*スキキライスキ*
※注:本家様「Suica Life」の後日談風になっております。先に本家様の作品をご覧になってくださいね。
「やぁ、ようやく解放されたね」
「死ぬかと思った…三途の川を渡りかけた」
悪い目付きをさらに悪くし、ぶーっと頬を膨らませた高崎線が、タオル一丁でフラフラと風呂場から出て来た。
はからずもそれを出迎えるカタチになった京浜東北線とて、つい先ほどまでは自暴自棄の人間のおかげで、運休を余儀なくされたうえに体中が深紅に染まっていたものだ。
が、このあたりが人身事故率No.1の実力(?)というのか、余分に準備された真新しいブルーの制服に着替え、間もなく運転再開の模様だ。
「…何だよ、オマエもう復活か…さすがだなぁ」
「お褒めの言葉どーも。で、宇都宮は?」
「濡れたから自分も風呂に入るとよ。で、アヒルのおもちゃで遊ぶからって追い出された」
「おやま…まァでも、ダイヤが乱れる前に出て来てくれて良かったよ、高崎」
「宇都宮のヤロー、人のアタマさんざ押さえつけて浴槽に沈めたと思ったら、今度はあっさりつまみ出しやがって!一体ドッチなんだよ!」
「ドッチも、あいつらしい。そうじゃない?」
「くっそー!あのどSめー!」
「でも、好きなんだろう?」
「…は?…」
呆気にとられ、思わずずり落ちそうになった腰のタオルを慌てて押さえる。
「本人の弁によると」
「───う」
「高崎が宇都宮にそう言ったって」
「────」
「墓穴掘ったね」
「───も、いい」
高崎線は手近な椅子にどっかり腰を下ろすと、はぁああああーっと長い長いため息とともに天井を仰いだ。
「も、いい──ソレ、嘘じゃねーし」
「……」
「あー、アホくさ」
「…驚いた」
「ん?何が?」
京浜東北線は、これも新調したばかりの眼鏡の弦をいじりながら、怪訝な表情で高崎線を見つめた。
「てっきり怒るか言い訳するかと思った…“同じ架線を共有してるだけだ”とか何とか、さ」
「…んなことで怒るほどオレはガキじゃねーよ」
「そう?宮原の信号機故障とか置き石のことでは怒るくせに」
「今ここでそれを持ち出すなッ!しかも置き石はオレの責任じゃねーし!」
「…でも、今回は完全にキミの責任だよ…」
ねぇ?高崎?
いつの間にか風呂から上がった宇都宮線が、ドアの陰からそっと2人の会話の様子をうかがっていた。
言ったよ、ね?キミ?
“オレは好きだぞ!お前のこと!”
まったくねぇ。
どうしてくれようか。
──ボクに対するこの始末。
「たーかさき♪」
「ひぃっ!?」
いきなりピターッと背後から抱きつかれ、高崎線は反射的に首を竦めた。
くすくすっと耳元で笑う宇都宮も上半身裸だから、肌と肌が妙に密着して居心地が悪い。
「ええい!離れろこのヘンタイッ!」
「つれないなぁ、ボクのこと好きだって言ったの、アレはウソ?」
意地悪く尋ねると、妙に一本気な高崎線は諦めたようなうんざりしたような顔で視線を前に向けたまま呟いた。
「…オレは嘘は言わねぇ…」
「ふぅん、これだけ弄られてんのに…根性だねぇ。高崎ってもしかして究極のM?」
「お前が言うなお前がっ!」
「もしボクが困ったら──」
ふっ、と首を絞めていた力が抜けた。なのに、言葉だけはさっき以上にしっかりと耳に絡み付く。
「──助けてくれるんだ」
「…ああ」
「本当に?」
「助ける、しつこいぞ」
「うわぁ、なんて善人なんだろう、高崎ってば!」
宇都宮線ははしゃぐようにそう言うと、自分の首にかけたバスタオルをぼさっと高崎線のアタマにかぶせた。
「──ちょ──オイこら!うつのみ──」
「でも、京浜東北が困っても助けるよね?埼京が困っても、山手が困ってもきっと──」
「!?」
──ボク、キミのそういうところが本当にキライ。
「……ソレって、単なるヤキモチじゃ…」
「何か言った?京浜東北?」
「…いーや別に。さて、頑張って通常運行に戻るかな」
とばっちりを受けてようやく整った身支度を台無しにされては大変だ。
やはりオトナの京浜東北線は、続く言葉をぐぐっと喉の奥に押しやると、自分の架線へと踵を返した。
「ま、待て!コラー!オレを放置して行くなー!オイー!京浜東北ゥううううッ―!!!」
と、わめく高崎線を超笑顔の宇都宮線の手元に残して。