2001

15.つくす女

1998年~2000年は、その前がいろいろありすぎたので、ニュース的には比較的落ち着いた時期だった。2001年9月に、いわゆる911事件、アメリカ同時多発テロが起きる。あの日を境に世界は変わった。ただ、大きな事件が個々の人間の生活に影響を与えるまでには少し時間がかかる。1990年代にIT革命が起き、1998年の久美子もソフト運用の末端で働いていたという具合に。家の電話→携帯電話→メールと連絡手段も変わったが、その変化を久美子は当時の恋愛と絡めて記憶する。ITの普及は紙媒体の衰退も意味していた。(余談だがリアル久美子が住んでいる、神楽坂の赤城神社の裏のふもと一帯は、かつては印刷工場の街だったが、印刷工場は次々に閉鎖され、今ではマンションだらけになっている)透の会社は早いうちからデジタル化に乗り出していたので生き残れた。

この年の前半。巷ではキムタク主演のドラマ「HERO」が大流行り。反骨(はんこつ:権威・権力・時代風潮などに逆らう気質)も当時、まだ新しかった。(その後、「相棒」が、ずーっと現在も続いている影響か、反骨は多少のマンネリ感がなきにしも。ただ、「相棒」は、当初は右京さんを亀山君が吸収するかたちだったので「反骨」のイメージは弱かったように思う) スティーブ・ジョブズはアップルで快進撃を続けていたし、日本でもIT社長が脚光を浴びる時代がやってきた。就職活動で「自分にはセールスポイントがない」コンプレックスを味わっているヒマがあったらパソコンの1つも勉強しておけばよかったのだ。「何かしなきゃ」「人と違ってなきゃ」パニック障害の次に蔓延するのは「時代先取りしなきゃ」パニック障害。これも現在でもまだ罹患している人が少なからず、いるのではないだろうか?

さて、久美子は、透と同居を始めた。いずれは家を買いたいので無駄なお金を使わないために透が今、住んでいるマンションに久美子が一緒に住むことになったが、透は仕事で忙しかったし、毎日イチャイチャというわけにもいかなかった。久美子は本当は付き合い始めた時から、ずっと不安だった。自分が不安を認めたくなかっただけなのである。つまり、フラれてばかりの人生だったので、それまでの人生で「手に入る/手に入らない」ばかりを考えていて「手に入ったらどうするか」を考えてこなかったのである。「自分の好きな人が、自分のことを好き」そんな当たりくじが自分に回ってくるとは思ってもいなかった。

そんなある日の週末、ベッドの上。
「ちょ、久美ちゃん、そういうのはいいから!」
「え、だめ?」
「どこで覚えた?そんなこと?」
「弟に頼んでビデオとかを入手して、いろいろ研究して。。」
そう、久美子は透に飽きられないようにビデオでいろいろ研究して、今日その技を試してみたのである。
「僕は久美ちゃんのことを好きだから抱いてるだけで、歳もとったし、もう落ち着いてるから。普通でいいから、普通で」

ダイニングキッチン。テーブルを挟んで向かい合って座る2人。
「透ちゃんに飽きられたらどうしようって考えたらつい。。浮気とか心配で。。つくそうかなって」
「久美ちゃん」
「何?」
「働け」
「え?」
「ずーっと1人で家にいるから、そういうことばっか考えるんだよ。貿易事務で輝く女になるんじゃなかったの?」
久美子は、いずれは、そうしようと思っていたが、とりあえず家事を完璧にこなせるようになってから、と思って、後回しにしていたのだ。子供はもうちょっと、あとでいいね、という話になっていたし。
「わかった。仕事探すよ」
「よし。じゃあ、そうしよう。俺も家事手伝うから。決まり」

16.2001年の世相(久美子)

7月、私は派遣で某大手メーカーの輸出部で働き始めた。西ヨーロッパ担当でフランス、ドイツ、UK、ベルギー、スイスなどを担当していた。本格的な海外業務である。すべてが初めての経験だった。ただ、西ヨーロッパとは8時間、時差があり、やりとりはすべてFAXかメールだったので、英語をこっそり辞書で調べる余裕はあった。時代背景を感じさせるエピソードとしては、入ってすぐプライスリストの改定という作業をやらされた。ヨーロッパでは単一通貨ユーロの導入が国ごとに行われている時期で、例えばフランスだったらフランスフランとユーロの換算率というものが決まっていた。

ここから、話す内容が急にインテリになる。でも、1998年の知ったかの私とは違う、実体験に基づく知識だ。911事件の時も、すべての物流が止まったのを実体験した。アメリカ担当ほど大変ではなかったけれども。 本部長、部長は東大プラスMBA卒で、東大閥みたいなのがちょっとあった。人生初のザ・インテリ集団である。当時はSAPというシステムが導入されたばかりで大混乱だった。SAPというのは工場の生産、顧客からのオーダー、出荷、売上などをすべてシステムでつないで一元管理しようというものだ。機械は、だいたいでは動かないので、あちこちでトラブルが起きていた。例えば1万個のオーダーに対し、9999個あれば人間は察して出荷するが、コンピューターだとエラーになって止まっているといった具合に。バグも多く、みんな、よく改善提案書を書かされていた。すごく忙しかった。

私は、がんばっている自分を透に見せたくて、つい、いろいろ喋ってしまった。相手の状況、お構いなしに。透はニコニコ話をきいてくれていたが、反応は鈍かった。いきなりユーロだのSAPだの言われても、池上彰と話してくれよ、と言いたかったのかもしれない。

幼い頃の記憶がまたよみがえる。例の夢で話が終わっていれば、それほど情緒は、こじれなかったかもしれない。ママには私が必要なんだ、と思えたかもしれないから。だが、私が6歳の時に、そのポジションは弟にとってかわられる。弟は素直でかわいかった。私は口の立つ子供だった。口の立つ子供なんて、かわいくない。父親に似ているのも当時の母親にとっては気に食わなかったのだろう。「出ていけ」とか「あっち行ってなさい」とよく言われた。子供部屋にぽつんと1人でいる私。隣の部屋からは母親と弟の楽しそうな声がきこえてくる。私は、かわいくない。でも、どうすれば、かわいくなれるんだろう?答えは出ない。そのうち、考えるのに疲れて心を閉ざし始める。ここで、おとなしくしていよう。そのうち、母親の気も変わるだろう。それに、心を閉ざして1人で部屋にいる子供を救ってくれるものがあった。マンガや本である。想像力が人を孤独から救う。近くの肉親より遠くの他人が与えてくれるものの方が、よっぽど頼りになる。

この頃、友達の間で「冷静と情熱のあいだ」が、流行っていた。辻仁成と江國香織が、同じストーリーを男性側の目線と女性側の目線から描いたモジュール型小説である。2001年11月には竹野内豊主演で映画も公開された。あおい(女の主人公)に感情移入している友達も多かった。でも、私はどちらかというと、自分は順正(男の主人公)に近いと思っていた。日本では女性が冷静担当で男性が情熱担当の方が多数派のようだ。でも、愛のかたちは人それぞれだ。「冷静(男)とポンコツ(女)のあいだ」があってもいいのではないか、と思って、この文章を書いているのだが、私の厄介なところはポンコツのままでいられるかどうかも不安ということだ。お笑いでも、計算でやろうとするとボケの方が難しい。私は仕事がそこそこできた。職場では年下が増えて「久美子さん」と慕われるようになった。(海外と接しているせいか、海外部はファーストネームで呼び合う文化だった)もう、私はドジでのろまな久美ちゃんじゃない。キャラの崩壊である。

透は「ドジでのろまな亀」だから私を愛しているのだろうか?「ドジでのろまな亀」じゃなくなったら透は私を愛してくれなくなるのだろうか?

この年、私が衝撃的だったのは、ドラマ「HERO」の松たか子演じる雨宮。平均視聴率30%超えの超人気ドラマのヒロインがメガネっ子とは。少女マンガが原作というわけでもなさそうだ。男性はいったい女性に何を求めているのだろう?それとも男性が女性に求めるものが変わりつつあるのだろうか?

次へ

前へ

目次へ

TOPページへ