*FOR A LONG TIME*
「〜♪〜〜♪」
口笛を吹きながら鏡に向かってせっせと櫛をとかす山陽に、東海道は眉をひそめて言った。
「山陽!今は仕事中だぞ!だらしない格好は良さんか!」
「えー?でもいたって平和に平常運行中だし、今日はすっごい暑いし、ちょっとぐらいくつろいだっていんじゃね?」
「くつろぎ過ぎだ!」
実際、山陽はトレードマークでもある制服の上着をさっさとソファに脱ぎ捨て、素肌に羽織った白いワイシャツの前をすっかりはだけて。
先ほどから髪型を整えるのに余念がないのだ。
「ほんと、オシャレさんだから、山陽は」
「秋田だって、今日もキレイだよー♪」
「ふふっ、ありがと」
「くだらん!我々高速鉄道に華美な装飾などいらん!」
そら、JR東海のセンスでファッションは語れねーだろ…と、山陽はじめ居合わせた東日本勢全員がそう思ったが、口に出せる勇者はいなかった。
「だいたい、貴様のその髪!昔はあんなに健康的な黒髪だったのに染めたりしおって…」
「えっ?山陽って、黒髪の頃があったの?」
上越が心底驚いたように立ち上がった。
「ああ、そう、開業したての頃はなー」
「うわー、超見たい!写真とかないの?!」
「今度探してみよっか…でもお前、言っとくけどマジやばいよ。昔のオレ。超カワイイよ。うっかりイっちゃうくらい」
「誇大表現もほどほどにしろ、後で恥をかくぞ、山陽」
「東海道ちゃんだってぇ、昔はもっと髪が長くてさー」
「えっ!?うっそぉおおおお!?」
またまた食い付いたのは上越。
ただし今度は、秋田や東北や長野、そしてあの山形までもが驚いた表情で東海道を振り返った。
「な、何だ、何だ何事だ!?」
視線の集中砲火を浴びてたじろぐ東海道。
「…東海道のロン毛…超・超見たい…」
「そ、そこまで長くはない!今よりほんの少し、だ!」
「東海道はさー、長くなると、こう、後ろのくせっ毛んとこがくるくるハネて困るんだよな。昔っから」
「わぁ、なんかかわいーです、とーかいどーせんぱいっ♪」
「山陽ッ!余計なこと言うな!」
「…リボンで結んでみたい…そして記念撮影したい…」
「…上越、貴様の一言で私は一生髪を伸ばさないことに決めたぞ」
「いやね、当時は流行(はやり)だったのよ。外国の歌手とかの影響でさー、男どもがみんな髪を伸ばしてたそんな時代。お前らは知らねーだろうけど」
「へぇー」
「わ、私の髪型のことはもういい!今は貴様の話をしとるんだ山陽!ったく、昔っから規律を守らず困ったヤツだ!だいたい我らの制服というのは単なる飾りではなく高速鉄道の権威と誇りを──」
「はーいはーい。着ますよ、着ますって。オレ、別に制服嫌いじゃないし。制服ってさぁ、男をこう、よりオトコマエに見せるというかぁ」
「しかもそこはかとなくエロス?」
「そうそれ!ソコ大事!さっすが上越、分かってるぅ♪」
「貴様ら揃って全然分かってない──ッ!」
「えろす、って何ですかぁ?」
「あとでな、長野」
「上越ぅうううっ!」
「…でもいいなぁ」
東海道の怒りを静めるように、秋田が絶妙のタイミングでティーセットとともに割り込んだ。
「東海道と一緒に“昔”の話できるの、山陽くらいじゃない」
「──それは」
「あー、ま、そうだな」
山陽は片手で器用に制服を着込みながら、もう片方の手を東海道の肩にがっちり回した。
「何しろオレと東海道ちゃんは、東北や上越が来るまではたった2人っきりで高速鉄道回してたんだから」
「ええい!離せ山陽っ!暑苦しいっ!回してた、とか偉そうに言うな!お前は──」
「およ?オレ、お役に立ってなかったってか?」
「そ、そうは言っていない……まぁそれなりにはやっている……なかなか速いしな」
「だっしょー?」
東海道の精一杯のツンデレ(?)評価に、山陽は頬を緩めた。
「ま、東日本の皆さんは新しくて速い、高速鉄道の強者揃いなんだからさぁ。オレっちには、コイツとの付き合いの長さくらい、自慢にさせてよねん♪」
ポロリ、と出た、本音。
でも東海道はそんな山陽の心情になど気づかないように、せっかく整えた茶色の髪を掴んで“ウザいっ!”と自分から引きはがした。
そして翌日。
「さんよぉおおおお!待てぇええええ!」
「バッカ!オマエ、待ったら殴るじゃねーか!」
「それをこちらに寄越せぇええええ!」
上官室の中を、所狭しと逃げ回る山陽。それを追う東海道。
「ちょっとちょっとぉ!朝っぱらから何やってんのあの2人は!?」
「あー、ほら、昨日言ってた昔の写真が」
「…出てきたらしい」
「そうそう!“ロン毛東海道”!」
「みんな見たの!?」
「まーだ。だってあのJR東海の鉄壁ガード見ろよ」
「……まさに死に物狂いだべ」
「とーかいどーせんぱいのかわいい写真!見たいですー!山陽せんぱいっ!」
「おう!長野待ってろ!今見せてやるか──うごっ!」
「いい加減にしろこのお笑い西日本──ッ!」
東海道の必殺パンチが見事山陽の右頬に決まり、この騒動にようやく終止符が打たれた。
「あー写真」
「あー」
「…あきらめれ、上越、長野」
「…あと、山陽が動かないんだけど助けた方がいいんじゃないかな」
「……(ため息)」
「…東海道ォ」
「……」
「なー、何でオレら、みんなと隔離されてンな小部屋に押し込まれてんのー?」
「…お前が秋田のお気に入りのティーカップを割ったからだろ」
「あれはオマエのキックがテーブルに当たったからじゃん」
「…黙れ」
殴られた頬を濡れタオルで冷やす涙目の山陽と、怒り疲れてぐったり机に突っ伏す東海道。
今、部屋(別名:反省室)の中には2人だけ。
そして机の上には、先ほど東海道が必死に守った懐かしの写真がちょこんと置かれている。
「うー、イテェ…思い切り殴りやがって…遅延したらどーしてくれんだよ」
「…知るか…そんなヤワな体でもあるまい」
東海道は写真を手に取ると、記憶を辿るようにそっと指を這わせた。
「…よく見つけてきたなこんな昔の写真…山陽の開業時のものだろう?」
「うんそう。やっぱお前、髪、長い」
「こんなもの、誰にも見せるな、いいな」
「…了解」
「ほう、珍しく素直だな」
「いいよもう。永遠の思い出として、オレ、墓場まで持って行く」
「縁起でもないこと言うな馬鹿者」
そうして2人で、写真を見つめた。
毎日が未知と可能性と試練で充たされていた、70年代の自分たちの姿。
「こうやって考えると…」
「うん?」
「仲間、増えたよなー」
「…そうだな」
「もう俺たち、北から南までどこまでだって行ける」
「…ああ」
「美味しいお茶が飲めるようになったし」
「……」
「オマエが怒ってもなだめてくれるヤツもできたし」
「……」
「オマエが泣いても慰めてくれるヤツができたし」
「…泣いた覚えはない」
「…そりゃスゲーや」
山陽はようやく腫れのひき始めた頬を撫でながら、窓の外に広がる晴天を見上げた。
「またそのうちいろいろ変わるんだろなー」
「当然だ、日本の鉄道技術はまだまだ進歩する。航空になど負けん」
「長野もデカくなるだろーし」
「きっとな」
「オレは──どうなんのかな」
「そのままだ」
「え?」
「お前のようなヤツ──今更どうにも変わりようがないだろう」
「……」
「そのまま。走っていろ。常に速く、安全に、正確に」
「…ん」
1人から2人になったことで、もっと速く走れる、もっと先に行けると。
そう確信した、あの日のままに。
「でも髪の色は戻せ」
「イヤ」
「……」
「……」
やがて、山陽が、笑う。
しかめっ面の東海道も、つられて笑い出す。
そんな2人の笑顔は、30年以上も前の、色あせた印画紙に焼き付けられた2人の笑顔そのまま。
何ひとつとして変わることはなかった。
そう、ずっと昔から。