*それは綺麗な蒼*
「何だ、営団有楽町、何している」
「…うん」
「そちらとの直通運転は、まだ再開できないぞ」
「分かってる」
6月9日、西武池袋線で人身事故発生、運転見合わせ。
東京メトロ有楽町線は直通運転を打ち切って折り返し運転を開始した。
「池袋、お前…平気か?」
「平気か、だと?!そんなわけあるか!人身を起こして平気な路線など聞いたことがない!」
「……」
「まったく、我らが堤会長より賜った神聖な制服を血だらけにしおって!不愉快だ!」
「…そうじゃないだろ」
こいつは──西武池袋は──人身事故というものを心底憎んでいる。
どんなに生き長らえたいと思っていても、人は必ず死ぬというのに。
なぜ、自らそれを断ち切る輩がいるのか、と。
人の死の重みや哀しみや喪失感を誰よりも知っている鉄道だから。
それが西武池袋だから。
きっと今、こいつの中には怒りややるせなさがごっちゃになって湧き上がっているんだろう。
「ああ、こんなところでいつまでも止まっているわけにもいかん!間もなく運転を再開するぞ、営団有楽町!」
「ああ」
「何だその覇気のない顔は!…ああそうか、我が西武とのラインが断たれてそんなに心細かったのか」
「…あのなぁ、お前…」
覇気がない、っていうのはそっくりそのまま返すよ。
今、自分がどんな顔しているのか分かっているのか?
「あ…池袋、それ」
自慢の制服のボタンの、一番上が外れている。
無意識に手を伸ばした。
いつもは、一糸乱れぬ完璧な装いが自慢の男なのに。
それだけ心が乱れているんだろう、とぼんやり考える。
「…おい」
「じっとしてろよ」
向かい合い、丁寧にボタンをはめた。
怒って払いのけられるかもしれないと覚悟していたのに──意外にもされるままに佇んでいる。
沈黙。少しの沈黙。
上等な生地の、擦れる音だけが耳に届く。
「…新品だな、綺麗だ」
「…クリーニングが間に合わん」
本当に、綺麗な蒼だ。
海に映る、快晴の日の空のように。
主に地下を走るメトロが憧れる、空の、蒼。
「ふん、貴様がこの制服がどうしても着たいというなら、我がグループの傘下に──」
「だから何かにつけて買収しようとすんなって、オレは東京メトロ」
いつもの調子が戻ってきた池袋にホッとして、整った制服から一歩退いた。
「じゃあ、復旧、待ってるぞ」
「分かっている、西武をなめるな」
「なめてない、待ってるから、な」
「む」
笑顔で手を降って、そして背を向けた。
今度また顔を合わせるときは、いつものあいつに戻っていますように。
オレたちはいつまでも止まっているわけにはいかない。