7.久美子の年越し
「5、4、3、2、1。おめでとう!」
1999年がやってきた。世界が滅びるかもしれない1999年が。私は親友の夏子と一緒に1998年から始まったジャニーズカウントダウンをみていた。
「まさか、こんな風に久美子と年越しをできると思わなかったよ。私が彼と付き合い始めた時、久美子、距離置いてたもんね」
女同士の友情は儚いものだ。一方に彼氏ができると途端に気まずくなる。だが、私にも彼氏ができたから一緒に過ごせるというわけだ。
夏子の彼氏は、KinKi Kidsの番組などを担当しているテレビのスタッフである。キューピットは私。というか、結果的にキューピットになってしまった。夏子と行った、あるパーティで彼と知り合ったのだが、KinKi Kidsときいて私が興味を持ち、連絡先を交換したのだ。もっとも彼が興味があるのは夏子の方だったが。しかも彼は「KinKiに会えるんですか~?」などと言って近づいてくる輩(やから)が、実は大嫌いだった。折しも野猿(やえん)が流行っていた時期。野猿はフジテレビのスタッフととんねるずがつくったユニット。でも、とんねるずは「思い出作り」を強調していた。ぽっと出が売れてしまったら本業の人たちに申し訳ないし、本人たちが勘違いしてしまったら困るということなのであろう。あとから振り返ると常に答えは、そこにあったのだ。
バイトはどんなにがんばっても、しょせんバイト。本当にマスコミで働きたいのなら勉強して中途採用の枠を狙うべきだった。せっかく一緒に働かせてもらっているのだから、よく観察すれば、彼らが何を、どんな人材を求めているかくらいわかったはずだ。逆に、梅村さんはアシスタントとして非常に優秀、渡辺さんも、まとめ役として非常に優秀、彼女たちには彼女たちのルールがある。のちに「おしゃれ番長」という単語をきくと彼女たちのことを思い出した。景気が悪くならなければ2人の前に姿を現さなかったはずの私、迷い込んだ異物、嫌われて当然だったのだ。でも、その頃の私は、まだそのことに気づけていない。中途半端が一番、嫌われるということに。
(占い師的なコメントをもう1つ。KinKiの2人は坂本龍馬、勝海舟、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツなどと同じ未(ひつじ)年。ひつじは前の時代を食う革命児の干支と言われている。)
「でも、彼氏と過ごさなくていいの? うちは仕事だけど」
夏子の彼氏は年末年始も仕事である。
「うん、彼の家族はすごい仲良しだから年末年始は家族で過ごした方がいいと思って」
「そっか。まあ、私はうれしいけど。じゃあ、朝まで飲みますか」
私たちは夏子の実家の所有する伊豆の別荘にいた。夏子とは中学の時に知り合った。2人とも中・高をともに私立の女子校で過ごした。女子校。私が最も忌み嫌う制度である。夏子の家は裕福だが、私の家は、その頃、たまたま父親の事業がうまくいっていただけの成金だった。家族とだけは絶対に年末年始を一緒に過ごしたくなかった。
「あ、彼から電話だ」
「久美子が幸せになってくれてよかったよ」
幸せ? 夏子はそう言ったものの、私の心の中にはどうしても埋まらない隙間があった。私はいつもクリスマスより年末年始の方が憂鬱だった。クリスマスは本人さえ気にしなければ意外と普通の日だ。年末年始の方が、どう過ごすかは、ある程度限られてくる。私がその頃求めていたのは、俗っぽくない、所帯じみていない何かだった。それを与えてくれるのは透ではなく、むしろ夏子だった。夏子に彼氏ができた時に距離を置いたのも、彼氏と夏子が付き合い始めたことに嫉妬したわけではなく、彼氏に夏子をとられたことが嫌だったのだ。夏子とは、ずっと一緒にいたから。(それが去年の7月くらい。私が透の誘いに乗ってしまったのはそれもある。あの頃の私はまさにボロボロだった。)でもこれって普遍的に勘違いされてる問題かも。図解すると
彼氏「僕が好きなのは夏(なっ)ちゃんだから」
私「ふーん、よかったね、おめでとう」(私が好きなのも夏ちゃんだってば。"ユリ"じゃないけど)
彼氏「ありがとう」(ごめんね、君を好きになれなくて)
彼氏「久美ちゃんに悪いことしちゃったかな」
夏子「そうだね」
って、そうじゃないから。。私が彼氏さんを好きだったことなんて、ありませんよ、一度も。
夏子はむしろ、彼氏と私、どっちが大事か本当に考えてくれるような人。久美子が嫌なら彼氏と付き合わなくてもいいと思った、とまで言ってくれた。その言葉だけで十分、そういう子だから友達でいられる。彼氏が仕事人間で、イベントにクールなカップルというのも好感が持てる。(クリスマスでも休めない時もある、みたいな)夏子はそこでまったく怒らない。怒らないというより気にもしないオトナな子だった。そういうところが大好きだった。私はそういう人が好き。スキー部の青山さんとか。彼氏ができたおかげで夏子と、そこのところの誤解が解けて本当によかった。夏子は結婚願望は強くないけど子供だけは生みたいとずっと言っていた。今なら夏子の願いが叶うといいなと心から思える。
でも、どうして男と女が付き合い始めた途端、女友達は邪魔な存在になるのだろう?
「嫉妬」を辞書で調べると:「自分の愛する者の愛情が他に向くのを恨み憎むこと」
か。自分の愛する者の愛情が他に向くのは慣れっこだ。そうなったら距離を置くしかない。いちいち恨み憎んでたら身がもたない。
この年、タッキーと松嶋菜々子主演の「魔女の条件」というドラマがヒットする。俗っぽくない、所帯じみていない何かを求めていたのは私だけではなかったのかもしれない。「風呂、メシ、寝る」だけではない何か。もっと複雑な何か。年下の男性は、まだ世俗に染まりきっていない。年下の男性には「可能性」がある。
またこの年、衝撃的だったのは椎名林檎の「本能」。
私は、一見、虫も殺さなそうな顔をしているが、ナース姿に真っ赤なルージュ、彼女の世界観に憧れた。私の中にはまだ私も知らない衝動があるのかもしれない。
8.スキー部(透(トオル)の憂鬱)
僕にとって不安な季節がやってきた。スキーの季節である。彼女には「透ちゃんも来ればいいじゃん。スノーボードでもいいんだし」と言われるが、彼女に、カッコ悪い姿を見せたくない。スキーには当然、他の男もいる。最近、例のヘンタイ富岡と飲んだのだが、
「彼女、最近キレイになったよね。彼氏に愛されちゃってるのかなー」
などと言ってくる。一瞬、あせったが、
「いいなぁ、俺も藤井ちゃんに激しく愛されたい。キレイになれるかな」
と、僕の唇を奪ってきたというだけのオチ。そのあと、
「キャー、男同士でー」
と周りから悲鳴が上がったとかそういう話。飲み会には、よくある風景? 危ない危ない。ヘンタイ富岡は、すぐ味見をしようとするから。。でも、確かにそうなのだ。最近、彼女はキレイになった。ああ、アラブとかそっちの方の女性のように、外に出る時は布でグルグル巻きにして目だけ出すようにしておきたい。
僕は今30歳。そろそろ結婚を考えたい歳だ。彼女の友達も結婚し始めている。彼女は、あまり結婚願望はないようだ。とり残されるのは嫌だが、独身の友達がいる限りは引き延ばしたいらしい。そんな彼女にとってスキー部のメンバーは格好の仲間だ。彼女をかわいがってくれている青山さん(女性)は結婚はしているが子供はいない。青山さんがすごいと思うのは生活感がまったくないことだ。彼女も青山さんに憧れているようだ。青山さんは顔が広く、映画の試写会や趣味の会などいろいろおもしろい話を持ってくる。彼女は誘いを断らないので、よく青山さんにいろいろなところに連れていってもらっているようだ。それも僕の不安要素の1つ。
それに加えて今年新たに加わった最大の不安要素が新入社員の村上(男性)だ。村上もスキー部で、車を出しては、ついでと言って彼女を家まで送り迎えし、彼女がスキー板を買った時に、ご丁寧にワックスがけまでしてくれた。彼女に言わせれば「面倒見のいい、いい子なだけだって」らしいし、どちらかと言うと「新入社員だから子分が欲しいのかも。私はバイトだから絡みやすいんじゃない?キャラ的に」だそうだ。で、その村上が彼女の周りをウロチョロするものだから、梅村や渡辺の反感を買うことは間違いない。最近は僕にも直接「あの子はやめた方がいい」とまで言ってくるようになった。まあ、梅村たちの誘いに乗る僕も悪いのだが。
あまりにも彼女が僕を放ったらかすので、当てつけで最近よく梅村たちと飲みに行っている。ちなみに梅村が僕の好みかについてだが、梅村を雇った時には僕には(昔の)彼女がいた。だから、梅村は僕の好みではなく部長が好みそうな子をとった。部長は典型的なアイドル好き。仕事はできる人なのだが。うちの会社はそんな人ばかり。
季節は巡り春。ようやく落ち着けるかと思ったが、村上も青山さんと同じで、顔が広く、しかも自分の趣味の会を主催するのが好きなようだ。彼女も、よく人数合わせに誘われる。スキーですごくお世話になっているから断れないし、花も持たせてあげたいと言っている。そんなわけで最近、ケンカばかり。原因は主に僕の嫉妬。彼女はまったく、やきもちをやいてくれない。
6月は彼女の誕生日。思い切ってプロボーズした。独占欲からだったことは否めない。返事は
「う~ん。結婚するなら透ちゃんかな、とは思うけど、今はまだ考えられない。ごめん。でもこれはもらっておくね」
これというのは指輪。まあ、指輪を突き返された訳ではないし、待っているしかない。
その年の夏「スターウォーズ エピソード1 ファントムメナス」が、公開された。大人気シリーズの4作目。エピソード1~3を貫くテーマは「ダースベイダーが、どうしてダースベイダーになってしまったか」だ。僕が彼女の人生に登場したのは、時系列からいくと彼女の人生 エピソード4くらいからである。プロポーズにいい返事をもらう鍵は、彼女の人生 エピソード1~3にあるのだろうか?
9.2度目のクリスマス(透の失恋)
途中までは、うまくいっていた。と言いたいところだが、人と人との関係が崩れる場合、その1つの出来事だけが原因ということはない。それまでに積もり積もっていたものに、その出来事が引火して爆発した、というのが正しい分析だ。クリスマスの夜。食事をし、プレゼントを渡し、ことを終え(去年と一緒)、僕がシャワーを浴びていると、彼女が電話で誰かと話している。浴室を出て
「誰と話してたの?」
ときくと
「村上君」
と答える。嘘をついてくれればよかったのに。お母さんとか。
「なんで、村上と話すんだよ」
「留守電残ってたから」
「こっちから折り返したの?」
「いいじゃん、別に。食事とかの最中に出た訳じゃないんだから」
「だいたい、村上も村上だよ。なんで電話してくるんだよ」
「電話してきちゃいけないの?」
「だって、今日は。。」
「今日はクリスマスだから? あのさー、透ちゃん、前から思ってたんだけど、村上君のこと見下してない?」
「はーーー???」
「透ちゃんは、ずっとモテる人生送ってきたから、私とか村上君の気持ちがわからないんだよ。クリスマスだからって、なんで村上君が透ちゃんに気を使わなきゃいけないのよ???」
「それは。。」
そう、これが、彼女が自己分析するところのモテない最大の理由。意外と口が立つ。そう言われてしまうと男は黙るしかない。彼女の言っていることは正しいのかもしれない。ただし、甘いムードは、ぶち壊し。
いや、え? 僕、何かいけないことした??
何となく気まずいまま、夜を明かした。翌朝、仲直りのきっかけを探っていたのだが、朝食の席に着くと彼女が
「別れたい」
と言い出した。
「いや、え?」
「もう、疲れた。透ちゃんは自分のお城で梅村さんたちに囲まれてぬくぬくして、スキーには来ないし、そのくせ、スキーに来れば村上君がどんなにいい子かわかるのに、勝手に妄想膨らませて、やきもち焼いて。私は運動神経悪くて、球技だと相手のいるスポーツだから学生時代、全然うまくいかなくて。スキーは個人競技だし、やっと打ち込める、楽しいって思えるスポーツを見つけて、私がどんなに下手くそでも村上君は見捨てないで付き合ってくれるんだよ。私にはスキーも村上君も大切なの。透ちゃんには、もっとふさわしい人がいると思う。なんで透ちゃんが、あんな子と付き合ってるの?っていう空気にも、もう疲れた」
そこまで言わなくても。。
何も言い返せないまま、うなずくしかなかった。中途半端に仲直りしても同じことの繰り返しだ。僕が彼女と離れられる訳がない。
やるべきことは、わかっていた。スキーだ。ここで中途半端なことを繰り返していると永遠に彼女を失いかねない。
結局、彼女は村上とその仲間たちと2000年を迎えた。世界は滅びなかった。
その年の忘年会ではモー娘。のラブマシーンがよく歌われていた。ニッポンの未来は世界がうらやむものになっていくのだろうか?
寂しい時は大局で物事を捉えるしかない。僕はこの広い宇宙のちっぽけな存在に過ぎない、とか。まあ、これはプラネタリウム好きの彼女の受け売りにすぎないけれど。