*CHEER UP!*

 

 

東海道が自室に戻ると、信じられない事が起きていた。

「…は…」

カーペットの上で、気持ち良さそうに大の字に寝転がるそいつは──

「山陽?」
「──」
「山陽」
「──」
「山陽ッ!」
「あっは★おかえりなさーい、ご主人さまー★」

こんの酔っぱらいが───ッ!!!

「コラ起きろ山陽ッ!何してる!ここは私の部屋だぞッ!」
「ぐー」
「寝るな──ッ!」

何故こんなことに!?きちんと施錠していたはずだが…

…いや、待てよ。
確か、会議室の忘れたメモを一枚取りに行くだけだからと、今夜に限って鍵をかけずに部屋を開けたのだった。
それもほんの十数分。
テロ対策も含め、各新幹線の持ち部屋というのは、不審者の出入りを防ぐ厳戒警備体制のため、少々気が緩んだか。

…というかまさに今コイツの行為がテロそのものなのだが。

「山陽!とにかく起きろ!」
「んー…ん?…あれ?東海道ちゃん?」
「そうだ、東海道だ。私の言う事が聞こえるか?」
「…んー…」
「そうか、それは何よりだ。ではすぐに出て行け」
「なー、水―」
「……」

さて、殴るか。
それとも廃棄か。
長さ90センチにまで分解すれば燃えないゴミになるか。

「おねがいー、アタマぼーっとしてぇ」
「…どうしようもない奴め」

とりあえず、ミネラルウォーターのボトルを1本開けて渡してやった。
ゴクゴクと美味そうに飲み干すと、ようやく状況が分かるまでに覚醒したらしく、部屋の風景を見回し首を傾げる。

「ありゃ…間違った?」
「そうだ、間違いだ。ここは私の部屋で、今、寝転がってるのは私のカーペットだ」
「……じゃあ、今夜はヨロシクです」
「泊まる気満々か───ッ!」
「帰るの、めんどくせーもん。だーいじょーぶ。オレ、紳士だから。何もしないから、ね?」
「…ここまで貴様に殺意を持ったのも初めてかもしれんな山陽」

しかし、抱えて放り出そうにも、この身長差と体重差では至難の業だ。
ああ、本当にバラバラに分解できれば楽なのに…
と、不穏当な考えが東海道の頭をよぎり、ダメだ、誇り高きJR高速鉄道としてあるまじき妄想だ、と。
そう自分を諌めているうちに諦めもついた。

「…仕方ない、泊めてやる」
「わーありがとー、東海道ちゃーん♪」
「ぐはっ!」

山陽、笑顔のダイビング・アタック!

「痛いっ!重いっ!この馬鹿っ!早くどけっ!」
「ぐー」
「人の上で寝るな──ッ!」

必死の思いで押しのけると、そのままだらしなく伸びる背中をぺしりと叩いた。

「コラ!何か貸してやるから、せめて制服は脱げ!明日、皺だらけの制服で業務につく気か馬鹿者!」
「あー、そー、ね」
「…ったく…」
「…(ぬぎぬぎ)」
「……」
「…(ぬぎぬぎ)」
「……!?」
「…(ぬぎっ)」
「ストップ!ストップ!ストーップ!!!」
「え?」
「脱ぎ過ぎだろ!お前の部屋じゃないんだぞ!ほらっ!」

とりあえず、背丈が合わないのは仕方がないので、なるだけ大きめのパジャマを探し出して思い切り投げつけてやった。

「これを着ろ!」
「とーかいどー」
「何だッ!」
「こんなヘンなのイヤー」
「この状況で人のパジャマにダメ出しかこの野郎!」
「だってさー、この青くてぶっとい縦ストライプのダサさはありえねー」
「…お前、本当に酔ってるんだろうな…」
「わーったー、んじゃ清水の舞台から飛び降りる気持ちでー」
「…全裸で廊下に放り出されたいか…」

そしてようやくパジャマに着替えた山陽は、一緒に手渡された毛布に身を包んで、再びカーペットの上に寝転がった。

「ねー東海道ちゃーん、アラーム3時にセットしてー」
「?…何故だ?いくらなんでも3時では早過ぎるだろう?」
「んー、オレ、二度寝したいからさー」
「阿呆か!一緒に叩き起こされる俺のことも考えろ!」
「だめぇ?」
「ダメ!あと一秒でも寝坊したらぶん殴って起こすからな!さぁもう寝ろ!」
「ふあ〜〜〜〜〜ぃ」

その間の抜けた返事を最後に、今度こそ山陽は深い深い眠りの淵に落ちて行った。

「あーもう、疲れた…疲労困憊とはこのことだ」

何故に一番安息の場所であるべき自室の、それも就寝前にこんな目に会わなければならないのか。
すやすやと寝息を立てる山陽を恨みがましく見下ろし自らもパジャマに着替える。
そこで、ふと、東海道の胸に小さな疑問が沸き起こった。

山陽は確かに酒は好きだが、こんな前後不覚になるほど酔いつぶれるのは珍しい。
少なくとも、自分の部屋に辿り着くくらいの理性は残している男だ。

……無茶な飲み方をするような、何か嫌なことでもあったのか?
……そういえば、今日は朝から九州との打ち合わせに出かけていたはずだ。

「山陽」
「……」

意識がないのが分かっていながら、囁きかける。

「何かあったのか、山陽」

あの、九州新幹線と何か悶着があったのだろうか。
いつもこの件に関して自分が“見ざる、言わざる、聞かざる”を決め込んでいる事実が、その憂いを大きくした。

「…つばめに、何か嫌なことでも?…」
「うーん」

山陽は大きく寝返りをうち、無意識なのかどうなのか、東海道の膝に手を伸ばした。

「だいじょう…ぶ…だ…とーかいどー」
「え?いや、俺のことじゃない、お前のこ…」
「だいじょーぶ…だいじょーぶ…山形がついてる…秋田も…東北も上越も…東のヤツらが…みんな…ついて…」
「……」

寝言のように繰り返し、東海道の膝を大きな手でポンポンと何度も叩く。
東海道は、ずり落ちた毛布を肩までかけ直しながら、苦笑いとともに呟いた。

「肝心な名前が抜けてるぞ、馬鹿」
「…ん…」
「山陽、西のことはな、お前に頼んだ」
「……ん」
「いいな、山陽、頼りにしてるからな」
「……」

もう返事はなかったけれど。
山陽の寝息が先ほど以上に安らかに、規則正しくなるのを確認すると、東海道もようやく安心したように自分のベッドに横たわり、それこそ夢も見ないほどぐっすりと深い眠りに落ちた。

 

そして翌朝。

 

驚いたことに東海道が目覚めたときには山陽の姿はもうなかった。
二度寝だなんだと言いながら、結局、東海道のセットしたアラームの音より早く目覚めて出て行ったことになる。

カーペットの上にはきちんとたたんだ毛布。そしてその上に走り書きのメモ。

『夕べは悪かった。寝床ありがとな。今日も頑張って走るぜー!』

「…当たり前だ、馬鹿が。少しでも遅れたら許さんぞ」

山陽らしいメッセージに、なんだか自然と口元が緩んだ。
思い起こせば怒鳴ってばかりの一夜だったが、少しはあいつのストレス解消になったのだろうか。もうちょっと優しくしてやっても良かったのか。
そんなもの自分にない才だと自覚はしているが、少しはあいつを癒すことができたのだろうか。

と、思いを巡らせながらベッドから起き出し、ふと鏡を覗き込むと──

「…な、何だこれは!?」

そこに映っているのは、見たこともないパジャマを着込んだ自分の姿だった。
光沢の、上等そうな生地の、どこかのブランドらしい上品で洒落たデザインの。

え?何故?腕やら足やらを確認してみるに、このデカサイズ、ほのかなコロンの香り、どう考えてもこれは山陽の──

東海道は、ガバ、と手元のメモの最後の一文を見た。

『追伸:もちっと太れよー(はぁと)』

…ってことは、勝手に着替えを!?…ッ…寝てる間に…勝手に…脱がせて…着替え…きが…ッ…〜〜〜〜

「さ──ん──よ──う──ッ!」

 

「はー、気持ちイイ朝だねぇ、もうスッキリ、スッキリ♪」
「おはよう山陽、今日も元気だねー」
「や、おはようさん、秋田、キミも笑顔が素敵だよん♪」
「あはは、ほーんと、山陽はいつもストレスなんて縁がないって感じ。羨ましいよ」
「やーもうね、俺っちは普段からしっかりがっつりストレス解消してっからねー♪あっはっはー♪」

 

その陰に、哀れな被害者が約1名存在することを皆は知らない。

 

 

 


END

 2008/6/26