*大切でいこう*

※注:本家様「おねがい♪マイメトロ」の後日談風になっております。

 

「先輩はいつも怒ってばっかりで──もしや僕がキライなんですか?」
「は?え?副都心、オマエ何言って…」
「じゃあ好きですか?」
「“じゃあ”って!ハナシ勝手に進めるんじゃない!」
「好きですか?キライですか?」
「……」

 

「はぁあああああああ……」

池袋駅の隅っこで、メトロ有楽町線は本日何十回目とも数えられないほどのため息を繰り返していた。

なんか毎日こんなこと繰り返しているような気がする。
もーダメかも。俺、日本で初めて、胃潰瘍で死ぬメトロになるかも。

「何だ何だ、その情けない面は!我ら西武のお膝元でそのような不景気な面はやめてもらいたいものだな、営団!」
「あー?…なんだ、西武池袋かぁ」
「なんだとはなんだ!人がせっかく声をかけてやったと言うのに!」

ややこしいのに見つかってしまった。
いや、今はコイツのややこしさすら潔い。
あの、理解不能な後輩メトロに比べたら。

「悪い…そんなつもりじゃ…その…イロイロとあってね」
「ふん、悩みというヤツか。貴様は年中悩みを抱えているな。まるで悩みの総合デパートだ」
「…その中には多分にあなたたちの商品が詰まってるんですけど…」

しかし相変わらず人の話を聞かない西武池袋は、腕組みをして意気揚々と目の前に立ちふさがった。

「いいだろう!私とて鬼ではない!その悩み、聞いてやろうではないか!そして的確なアドバイスをしてやる!自愛に満ちた私と堤会長に感謝するんだな!」
「いいです」
「即座に拒否!?貴様、私の好意を無駄にするというのか!?」
「そうじゃなくて…あのね、お前にはちょっと無理っぽい悩みだから」
「失礼な!それが鉄道運輸の先輩に言うセリフか!いいから、何でも話してみろ!」
「うーん…そこまで言うなら…ものは試し…話すけど」
「うむ」
「メトロ副都心がね、突然“先輩、僕のこと好きですか?”…って」
「…は…」
「それでまぁ…何て答えるかなぁ…と」

俺にとっては可愛い(?)後輩であるし、無下にはできないし、しかし“好き”“キライ”で語るのには無理がある──
と、説明を続けようと思い、顔を上げたが。
あー、ダメだ。
かの青い方は、視線の先で完全に固まっていた。

「な?無理だって言ったろ?」
「それは──その──」
「あーあ、何て答えようかなー」

ずっとこの問題が頭の中を回転していて、通常の思考回路はそろそろバッテリー切れの状態だ。
メトロ有楽町は力なく微笑むと、未だ固まる西武池袋に尋ねた。まともな精神なら死んでも尋ねないことを。

「なぁ、お前は?西武池袋?」
「…え…」
「お前は、俺のこと好き?」
「……ばばばばばばかかか馬鹿者ッ!」

噛んだ。今、確実に3回は舌を噛んだ。

「わ、私は」
「なー、どう?」
「そんな、貴様など、そのっ」
「……」

この段になってようやく頭が冷えて、マトモな思考が戻ってきた。
そして気づくと、事態はとんでもなくややこしいことになっている。
あれ?俺、自ら地雷埋めて今まさにスキップで踏んでる状態???

「あ!ゴメ─いやいやいや!いい、いいよ、悪い!つまんないというか阿呆らしい質問して!ちょっと疲れ過ぎで意識がフラーッと飛んでて!んな無理に答えなくてもいいからっ!」

この言い訳が余計に池袋を煽ったらしい。
ものすごい目で睨まれると、ゴールドのネクタイをびん、と引っ張られる。

「ちょ!?…く、苦し…」
「無理ではない!私に無理などない!西武にできないことなどない!」
「いや、あの、そこ論点がずれ──」
「言ってやるとも!私はお前を──お前など──うううう」
「怖い!コワイから!池袋ッ!お願い離れて──」

「わたしは──“大切”におもっているぞ!」
「「!?」」

このいい年した男どもの情けない修羅場を制したのは、西武有楽町の涼やかな一声だった。

「えっと…キミ、今、なんと?」
「わたしは、営団のことを“大切”におもっている!せつぞく先として、こきゃくの方々のべんりな足として!」
「…西武有楽町…」
「西武のせいしんは、かんしゃとほうし!ですよね?西武池袋?」
「……う、うむ、そうだ、堤会長の心の教えだ!感謝と奉仕!」

途端、西武池袋の手から力が抜け、とりあえず壮絶なネクタイプレイからは開放された。
ありがとう、西武有楽町!西武軍団最後の良心!
丸の内ではないが、このままお持ち帰りしたいくらい!

「そうかー、俺たちのこと“大切”に想ってくれるんだー、西武有楽町」
「そうだ」
「この間、メトロに遊びに来てくれたんだってね、丸の内から聞いたよ」
「ん…」

お調子者の丸の内に拉致られるようにメトロ本社にやってきて、メトロの歴史そのものと言える銀座線と会って。
そのときの反応も、聞いた。
メトロ最強KY派閥の丸の内の話が、少なからずこの少年の純真な心に影響を与えたということも。
 “なんか泣きそうな顔させちゃった”って丸の内が言ってたから。そのせいで銀座からこっぴどくお仕置きされてたみたいだけど。

その“大切”って、本当は銀座への気持ちなんじゃないのかな。
俺のことは、どこまで想ってくれてるのかな、って少々複雑だったけど──やっぱり嬉しかった。

そうだよ、嬉しいよ、な。うん。それが大事。

「いい言葉だよね…“大切”って」
「だろう?」
「ありがと、西武有楽町、ようやく答えが出たよ」

副都心はそりゃいつもは怒ったり、困ったり、イラついたりハラハラさせてくれる後輩だけども、あいつがダイヤどおり元気に走行してるのを見ると心底ホッとする。

あいつは“大切”な、仲間だから。

それは、西武だって東上だって武蔵野だってそのほかのメトロたちだって同じこと。

俺が神経すり減らして何とかしなくちゃって思うのも、単なる職務じゃない。
それならきっととっくに失速してた。

みんなみんな、“大切”に想える仲間だから。

ほんとにね、忙しさに紛れて、こんな当たり前のこと見失いそうになってたなんて。

「俺もキミがすごく“大切”だよ、西武有楽町」

西武有楽町を抱え上げ、肩に乗せた。重みと温かさがすごく心地良い。

「副都心の混乱もようやく落ち着いたみたいだし、これからもよろしく、西武有楽町」
「うん!よろしくしてやる!あの茶色のとも約束したしな」
「そっか、銀座が…ありがとう…それから…そっちのデカいの!」
「私!?…な、何だ!?」

俺たちの会話に置き去りにされた感の西武池袋は突然話の矛先を向けられ、戸惑うように後ずさる。
こういうコイツを見るのはほんと珍しい。

「こないだ、副都心に傘貸してくれたんだってな、ありがと」
「違う、あれはあいつから借りていたものを返しただけだ、我ら西武は施しなど受けん!」
「それでも、ありがと。あと、あいつがグダグダなときも接続頑張って支えてやってくれてありがと」
「う──改まって言うな、気色悪い」
「あのな、俺、お前のこともすごく“大切”に想ってるから」
「───!?」
「わ、わたしもだ!わたしはおまえなんかよりよっぽど西武池袋を“大切”にしているぞ!」
「あ、そうだよね西武有楽町、西武の仲間はみんな仲良しだ、じゃあその次くらいってことで」

肩の上の小さな体をあやしながら、池袋の金色の目をまっすぐ見て言い放ってやった。

「いいよな?いつだって“大切”だから、俺、頑張るよ」
「バ、バカバカしい!この営団が!貴様の苦労症にはついていけん!」

あー、やっぱ怒鳴られた。
でも、すごーくスッキリした。

義務とか責任とかそういうものから解放されて、久しぶりに自分の本当の気持ちを言葉にできたから。

 

 

「…それで、結果的に、副都心がキミにひっぱたかれたっていうのね?」

数時間後、俺はニコニコと優雅にウェッジウッドのティーカップを傾ける銀座線と向かい合っていた。

「仕方ないだろ、“お前のこと仲間として大切に想ってる”って言った瞬間に“センパーイ♪”とかデカい声出してあのデカい体に押し倒されてみ?どんだけ怖いか。手近なもんで殴り倒したくもなるだろ。正当防衛だって」
「珍しいじゃない、有楽町が暴力なんてね。で、何で殴ったの?」
「書類」
「あらま、可愛い」
「あいつが開業してから今日までの報告書と始末書と苦情の束」
「…それって広辞苑並みに分厚かったんじゃなかったっけ?…それでねぇ、彼、顔半分がまっかっかだったよ、イイオトコが台無し、ふふ」
「自業自得だ!ったく調子に乗りやがって!」
「いい先輩だよ、キミはね、有楽町」

銀座線がさも可笑しそうにこちらにも紅茶を勧める。引き換えに、西武有楽町からの預かりものを差し出した。

「これ、プレゼントだって預かった。お前のこと“大切”に想ってるファンからだ」
「あら、まぁ」

それは瀟洒なシャープペンシルだった。
白いライオンがバットを振っている、非常にアグレッシヴなマスコット付きの。

「…素敵だね、こういう贈り物って」

銀座線は、頬杖をつきながらカチカチ、カチカチ、とさも楽しげにペンを弄ぶ。
傷だらけの掌の中で。

「こういうのをいただくとね、あと何百年でも走れるって気持ちになれるの」

いつもはゴージャスかつクールな銀座がシャーペンを手にあんまり嬉しそうに微笑んでいるから。
まるで自分まで何百年と言わずこのまま永遠に走れるような──そんな気持ちになれた。

 

 

 

 


END

 2008/7/4