*いつだって背中合わせ*

 

 

「…どうした、高崎?」
「どんよりしてさ」
「…見事に影を背負ってる」

昨日、今日と特に遅延や事故の報告はなかったはずなのに。
がっくり疲れた様子の高崎を心配し、部屋にいた京浜東北線と埼京線、そして中央線が声をかけた。

「ん…何かさ…上野で乗った客が、すっげぇ酔っ払ってて」
「うん」
「オレと宇都宮を乗り間違えたんだと」
「ありゃりゃ」
「んなの自己責任だろが!なのに途中で車掌に文句言って車内で暴れやがって!」
「あちゃー」
「…まさか、それで遅延?!」
「そこまでは行かなかったけど、結局、鉄道警察」
「そら凹むよな」
「しかも、その客、逆ギレして本社にクレーム上げやがった」
「…サイアクだね」

ダイヤが乱れなかったのは不幸中の幸いだが、あまりにも見苦しいトラブル。
自然と同情の視線が高崎に集まる。

「まぁ元気出してよ、仕方ないじゃん、高崎と宇都宮って、パッと見、双子みたいに似てるしさ」
「似てねーよ!明らかに違うだろが!」
「違うって、例えばどのへん?」
「お子様でも分かるでかサイズで 、“宇都宮”“高崎”ってLED表示してる!」
「ソコかよ!」
「んな酔っ払いがLEDなんてまともに見てるワケないって…」
「宇都宮はどS!オレはノーマル!一緒にすんなー!チクショー!この違いを肌で感じろってんだー!」
「…だから何をドコでどう感じるんだよ」
「…落ち着けよ高崎」
「ホント失礼なヤツだよねぇ、ボクに乗っかったつもりでキミに乗っかるなんて」
「「「!?」」」
「・・・宇都宮…」

いつの間に入ってきたのか。
意味深な言葉とともに、宇都宮が満面の笑みで話に割り込んできた。

「聞いてたのか」
「まあねー、面白そうなハナシしてたからさ、思わずドアの外で聞き入っちゃった」
「とっとと入って来いよ!」
「でも、何だか寂しいなぁ、高崎ったら」

立ち聞きの件はあっさりスルーし、口元を緩めて目を細める。
ターゲットとなった高崎は、いやーな、まことにいやーな予感にビクッと身を震わせた。

「な、何がだよ」
「ボクと間違えられたの、そんなにショックだった?怒鳴り散らすほど?」
「誰もそんなこと言ってねーよ!ただオレは──その──んなことでクレーム上げられたのが納得いかねえって──」
「うん、確かに。キミに一分の非もない。そんな迷惑な泥酔客、いっそ栃木まで乗り過ごして、ようやく目が覚めたらとっくに上りの終電も出ちゃってて戻れなくなって泣く泣くタクシーで万札払って帰るかそのまま始発まで路上でザコ寝──くらいの目に遭えば良かったのにねぇ?」
「……いやあの、さすがにそこまでは思ってねーけど」

ここまで容赦ない発言をされると、何だか酔っ払いの方が気の毒になってくる。

「ふふっ、まったくキミときたらイヤになるほどのお人好し」

宇都宮はため息交じりに言い捨てると、ベンチチェアに跨って座る高崎の反対側に腰を下ろし、その背中をぺったりと預けた。

「──!?──オイ!何だよ!重えよ!」
「だって今日は僕、上の方で信号機トラブル…やっと戻って来られたんだよ…疲れた」
「…あ…だった、な」
「だから背中貸して」
「何でだよ!アッチの、背もたれのあるソファに座りゃいいだろが!」
「だって、高崎の背中って、ちょうどボクと同じ高さでしょ?もたれるのにちょうどいいんだもん…ちょっと汗でベタベタしてるとこを除いたら」
「変なコト言うな!服の上だから分かんねーだろそんなこと!」

始まった。
宇都宮の“高崎弄り”。
ここでうっかり口を出そうものなら、巻き込まれてとんでもないことになる。
すまない、高崎。でも自分の身も可愛い。
ということで、京浜東北たちは何気に2人から距離を置き、生暖かい目で成り行きを見守ることにした。

「あー、いい気持ちー♪」
「くっ…おい押すな!重ぇって!こら宇都宮!ガキかお前は!もうアッチ行け!」
「ふふっ」
「何だよ!」
「優しいなぁ、高崎は…なんだかんだって言って、疲れたボクにこうやってちゃ〜んと背中貸してくれてるじゃない」
「それはお前が勝手に──」
「もし、立場が逆だったら、ボクはどうすると思う?」
「どーすんだよ」
「背中を貸すと見せかけて、さっ、と避けるね」
「…お前の性格マジ最悪…」
「ね?似てるようで似てないよでしょ?ボクたち」
「は」
「キミとボクは、まるで真逆。何でもそう。コインの表と裏」
「オイ」
「たとえ一緒にいても、いつだって、こうやって、背中合わせ。違う?」
「…ぅ」

のしっ、と、高崎の背中に重みと暖かさが増す。

「オレは…」
「安心しなよ、キミはボクになんて似てない」
「……」
「あー、ホントいい気持ちー、高崎の背中」
「……」

 

宇都宮が言葉を切り、鼻歌まじりに体を小さく揺らす。
まるで、子供をあやしているみたいに。

 

なんだろう。コレ。
新手の嫌がらせか?それとも、ひん曲がった性格から出たそれなりの慰めか?

 

高崎は、いつもながらこの相棒の真意がまるで掴めずにいた。

ただ、ひとつ確かなことは──

 

さっきまで自分に課せられた理不尽なクレームに対してふつふつと沸き上がっていた怒りが、こいつの登場ですっかり収まってしまったということ。

 

何て言ったっけ?
オレたちはまるで真逆?
コインの裏と表?
一緒にいるくせに分からないことだらけ。掴めないことだらけ。

それはほんとだ。でも──

 

「どしたの、高崎?黙り込んじゃって?」
「いや…その…」
「何?」
「他に言い方ないのかよ」
「…え…」

 

だって、いっつもいっつも背中合わせばっかじゃな。
お互い、どんな顔してるか全然見えねーじゃん。

 

宇都宮は一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの仮面スマイルに戻り、

「…じゃあ、高崎が言って」
「え?」
「ボクたちは…一体何?高崎?」
「や、あの、その」
「言ってみてよ」

そして急かすようにねだるように、背中をぐいぐいと押し付ける。

「オレたちは──そうだな──ええっと」

眉間に皺を寄せ、クソ真面目に言葉を探す高崎。
おもむろに「そうだっ」とばかりに手を叩き、肩越しに高らかとこう告げた。

「オレたちって──“運命共同体”!」
「……」

 

 

間。

 

 

──だからなんで(←京浜東北)

──オマエは自らンな(←中央線)

──海より深い墓穴を掘るようなコトを(←埼京線)

 

 

「…“運命共同体”かぁ、カッコイイね、さすがは高崎♪」
「そうだろ?だってオレたちは大宮まではお互い同じ架線で走ってんだから」
「なるほどねー、ウンウン♪」

もはや、言葉の真意などどうでもいい。
あー、オレ、いいこと言った、と、得意気な高崎の背中で…

宇都宮、超笑顔。

こわっ!

しかもその目が、すでに肉食獣のソレに変わっている。

もっとも、当の高崎には全然見えていないのだけれど。

 

「ええっと…じゃあ僕たちはこれで…」
「明日も元気に走れたらいいねっ」
「…え?何?…みんなドコ行くの?…つーか何でオレに向かって一斉に手ェ合わせてんだ?」
「気にするな…その天然がお前の良いトコロでもある…」
「???」
「じゃあね、みんな、お疲れっ♪」

宇都宮が片手をヒラつかせながら満面の笑みで告げる。
つまり、“出て行け”と。

 

──グッドラック、高崎!

 

一同は心の中でそう告げると、なるべく中を見ないように、後ろ手で静かにドアを閉めた。

 

 

「…いいのかなぁ、放置してきて」
「いいんじゃない?高崎もすっかり元気になったし。アレはアレで幸せなんだよきっと」
「…でもなんかすでに…悲鳴らしき音と何か重いもの投げる音がしたような…」
「大丈夫、宇都宮も、運行に支障をきたすほどのバカはしないさ」
「…お前、なんか場慣れしてんなー、京浜東北」
「…不本意ながら…まぁそれに」

あいつらは、本当にいつだって背中合わせ。
てんでバラバラ仲違いしたように見えて、ちゃんと大事なトコでつながってる。

そうじゃない?

京浜東北の言葉に、埼京と中央は「だね」と頷き、そしてそういう特別な路線が存在する彼らのことを、ほんの少し、ほんのすこ〜しではあるが、羨ましいな、とも思った。

 

 

 


END

 2008/5/31