*VISITOR in TROUBLE*
「さーんーよーうー」
そして扉の向こうには──パジャマ姿の東海道が弱りきった顔で立っていた。
……
……
…何、この状況?
夢じゃないよな???
真夜中に叩き起こされ、それなりに不機嫌だったが、この理不尽な状況に直面して一気に目が覚めた。
だって普段なら、自分の名前の部分には、別の四文字が入るはずだ。
東日本所属の、あの癒し系ミニ新幹線の。
ああ、思い出した。
あいつ、今夜は地元に戻ってるんだった…
にしたって。
それならそれで、いつもの東海道なら自室で乙女よろしくシーツなど噛み締めながら大人しく転がっているはずだ。
というか、それ以前に、コイツがこんなに凹んでる理由が分からない。
ここのところ運行は極めて快調だし、就寝時間直前まで、超上機嫌で皆にリニアの話などぶっていたものだ。
それなのに──
「さんよ…う」
もう一度弱々しく名前を繰り返され、ハッと我に返った。
「あ、うん、まぁ…とにかく入れ、なっ?」
「……」
東海道は力なく頷くと、フラフラした足取りで手近な椅子に腰掛けた。
いや、崩れ落ちたと言ったほうが良いだろう。
「東海道…東海道、なぁ、ほら、しっかりしろ」
茶化すのも忘れて、ヤツの隣にしゃがみこみ、背中を撫でた。
「なぁ、大丈夫か?何かあったの?言わなきゃわかんねーよ」
「……」
「ほら、東海道、話してみろって」
「…で…」
「で?」
「…出…た…」
「出た?!出たって?何が?」
「……」
ちょっとー!ソコで黙るなよ!超コエーじゃん!
「だから何が出たの?なぁっ…って…あ?」
東海道の手を握ろうとしたとき、ようやく気づいた。
固く固く閉じられた拳の中に、棒状に丸まった新聞紙がへし折れんばかりに握られているということに。
「あ」
そこで、俺はすべてを了解した。
つまり、今夜、東海道の部屋には出てはならぬものが出現したのだ。
それはつまり──
「もしかして、ゴキブ…」
「言うなッ!!!」
東海道の両手がものすごい速さでもがっ!と俺の口をふさいだ。
その目は心なしか潤んでいて、手だって小刻みに震えている。
「…駆除…したはずなのに…つい先週…建物全部に駆除剤を…」
「そらオマエ…古代から生き抜いてる種族だし…アレの生命力はハンパねーぜ」
「…どうする?!山陽?!なぁ…俺は一体どうしたらいい?!」
「どうって」
「…名古屋に行きたい…」
「今から!?もう2時回ってんぞ!?」
「…部屋に…帰りたくない…」
「……」
「…アレがあそこにいる限り…俺の人生に真の平和は訪れない…」
「そんなデカいハナシになってんの!?そりゃまぁ、気持ちは分かるけども」
俺だって、あの黒くてぬめっとした邪悪の化身が決して得意ではない。
特にあのカサカサカサって音!どんだけ人を不愉快にさせんだって叫びたくなるようなあの足音!もうできれば一生関わりたくない!
「さーんーよーうー」
「……」
でも、関わらざるを得ないみたい…(微泣)
「よしよし、分かったから。んじゃな、お前はここで待ってろ。ちょっくら退治してきてやっから」
「…本当か?」
キラキラっとした瞳で東海道が俺を見上げる。
あー、いつもそんな顔してりゃなー。可愛げあんだけども。
「仕方あるめぇ?秋田や東北ンとこ行かずに、俺んとこ頼って来てくれた訳だし」
実はちょっと嬉しかったりして。
やっぱ、いざってときにコイツの頭に浮かぶのは俺のことなのねって。
ここは素直に喜ぶべき──
「…だって、秋田たちをこんな夜中に起こすのは気の毒だろう?」
──前・言・撤・回ッ!!!
「よし、行くぞ」
むんず★
「え!?」
俺は東海道の襟首を掴んで立ち上がらせた。
「やっぱ、お前も来い」
「ええええええ───ッ!?」
「いいオッサンがそんな声出しても可愛くないから。そんな潤んだ目で見ても無駄だから。お前も一緒に退治すんの、そのゴキブ…」
「言うなぁああああっ!」
「いいから来い!」
「え?や、やだ!ちょ!待て!お願いだ山よ──」
「もともとお前の部屋のコトじゃん!」
「だって!と、飛ぶんだぞ!あいつら飛ぶんだ!飛ぶものはキライだぁっ!」
「わけわかんねーこと言ってねぇで、諦めろ、ほら!」
「いやぁああああっ!」
東海道が、俺の腕の中で普段だとあり得ないような怯えた声でじたばた暴れる。
あー、楽しい。
なんか一気に楽しくなってきたぞぉ。
「よーしよし、イイコだ、俺と一緒に楽しい夜を過ごそうなァ♪」
俺は右手に殺虫剤、左手にジタバタとあがく東海道を抱えると、颯爽と敵の待つ部屋へ足を向けた。
「…ねぇ、今朝の東海道と山陽なんだけど」
「何?遅延?事故?」
「いや、それはないけど…異常に眠そうだよ、大丈夫かな?」
「夕べ、ほとんど寝てないらしいからな」
「ほんとに!?2人で?何して?」
「何してたんだろーねー、うふふ」
ドッチにどう転んだのか分からないけど、山陽のダンナがやたら嬉しそうなので何かしらお楽しみはあったのだろう。
これは後でボクもご褒美のキスのひとつくらいはいただかなくちゃねぇ。
上越──あの黒いモノを東海道の部屋に放り込んだ諸悪の根源──は、そうほくそ笑みつつ、白い手袋に指を通した。