歴史古い順旅。時代は源平へ。源平の壮大な物語。
物語は白河帝あたりから始まる。歴史上、院政を敷いて絶大な権力を誇ったことで有名。藤原氏を外戚としない後三条帝の皇子として生まれた。平清盛は、この白河帝の落とし胤ではないかという説がある。自分がもし平清盛だったらと考える。自分の父親が誰だかわからない、出生の秘密があったら。。私の時代、子供たちがよく言われたのが「お前は橋の下から拾ってきた子供だから」、冷たい言葉だが、考えようによっては、本当のお父さんとお母さんが(当然、今よりもっといい両親で、何らかの事情を抱えていた)迎えにきてくれる、という希望が持てる。あとは産婦人科で取り違えられたとか。最近は福山さん主演で感動的な作品に仕上がっていたりもするが、あの時代は、どちらかというとシンデレラストーリーっぽいものが多かった。
平清盛は、まだいい。育ての父親、忠盛を尊敬していたようだし(それこそ福山さん?)。
問題は崇徳帝である。自分が崇徳帝だったら、と考えると、やるせない。
占い師が、よく言われるのは「自分で自分のことを占えばいいのに」だが、よく当たる占いであればあるほど、自分は自分にしかなれないという事実を突きつけられる。
崇徳帝も白河帝の胤ではないかと言われている。そのためか、父親である鳥羽帝から疎まれ、白河帝が崩御されると、父親に譲位を迫られ日陰者としての生活を送り、最終的には保元の乱で後白河帝に敗れ、讃岐に流されることになった。
崇徳帝は自分の運命を呪っただろうか?
そんな崇徳帝に思いを馳せながら、今回は2/29~3/1に香川県の、こんぴらさんに行ってきた。琴平神社自体は崇徳帝よりずっと昔からあるが、1165年には、讃岐の地で崩御された崇徳帝の御霊を合わせ祀ったそうだ。前回、「こなもん」の発祥地を訪れたので、グルメ旅的にも、うどん県は、ちょうどいい流れである。
表参道口からスタートし(写真上左)、365段のところに大門がある。ここまでの階段の両脇にはお店があって、なかなか楽しい。365といえば、パッと思いつくのは1年365日なのだが、何か暦と関係があるのだろうか?実は、こんぴらさんは今までの中で一番、歴史的な背景が調べにくかった。でも、古代の遺跡には暦と関係した、つくりになっているものが多くみられる。大門をくぐったところには、特別に境内での商いを許された由緒ある人たち、五人百姓たちが加美代飴を売っている(写真上右)。味見をしていると「ブラタモリで紹介されました。お土産にいかがですか?」おお、高野山に引き続き、またしても。。恐るべしブラタモリ。。買いたくなるじゃないか。。
飴は帰りということで、御本宮へ。途中、資生堂パーラー「神椿」で休憩はしたけれど、わたし的には785段の御本宮(写真上右)までは余裕だった。普段、歩き回って足腰は鍛えてるんだよな。ここまでで帰る人もいるらしい。御本宮には大物主神と崇徳帝が祀られている。御本宮にお参りした後、奥社を目指す。奥社までは1,368段。ここからは体力に自信がないと無理かも。帰りもあるので。。その途中、923段のところに、私の今回の旅の目的、白峰神社がある(写真下左)。白峰神社には崇徳帝と、その御母である待賢門院が祀られている。当時はまだ一夫多妻制の時代だし、現代の価値観では計り切れないものはあるが、、讃岐に流された崇徳帝が今度生まれ変わってくる時に何を願っただろうと想像してみる。地位や権力なのか、それとも、ただ父親の鳥羽帝に愛されたかっただけなのか。。そして写真下右が奥社。白峰神社までは余裕だったのだが、さすがに奥社の手前くらいからは、辛くなってきて、3月だというのに汗もかいた。
パワースポット20:こんぴらさん
http://www.konpira.or.jp/
崇徳帝のお墓、白峯御陵も香川県にある。今、コロナが世間を騒然とさせているが、崇徳帝の時代は伝染病は祟りだとおそれられたものだ。明治天皇になってようやく、崇徳帝の御霊は京都に戻されて、白峯神宮に祀られたのであった。白峯御陵は残念ながら今回は時間がなくて行かれなかったが、その辺りの情報を調べている時に気になる食べ物が!八十場のところてんである。不思議な力がある霊水がわくパワースポット、八十場の霊泉なるものの隣にある、創業200余年の清水屋のところてん。食べるパワースポットやーん!と思ったが、よくよく調べてみると冬の間はお休みらしい。いったんはあきらめたのだが、いろいろ調べてみると栗林公園のカフェで、このところてんを使ったメニューを出しているらしい。1日は、こんぴらさんに行くとして、もう1日は何しようかな、と思っていたのでちょうどいい。
そんな訳で、写真左が、ところてんの写真。わかりづらいけど、下にところてんが入っている。抹茶アイスが添えてある黒蜜味とレモンアイスが添えてある柚子蜜味があって、黒蜜味にしてみた。これが、、激ウマ。食感というか歯応えが絶妙。さすが200年以上続いているだけのことはある。でも、雨も降ってたし、アイスにところてんはちょっぴり寒かった。ホットコーヒーも頼んで、あったまる。雨なので、とにかく静かだったが、公園はキレイだった。大名庭園の跡地である。ちなみに、ところてんは西暦538年の仏教伝来の頃、製法が伝えられたと考えられている、なかなか歴史ある食べ物である。
そして、香川県と言えば、やはり、うどん。今回は目的があるので、あくまで目的地の近くで食べてみた。いろいろ気になる店もあったが、遠いところや終了が早いところは無理だった。今回の1軒目は、栗林公園の近くのバカ一代。写真右の、カルボナーラ風の釜バターうどんが人気らしい。黒コショウが振ってあって、なかなかおしゃれな味。有名人のサインも、いっぱい貼ってあった。1時間くらい並んだかな?
http://www.udonbakaichidai.co.jp/
2軒目は、ちびまる子ちゃんも訪れたという(アニメの「まる子、さぬきに行く」の回に出てくるうどん屋のモデルになっていたという説明書きがお店に貼ってあった)、こんぴらうどん。えび天と、とり天のついている、しょうゆうどんをいただいた。讃岐で讃岐うどんを食す。旅って楽しい。
こんぴらさんのあと、写真右の善通寺にも寄ってみた。善通寺は空海さんの誕生の地に建てられたお寺。善通寺駅は、こんぴらさんのある琴平駅から電車で10分くらい。讃岐にうどんを広めたのは空海さんと言われている。もっとも、空海さんが広めたのは、うどんの祖形である索餅(さくべい)と「はくたく」で、現在のかたちになるまでには、もう少し年月が必要だが。
今回は奥社まで登る、辿り着く、という目標があったので非常に達成感のある旅だった。崇徳帝は讃岐の地で生涯を終えたが、流刑の地で生涯を終わらなかったのが源頼朝であった。実は源平、あまり詳しくなかったので、旅をするにあたり、「新・平家物語」というものを読んだのだが、なかなかおもしろかった。そんな訳で、次回は京都旅行その2かな。厳島神社はその後くらい。