*贈りものみたい*
「あー、しんど・・・」
自分らしからぬ呟きだとは百も承知。
それでも周囲に人気がないのをいい事に、東京メトロ有楽町線は会議室の机にぺったり倒れ込み、しばしの休息を貪った。
実際、ハンパじゃない忙しさ。
通常の運行業務に加え、副都心線開通直前の様々な調整、対外的処理。
事務処理やら引継ぎやら挨拶やら、やたら文句の多い乗り入れ路線への対応やら。
ワケが分からなくなってきて、生真面目な自分としては間違いを防ぐためにもスケジュール一覧を切ったりしてみたのだが。
あれ?1日が26時間になっちゃう日がある・・・
余計凹んだ。オレのバカ。
「おい」
「え?」
聞き覚えのある、少年らしい甲高い声に、跳ね起きた。
「は?え?西武・・・有楽町?」
「そうだ、来てやったぞ」
「来て・・・やった・・・って?」
反復しながら必死にアタマの中の引き出しを探る。
なんでこの子がここに!?
何だっけ?メトロ以外との打ち合わせって何かあったっけ???
「今日は、副都心線についての追加書類を、受け取るはずだったではないか?」
大きな茶色の瞳と同じく茶髪に彩られたばら色の頬をぷっと膨らませながら、小さな体で大人の口調。
そこが可愛らしいトコなんだけど。言えば怒られるし言ってる場合でもない。
「って、え?え?そ、そうだっけ?ヤバイ!」
慌てて手元のスケジュール表を確認。ない。予定に入ってない。
自分としたことが、うっかりぶっ飛ばしたか!?
「・・・と、いうのはウソ」
「・・・え・・・」
「ホントは明日、のはずだった」
──ホントだ!明日の13時。しかもこちらが西武まで運ぶことになっていた書類。
「でも、今日は時間があったので、来た。オマエ、忙しそうだし」
あちゃー。
メトロ有楽町は、思わず額を手で覆った。
乗り入れ先の、私鉄の、しかもこんな子供に、自分は心配されてしまってたのか。
「わざわざ足運んでもらって・・・悪かったね、西武有楽町」
「かまわない、明日やることを今日すれば、オマエの明日の仕事が一コ減る」
「・・・!?」
「カンタンな、引き算、だろ?」
そして、机の上のスケジュール表を手に取り、“すげーな”とまじまじ呆れた様に顔を覗かれた。
「これって、寝る時間ドコにあるんだ?」
「・・・現状無いので、今からひねくり出そうかと・・・」
「そうだ、寝ないとダメだ。もし、遅延でもしたら・・・」
「心配してくれてるの?」
「こ、こちらまで巻き込まれては堤会長に申し訳が立たないではないか!オマエだって西武池袋に怒鳴られるぞ!」
分かったか、とばかりに胸を張り、(池袋を真似て)こちらを睨み付けてくるけれど。
ますます上気した頬ともじもじ動く指先に、隠しきれない思いやりが滲み出ている。
あの西武軍団において、なんと貴重なこの純真さ。
いや、考えたらあいつらってみんなすっごく純真なのかも。イロイロ間違ってるだけで。
「ありがと」
くしゃっ。
目の前の薄茶色の髪に指を絡めた。
「元気出た。頑張るよ」
「ん──ん──んじゃ──書類ッ!」
「あ、せっかく来たんだからさ、休んで行ったら?何か飲む?」
「ん──牛乳ッ!」
「了解デス」
あー、たまにこんなことがあるから。
贈り物みたいな嬉しく楽しいことがあるから。
八方美人だのなんだのと言われても。
誰かとつながるって──やめられないんだよなー。