*そんな僕の受難*
「オレって、男運悪いんだ…」
自販機の前でペットボトルを握り締めたまま、がっくり首を落とし高崎は呟いた。
え?それ、ボク?ボクに言ってる?
…と、隣の京浜東北があたりを見回す。
人影はない。どうやら自分はまたまた自暴自棄な人に捕まってしまったらしい。ため息。
「…あのさ、公共スペースで真っ昼間からドン引きするようなこと言い出さないでくれる?」
「だってお前、考えてもみろよ!」
運命共同体とも言える相棒路線は、自他共に認める“どS”。
そして逆らうことなど想像もつかない高速鉄道の上司も“どS”。
一体自分の安らぎの地はどこに……
「オレの気持ちなんて、京浜東北にゃわかんねーよ!」
「ボクはボクなりに苦労はしてるつもりなんだけどねぇ」
しかし、素直に考えてみると。
確かに、勝手に部屋に忍び込んで鉄道の生命線でもある目覚ましを勝手に止めるとか、風呂場の湯船にムリヤリ頭を突っ込むとか、首輪つけて仕事させようとか、そういう迷惑かつ変態プレイ的な人物は自分の身近にはいない。
いや、そんなもん、自分でなくても、フツーはいないだろう。
と、言うことはやはり──
「やっぱ、男運悪いんだー!オレー!」
涙声と比例して、高崎の手の中のペットボトルがバリバリと音を立てる。
ツッコミもフォローもできない彼があまりにも哀れで、思わずその頭をなでなでと撫でた。
「京浜東北―!」
ペットボトルが床に放り出され、オレンジの長身ががばっと青い制服に縋り付いて来た。
何だコレ。
あーきっと何か新しい無理難題をふっかけられてるんだろう。
なんだろう?賭けにでも負けて罰ゲーム?
それとも上司の気まぐれなイジメか?
真っ裸で跪いて靴の先でも舐めろとか言われた?
──とか、それこそ昼間にそんなシチュエーションがナチュラルに出てくる自分もどうかと思う。
ごめんね高崎、今、脳内で超リアルに映像化しちゃった…
「ほらー、元気出して、ね、高崎?」
「うー」
「キミらしくないよ、ほら、いつもの威勢はどうしたのさ?」
「うー」
うーうー唸るだけの高崎の肩をしっかと抱いて、背中をポンポンと叩いた。
さすがに身長差のせいで抱えるのが一苦労だけど、これは泣き虫の埼京やいじけ虫の山手によく利く手段。
きっと高崎にだって、と、そう思って何気に始めた行為だったが──
「へーえ」
「おーや」
──間の悪いときはとことん悪いものだ。
京浜東北は、背後から自分を射る様に見つめる2人分の視線に気づいて息を飲んだ。
「京浜東北の胸に甘える高崎、って図?すごいレア。いつからこういう仲になってたのかなァ?(笑顔)」
…だから何故キミはそんなに気配を完全に消し去ることができるんだ、宇都宮。
「公然の場で抱擁かぁ、在来線の性的モラルが乱れてるって東海道あたりの耳に入ったら大変だと思うけど?(笑顔)」
…そして何故、フツーに我々の生活通路を使っていらっしゃるんですか、上越上官。
「彼、気分が悪いみたいなんで介抱してたんですよ、これから医務室に連れて行ってきます」
誰とも目を合わさないようにして(特に上官)極力事務的に答えると、
「「それなら」」
ボクが。
私が。
……
……
見事にハモってしまった宇都宮と上越上官は、キッと視線を合わせると、互いに威嚇するように激しく睨みあう。
ほんと、何コレ。この状況。
認めます。高崎、きっとキミは日本の在来線の中で一番「男運」が悪い。
でもって、仲間と上官の2人からこのボクが恨みがましく睨まれてるっていうのは気のせいじゃないよねぇ。
「…ほら、ね、やっぱりボクだって苦労してるでしょ?」
天を仰ぐようにポツリとこぼすと、腕の中で再び「うー」と弱々しげなうめき声が聞こえた、「悪ぃ」という謝罪の代わりに。