑って誤摩化した“でも”の続き──
でも ひとり だったから
そんなこと口に出したら、私鉄やメトロと楽しく過ごしてる武蔵野への当てつけみたいになるかなって思って。
慌てて言葉を飲み込んだ。今だって。
絶対気付いてないって思ってた。
それなのに。
「…武蔵野って…ときどき本当に魔法が使えるんじゃないかって思うよ」
「はぁ?バーカ京葉、そんなもん使えるか、俺は天下のJRサマだぜ」
「それってドッチが偉いのさ?」
京葉は楽しそうに笑った。いつものように曖昧に首を傾げることはなく。
顔を近づけると、風呂上がりらしいハーブシャンプーの香りがした。
「ほらもっと飲めよー、京葉王子」
「うんっ」
「メトロクッキー結構いけるぜー。あ、そうそうおでん!オマエまだ喰ってねーだろ!あなどれねぇぜコンビニのおでん!ほら、卵とか喰えよー」
「うんっ、すごく美味しい!」
──夕べより、全然美味しい。みんなといると何百倍も美味しい。
「…だから魔法を…」
えっ?と2人そろって振り向くと、メトロ有楽町がテーブルに突っ伏して、今まさに夢の世界へと旅立つ最中。
武蔵野は「バーカ」と言ってさらに大声で笑い、京葉はそんな彼の肩にそっとタオルケットを被せてやった。