*IRON BEAUTY*
シャワーを止めると、背中の真ん中まで垂れた黒髪がぺたりと貼り付いた。
それをぐっと持ち上げ、できる限りの水滴をふるい落とし、バスタオルとは別に置いたハンドタオルに包み込む。
そうして丁寧に体を拭いて、制服のズボンとカッターだけを簡単に着込むと、秋田はふぅっと満足げなため息とともに共同バスルームを後にした。
と。
すっと行き手を遮る。
長い腕。
「やぁ、珍しいね」
「…上越?」
もうすべての新幹線の終電が終わった時刻のはずなのに。
どうして?…という意味で微笑みながら首を小さく傾げる秋田の前に、上越は立ちふさがるように体を傾いだ。
やはりもう運行を終えて帰るところだったのだろう。制服の前をすっかりはだけて。
カッターシャツを着ていないから、体を揺らすたびに無駄な肉の無い引き締まった胸元が蛍光灯に光った。
「…よっぽど汚れたの?部屋まで待ちきれずにシャワーなんて?まさか動物でも轢いた?」
「まさか。でも今日は強風だったでしょ?砂ぼこりがひどくて我慢できなくて」
「ああ、それは大変だ…こんなに長くて奇麗な髪だし」
「え?…ちょっと」
戸惑うように体を引こうとした秋田だったが、既に遅し。
上越の手が髪に巻いたタオルを取り去り、まだ水分を含んだ漆黒の髪がぱさりと音を立てて広がった。
「秋田の髪って、ホントにまっすぐ長くて奇麗」
「…上越…キミ何を…」
「秋田の性格、そのまんま、まっすぐで」
そして、髪の先を手に取ると、たぐり寄せるようにして秋田の肩にもたれかかる。
「ねぇ、どうかしたの、上越?」
「うん…いろいろあって…疲れてるのかな」
「何かトラブル?良かったらハナシ聞くよ?座ろうよ」
「今は…こうしていたい」
「……」
「秋田の優しさに…ただ甘えていたい…ダメ?」
「……」
「そうしたらきっと…元気になれる気がするから」
「……」
「ボクが、嫌いじゃないなら」
「……」
「……」
「…で?」
「…え?…」
「三文芝居はようやく終わり?──じゃあ」
ドッカ★
「イッテ───ッ!イッテイッテいってぇえええッ!」
上越が足を抑えて床に踞ると同時に、秋田の鋭い眼光が柱の影に飛んだ。
「ハイッ、そこ!とっとと出てくる!山陽ッ!」
「あちゃ〜、何でバレたかな〜」
えへへへへ、とめちゃくちゃ低姿勢の山陽が、ケータイを片手に現れた。
「おい上越―、何だよオマエ全然ダメじゃーん!自信あるっつってたのに!」
「う、うるさいっ──いっつ──」
「…で?何賭けてたの、キミたち?」
核心をついた質問に、山陽と上越はピクリと体を震わせた。
「…あ、分かる?」
「ええ、分かりますとも♪」
うわー、にっこにこだぁ──!
もしかして超・怒ってらっしゃる?秋田上官?
「で?山陽?上越?」
「…そ、それは、その…」
「…ボクらその、ちょこっと報告書がたまっちゃって…」
「…で、もし上越が秋田を口説いて“でこちゅー”できたら、上越の勝ちでオレがこいつの分まで報告書を書く」
「ダメだったら、ボクが山陽の分まで報告書を書く…みたいな」
──何故にその労力を素直に報告書に注ぐことができないのか。
秋田は軽い目眩を感じた。
「そのケータイは?」
「…証拠写真撮影用…でもホラ、ミッション失敗したから何も撮ってな…」
「撮ったよねぇ、山陽?」
秋田の、ダメ押しの笑顔に気圧された山陽は、上越の転がる床に自らひれ伏し土下座した。
「すいません!撮りましたッ!上越とのイイ感じのツーショット2枚だけ!2枚だけ撮りましたッ!」
「…いいかげん悪さはやめてね山陽、じゃないと」
「じゃないと?」
「ケータイ、へし折る」
「イエス!秋田上官ッ!」
「にしても秋田ー、超イテーよー!ひでぇよー!弁慶の泣き所、本気で蹴っただろー!」
そんな山陽の前で、上越は未だ立ち直れず涙を溜めてのたうち回っていた。
見た目、美人サンの秋田だが、その力は結構強い。少なくとも上越よりは。
「もうちょっと上でなかっただけ有り難いと思ってね、上越?」
「──!?──ハイ──ですね──スイマセンッ!!!」
冷笑とともに見下ろされた上越は、逃げるようして山陽の隣に身を竦ませた。
「さぁて、と…どうしてくれちゃおうかなァ、この悪戯坊主ども…」
でもって。
「秋田から話は聞いた」
「…んだ」
「まったく、お前らときたら」
「…んだ」
「……」
「……」
東北、そして山形にはさまれるカタチで、山陽と上越はひたすら遅れていた報告書にペンを走らせていた。
……
……
…重い。
何が重いって…
「あーっ!沈黙が重いーっ!耐えられねーっ!」
「頼む!東北!山形!叱って!いやもういっそ罵って!お願い!」
「…(ため息)」
「…(ため息)」
「だから!無言でその蔑むような目はヤメロー!」
「なーんーかー言―っーてー(泣)」
「…?…秋田、あの、アソコの4人組は何をしているんだ?何かのイベントか?」
「イベント…っていうより、まぁ、一種のプレイかな」
「?」
「東海道は何も気にしなくていいんだよ、ハイ、あったかいアールグレイにマドレーヌ」
「ありがとう、秋田の入れてくれるお茶は実に美味いな」
「そう?嬉しい」
気が利くし、真面目だし、礼儀正しいし、綺麗だし、優しいし、速いし。
まったく秋田は高速鉄道の鏡だ。
──と、東海道は満足げにカップを傾けた。
“最強、いや、最恐が抜けてるよ!”と、泣きのオーラを発する山陽と上越になど気づく事無く。