*It's so Important.*

 

 

「山陽っ!ドコ行くんだよっ!」
「オレはJR西日本だ!山陽って名前だから主に山陽地方を走んだよっ!じゃあなっ!」
「ぞるいぞーっ!」
「許せ上越ーっ!」
「っと──危ない!」

何かから逃れるように必死の形相で上官専用室を飛び出してきた山陽。
うっかり正面衝突しそうになった東海道は眉をひそめた。

「危ないだろう!廊下を走るな山陽!」
「東海道!いいから今すぐ逃げろ!」
「…は?何故?」
「嵐が、嵐が来るんだよっ!」
「…?…天気予報では今週は全般に快晴だとさっき」
「そーじゃねーよ!秋田の…」
「秋田?」
「秋田の機嫌が超悪いんだよーッ!」
「───!?」

それは

まさに

ハリケーン級の嵐到来の予感

「とーかいどーってばっ!」

涙目の山陽にがっしがっしと体を揺さぶられた東海道はハッと我に帰る。

「……!?…い、いかん」
「とりあえず、新大阪に避難しよーぜ!」
「う、うむ」

そろって180度向きを変え、ダッシュしようとした瞬間──

「ちょっとーっ!山陽―っ!東海道まで何だよーっ!」

先ほどから抗議の声を上げていた上越が、部屋から飛び出して2人の制服の裾をがっちり握った。

「わ!バカ!離せよー上越―!オレは西に向かってひた走りたいんだーっ!見逃してー!」
「2人ともずるーい!ボクらを置いて逃げるっての!?」
「に、逃げるなんて人聞きの悪い!私は、その、部屋に書類を忘れたのを思い出して…」
「ダメ!死なばもろとも、だよ!」

そこまで!?

「一体、なんでそんなことになっているんだ!?」
「と、とにかく、みんなで部屋に、ねっ?」
「みんなで部屋に戻ってどうなるというんだ!わ、私は書類…」
「とーかいどー!おねがーい!一緒に行ってー!」
「う、うむ……仕方ない…」
「そっか、じゃあ、後は頼んだぞ、とうかいど──うおっ!?」

東海道、山陽に渾身の羽交い締め!

「そうは行くか!貴様も来るんだ!山陽!」
「あのー実はオレ、岡山あたりでちょっと女の子と約束が」
「貴様はその女の子と私とどちらが大切なんだー!」
「東海道―!オマエ動揺のあまりわけわかんないこと言ってるぞー!」

 

結局、3人でずるずると連結するように上官室へUターン。

そこで皆を出迎えたのは──

 

「あ、東海道、来たの?遅かったね、ちょうどこれからお茶の時間にしようと思ってたんだよー(にこにこにこにこにこにこ)」
「……」

こ わ す ぎ る

「だ、誰か状況を説明しろ」

東海道は、秋田から微妙に距離をとって座る東北、山形のコンビに駆け寄り、声をひそめつつ詰問した。

「あの秋田の不機嫌オーラ全開の笑顔は一体何事だ?」
「それは…」
「…んー…」
「山形、今日は好きなだけ喋っていいから!何があったか話してくれ!」
「んーだな、順を追ってハナシすっとだなぁ…事の起こりは、秋田が『今日からダイエットする』とが言い出してぇ」
「「何故ッ!?」」

思わず裏返った声でWツッコミの東海道と山陽。
上越から“しーっ!しーっ!”とたしなめられ、慌てて口を塞いだ。

「わがんね、なんかこないだの健康診断の結果をずーっと眺めてて、おもむろに言い出した」
「人に話すことで後戻りできなくするのだと、だからオレたちの前で誓う、と」
「…どこの女子高生サンですかぁ…」
「ま、まぁいい。続きを聞こう、それで?」
「そこへだなぁ…JR東日本本社から差し入れが届いて」
「開けてみたら、羊羹だった。銀座と○やの。しかも初夏限定商品」
「マジで!?あれオレ大好きなんだよー!でも超美味い代わりに、超お高いんだよなー、東日本、太っ腹ー!」
「そしてそれは…」
「秋田がこの世で一番好きな菓子ベスト3に入ってるヤツだべ」
「…あ…オレ、なんかオチが見えた気がする…」
「羊羹って、逃げ場無しに砂糖とカロリーの塊だよねぇ?」
「……」
「……」
「待て!ちょっと待て!」

東海道が“納得行かない!行ってたまるか!”という表情で話を遮った。

「つまりダイエットで羊羹が喰えないと!?それが原因だというのか!?ば、バカバカしい!」
「いやまー、なんつーか」
「女心ってそんなもんだよ、な?」
「秋田は男だろうが!」
「で、あの逃げ遅れた(?)長野の目の前に、分厚く切られた羊羹が2人分、嫌がらせのように置いてあるワケね」
「かわいそうな長野…すっかり固まっちゃって」
「いやー、ありゃ喰えんわー。あの状況で喰えたら大物だわー」
「だいたい、今の話の流れのその…どこのどの部分に我らの責任問題が発生するというんだ?なぜ私までがこんなコソコソと隅っこで会話しなくてはならん?」
「じゃあ、長野の横に座って一緒に羊羹喰ってきなよ、あの秋田の熱い視線を浴びながら」
「──お断りだ!」
「もともと、上越が“体脂肪率”の話を始めたのが原因じゃないのか?」
「わ、バカ東北っ!それ今言わないでよ!」
「やっぱり元凶は貴様か上越───ッ!」
「いやあのでも、落ち着いて計算したらさぁ、みんなそんな変わんないだって!秋田もボクも、山陽もみんな一緒!山形と東北だって、体重だけで比較すると秋田よりスリムな感じするけど、体脂肪率では差ないの!東海道だけはさすがに頭一つ痩せてるけどね」
「…つーか何オマエ…そんな計算一発でできるほど全員の身長と体重把握してんの?…ソコが超キモいんですけど…」
「だったらソレを秋田にはっきり言ってやればいいじゃないか!」
「はっきりって、どーゆー風に?」
「え?えっと…ソレはその…あ、秋田は、そ、そのままでその…何というか…き、綺麗というかその…だいたい太いとか重いとかそんなものは…て、鉄道として生を全うするのに何の関係もないというか…」
「…だめだ、こりゃ」
「…火に油、注ぐべ」
「…東海道って絶対に合コンに呼びたくないタイプだよね」
「や、やかましいっ!誰でも、得手不得手があるだろう!そうだ上越、貴様が行って来い!」
「ボク!?」
「そうだ!良かったな!そのバチあたりな軽口が役立つ日が来たぞ!詐欺師のような口上を活かして秋田を浮上させてコイ!」
「ちょっとぉ!ソレが人にもの頼む態度!?しかも無理だし!ムリムリ無理ッ!」
「じゃあ山陽ッ!」
「許してくださーい!東海道さまー!オレ羊羹のために死ぬ気はないー!」
「死にはせん!たぶん!」
「たぶんかよっ!」
「落ち着くべ、山陽」
「しーっ、しーっ」

と、そこですっくと立ち上がったのが──

「東北!?」
「東北!」
「い、行くのか!?」
「……」

東北はこっくり頷くと、黙って踵を返し、スタスタスタと一直線に秋田のもとへ。
それはさながら、戦乱の世をおさめるべく天から降り立った救世主の風格であった。

「あ、東北せんぱーい(ほっ)」
「東北、キミもお茶にする?」
「……」

がしっ★

「……え……」

だきっ★

「何、ちょっ──」
「とうほくせんぱ──」
「「「げ」」」

 

一同の見守る中──

唐突に秋田の身体を両腕に抱えると、胸の高さまで軽々と抱き上げた──

いわゆる“お姫様抱っこ”状態で!

 

「と、とうほ──」
「秋田」
「は、はい!?」

そうして抱き上げたまま、胸の中で固まる秋田の大きな瞳を見つめて言った。

「一緒に、羊羹、喰おう」

 

そうキタか────ッ!!!(※一同)

 

「……」
「喰おう」
「……」
「な?」
「……」
「秋田?」
「……ハイ」

 

──ミッション、無事終了。

 

 

「あー、やっぱり美味しいねー、と○やの羊羹は♪」
「はいっ、おいしーです秋田せんぱいっ!せんぱいと一緒に食べるからよけいにおいしーですっ!」
「あははー、どこでそんな言い回し覚えたの、長野?上越の影響でしょ?このお・ま・せ・さ・ん♪」
「えっへへー」

東海道たちはようやく訪れた平和の時間をしみじみと味わっていた。手元の羊羹とともに。

「…秋田のご機嫌、すっかり直ったべ」
「……」
「さすがは東北だ、言葉より行動か!うん!男らしい」
「いやー、かっこよかったー♪ホレ直したー♪ボク、東北になら抱かれてもイイ♪」
「…ちょっと離れて座ってくれ、上越」
「にしても、まったくアレだな、女心というものは複雑でかなわん」
「だから秋田は男だって」
「なぁ東北」
「…ん?」
「オマエ本当は面倒臭くなったんじゃないの?ねぇ?この事態が面倒臭くなっただけじゃないの?」
「……」

 

実は。

何より自分も食べたかったのだ。
この、初夏限定、と○やの羊羹を。

 

という本音は、いつもの如く胸の奥深くにしまっておくことにした。

 

──それこそ本当にイロイロ面倒臭いことになるから。

 

 


END

 

★超おまけ★

「な、上越、オマエの守備は?」
「撮ったよー、撮りましたよー。“秋田お姫様抱っこ”の瞬間、バッチリ!」
「エッヘン!オレ様はケータイのムービーで押さえたもんねー♪」
「ほんと!?さっすがは山陽上官!あとで見せてー♪」
「オッケー♪」
「……貴様ら頼むから早くどっか行け」

 

 2008/6/22