17.新たなキャラ文豪君登場(久美子)
明けて2002年。私は相変わらず同じ派遣先にいる。同じ部署に気になる男の子がいる。気になると言っても異性としてではなく単純に挙動が変わっているという意味。私は彼のアシスタント的なポジションでもあったのだが(も、というのは1対1ではなく、お互い複数人と関わっていたという意味)、とにかく会社に来ない。今でも彼が本当のところ、なんで会社に来なかったのかはよくわからないが、その会社は古い体質の会社だったので、辞めようか迷っていた(彼の周りには、それこそIT社長とかいたと思うし)か、会社は毎日来るものって誰が決めたんですか、的な屁理屈か、まあその辺かな、と思う。でも、頭はすごくいい子なので、少なくとも当時の私には尾崎豊やXのHIDEのように、危うい子のような気がして心配になった。彼の同期から携帯の番号を入手。朝、出勤するとだいたい彼は来ていない。電話すると午後くらいから来る。偶然かなとも思ったが、電話しないと来ない。構われたいだけなのだろうか?「どうして会社に来ないの?」というストレートな質問には答えてくれない。何か共通の話題が欲しくてMacのibookを買うことにした。白がかわいいドラミちゃんのようなノートパソコン。だからというか、もともとパソコンを買いたいとは思っていたのだが、自分のパソコンを持っているのは同年代の友達の中では早い方だった。相変わらずの私。当時、オシャレな人はみんなMacを持っていた。そんなこんなで彼がだいぶ心を開くようになってきた。悩み事を打ち明けさせるには自分の悩み事を打ち明けるしかない、と思っているうちにミイラとりがミイラになってしまった。
残業中。
「帰らなくていいんですか? 家で旦那さんが待ってるんじゃないですか?」
「うん、大丈夫。最近、キャラが迷走してて」
「キャラが迷走? 全然、意味がわからないんですケド」
とは言うものの、彼は現役東大合格。生まれつきの頭のいい子だったので、何かを話した時の理解力はダントツだった。だからそういう夜を繰り返すうちに、あろうことか透との馴れ初めから過去のトラウマまで、洗いざらい全部話してしまった。不安すぎて誰かにきいて欲しかったのだろう。だけど、それからまた彼は会社に来なくなってしまった。心配して電話すると夕方くらいに来たりする。そんな日々を繰り返したある日、彼から自分で焼いたCDを渡された。何と彼のお気に入りのラブソング(ただし、洋楽。70年代のR&B。なのでそんなに寒くはない。極めてオシャレな仕上がり)特集だ。これはいったい何? どういう意味? 正直、戸惑った。でも、もしかしてこの子って私と似た者同士?ほめて欲しいだけ?と思い、ほめてみた。というか会社に来ないので、ほめる返事をメールしてみた。すると、彼のオリジナル小説が返ってきた。彼はクリエイター志望だったのかもしれない。
以下は、その小説の内容。かっこ内は私のツッコミ。
僕は彼女(私のことらしい)の首に紐を巻き付けて締め上げる。彼女は息をしていない。(殺された??)「もっと早く出会いたかった」(結婚する前ってこと?)彼女は夫を裏切れないという。だからこうした。彼女が他の男に抱かれているなんて、僕には耐えられない。彼女の唇にキスをする。「待ってて。もうすぐ僕もいくから」毒を飲む。彼女を抱きしめながら死ぬために、緩慢な死が訪れる毒を。君に寂しい思いは絶対にさせない。2人で来世に何に生まれかわろうか。そうだ。あの公園がいい。(どの公園? 多分、2歳の私が置き去りにされかけたあの公園と思う)僕は2歳の君を抱き上げる。僕は君を自分に自信を持てる子に育てる。ただ、女子校には入れてしまうかもしれない。悪い虫がつかないように。そして君が20歳になった時、僕たちは結ばれる。
「ちょっと待って。何これ? 私が受け入れる前提? てか誘拐だし。私の自我はどうなるのーーー?」
思わず返事を返した。それ以来、彼は私に対してまた心を閉ざし、会社を辞めていった。
私が、かの名作、谷崎潤一郎の「春琴抄」の春琴だったら佐助につっこんじゃうかも。「2人とも目が見えなくなったら、どうやって生活していくのよ! 親から、もらった大事な身体に傷つけて。。他にやりよう、なかったわけ??」 これって男のロマンなの??
18.2002年の世相(透)
そんなわけで、彼女は僕とどう接していいかわからずギクシャク、僕は彼女の浮気を疑い、2002年は本当に危ない時期もあった。
2002年、みんなの心に残るイベントと言えば、やはり日韓共催サッカーワールドカップであろう。あの時期、日本中が熱に浮かされた感じになっていた。僕の周りでも、ワールドカップベビーがあちこちで誕生していた。ただ、ふたを開ければ、みんながみんなサッカー好きというわけでもないので、いろいろ奇談も生まれたというわけだ。我が家は彼女がワールドカップボランティアをしていたので子供はできなかった。彼女は横浜会場で入場のチケットを切るボランティアをしていた。お客さんはチケットを記念にとっておきたいだろうと、みんなキレイに切ることを心がけていた。彼女は、後ろの方からちょこっとだけ試合も見た。稲本がゴールを決めた日本-ロシア戦が横浜会場だった。あと、横浜会場の目玉といえば決勝戦。彼女はイタリア語ができるのでイタリアが勝ち残ることを祈っていたが、残念ながらイタリアは敗退した。決勝戦は3R(ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ)を擁するブラジルとゴールキーパー、オリバー・カーンが印象的なドイツだった。試合後、彼女はずっと、悔しそうに佇んでいるオリバー・カーンを見ていた。敗者に感情移入してしまう、それが彼女である。僕はと言えば、彼女が家にいれば一緒に試合を見るし、見なくてもいいし、まあ、そういう性格だ。
結局、彼女は文豪君から例のメールをもらったあと、僕に洗いざらい話してしまった。2人のわだかまりも解けた。
「ありえないよね」
彼女は自分に言い寄ってきた男を、鉈(なた)でぶった切るところがある。彼女に言わせれば、鉈でぶった切っているのは相手の自分に対する幻想で、相手まで、ぶった切るつもりはないらしいが、男というのは傷つきやすい生き物だ。それ以上、彼女といられるのは、まあ、僕くらいだ。でも、本当にありえないのだろうか?それも疑わしい。働かないで家にいた頃の彼女だったら彼を受け入れていたかもしれない。危ない、危ない。文豪君には同情を禁じ得ない。ただ、僕だったらもうちょっと健全なストーリーにするかな。2歳の彼女の前に6歳の僕が現れれば済む話じゃないか?例えば、こんな感じ。
透の母親「透、帰るわよ!」
透「待って、お母さん、あの子(彼女)が1人ぼっちになっちゃう」
透の母親「あら、こんなに暗くて寒いのに、まだ帰らないのかしら?」
世話好きなうちの母親は彼女の母親に話しかける。
透の母親「ちょっとあなた、大丈夫?お子さんが風邪ひいちゃうわよ」
その時から、うちの母親と彼女の母親は仲良くなる。僕と彼女は幼なじみとして育つ。
2002年で印象深いドラマといえば、NHK大河ドラマ「利家とまつ」。ずっと2人でやってきた、という話だ。この頃からザ・恋愛ドラマブームはフェイドアウトし(まったくなかった訳ではないが)、「HERO」の久利生と雨宮、とか「トリック」の山田奈緒子と上田みたいに恋愛未満の2人がずっと一緒にいる感じが増えてくる。
ミスチルが「名もなき詩」で歌っているように「愛はきっと奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるもの」なのであろう。僕も彼女の話についていけるように日経新聞でも読もうかな。デジタル産業は今後ますます競争が激化してくる。うちの会社の生き残り戦略でも考えよう。何だって知っておいて損はない。