テーマ6:年上と年下、どっちが好きですか?
1996年。スキー場ではglobeの「DEPARTURES」が、どこまでも限りなく流れていた。街にはアムラーが溢れていたのに、私の周りは相変わらず昭和だった。会社員なんてそんなもの。狩られなくてよかった(1996年の流行語の1つはオヤジ狩り)。安室ちゃんの登場は、その頃は「みんながマネするようなカリスマが定期的に現れる」と誰もが思っていたので、新しいことは新しいが、衝撃とかカルチャーショックとは、ちょっと違う。むしろ、これを書いている2024年現在は、あの頃のようなカリスマは、もう二度と現れないのでは?と言われている。そっちの方が私には衝撃的かもしれない。私自身は「安室ちゃんをマネするほど若くない」とか言いつつも、ブーツとか抗えないファッショントレンドみたいなのはあった。(私は聖子ちゃんと安室ちゃんに挟まれた谷間の世代)
年明け。急に高橋さんの態度が、よそよそしくなった。思い切って電話してみる。
「私、何かしました?」
「いやその、なんていうか。。年末に7年ぶりくらいに昔のバイト先の人で集まったんだよね」
「はあ?」
「そこで出会っちゃったんだよね」
「誰に?」
「昔、好きだった人に。当時は彼氏がいたんだけど、今はいないって」
「で?」
「付き合おうって言ったら、いいよって」
「・・・」
泣きそうになって電話を切った。そりゃあ、付き合ってたわけじゃないけど、結構いい感じだったのに。実は年末、いつもの「あすなろ会」メンバーで忘年会をやった後、「この後、2人でどっか行く?」と言われたのだが、「安売りはダメ」マニュアルを見過ぎの私は「今日は帰ります」と言って帰ってしまったのだ。もしあの時、帰ってなかったらどうなっていただろう?今頃はうまくいってて、高橋さんは同窓会に行かなかったかもしれない。それにしても同窓会の幹事、何でそんな余計なことするのよ、7年も会ってなかったのに。軽く殺意を覚える。(再び流れる「聖母(マドンナ)たちのララバイ」。この曲は火曜サスペンスの初代主題歌である)
2月。友達とスペイン旅行に行った。会社と恋に忙殺されてはいたものの、定期的に「何かしなきゃ」パニック発作に襲われて計画したのだが、傷心旅行になってしまった。その時の私の心のテーマ曲はセリーヌ・ディオンの「To Love You More」。1995年末のフジテレビドラマ「恋人よ」の主題歌。前に紹介した、私が大好きだった野沢尚脚本。若き日の長瀬君の出ていたドラマ。「誰?この美少年?」と思っていたら、次クールで「白線流し」の主役もやっていた。
スペインは楽しかったけど、ツアーだったので食事がおいしくない時もあったり、デザートがアイスが多かったので暑い時だったらおいしかったんだろうなと思った。夏だったらガスパチョとかを楽しめたんだろうけど。マドリッドから始まり、セビリア、コルドバ、グラナダを巡り最後はバルセロナというのも、フタを開けてみると、スペインは広いので、かなりの強硬スケジュールだった。どこかのエリアだけをじっくり回る方が楽しかったかも。みんな夜のフラメンコショーの頃には疲れてウトウトしていた。あれから30年。サグラダ・ファミリアはどれくらいできてるかなと思って調べたら、「イエス・キリストの塔」は2026年には完成するの?よくわからない。。100年以上かかるんじゃなかったの??あんまり早いのもロマンがないような。。
旅行は1週間くらいで、あっという間に現実が戻ってきた。旅行の後、女性の先輩たちと仲が悪くなる。理由は。。私の仕事は、ほぼ同じ仕事をしている直属の先輩が1人と、ちょっと似ている仕事をしている先輩が2人、計4人が同じグループ。私が旅行で長期休みをとることを、直属の先輩には言ってあったのだが、他の2人には言っていかなかったので先輩たちが激怒していた。今思えば、私も大人げなかったと思うが、私にも言い分はある。直属の先輩が前年の秋に、結婚式やら何やらで1週間くらい休みをとったのだが、その時、後の2人は私の仕事をまったく手伝ってくれなかった。言っていく意味ある?直属の先輩は結婚してから機嫌が悪かった。全部が私のせいじゃないのに、だいたい私が八つ当たりされた。彼女はとにかく定時で帰りたい、だけど、みんなモタモタしている。例の先輩2人は、会社は家族というノリで、しょうもないことをダラダラやって帰らない。残業も特につけてない。コーヒータイムなどというものをつくったのも彼女たち。私も高橋さんとうまくいきそうな時は「会社は家族」に異論はなかったのだが。
さて、私にとって重大な高橋さん問題。
「高橋は、年上の女に面倒を見てもらうタイプじゃないと思うけどな」
これは、私と仲のいい係長の言葉。係長は華道部に所属しているフェミニンなおじさんでバツイチ。酒井敏也のイメージなんだけど、酒井と坂井がいるとわかりづらいから酒田さんにしておこう(取り違え事件がおきないように)。酒田さんは、みんなを家に呼んで手料理をごちそうしてくれたりするタイプ。村社会なので、高橋さんに彼女ができたことはもう伝わっていた。まあ酒田さんは話しやすいから情報が入りやすいというのはあるのだが。高橋さんの彼女は、高橋さんより年上だった。
私「年上なんて、おばさんですよね」
酒田「それはわかんないけど」
「ロング・バケーション」略して「ロン・バケ」放映前夜の会話。ちなみに1996年1月-3月期のフジテレビ月9ドラマは「ピュア」。主演は和久井映見。それと当時は舞台でしか活躍していなかった堤真一がテレビドラマに登場した作品。主題歌はミスチルの「名もなき詩」。当て馬役は若き日の高橋克典。このドラマの主人公にせよ「星の金貨」の主人公にせよ、見た目は可憐(かれん)で守ってあげたくなるような感じなのだが、自分がどうしたいかの意思表示は、しっかりしている。当て馬が結構なイケメンでも見向きもしない。私だったら、とりあえずキープしておくのに、もったいないと思いながら見ていた。でもそういう腹黒さがないから「ピュア」なのよね。そんな彼女の純粋さに男性主人公の傷ついた心は癒やされていく。私の好きな設定。いけそうじゃない?このドラマと酒田さんの言葉に励まされ、あきらめるのはまだ早いと新しい作戦を立てた。
ボーイッシュ作戦(SDGs時代には死語かもしれない)。待っていてもしかたない。キャンプや釣りに私もついていく、ということ。実は、ちょっと目指しているイメージというのがあった。サークルの同じ学年の女の子で、1年生の時は髪が長くて色白で細くて守ってあげたくなるような見た目の子だったのに、ある日、ショートカットにしてきて、それがカワイイと話題になった。1996年よりは3~4年前、内田有紀がデビューして話題になっていた。今までああいう感じの子がいなかったから、すごく新しくて、かっこよかった。女子校でモテそうな感じ。そのイメージ。サークルの友達は更に、見た目とは違ってサバサバしていて、好きなものと言えば、ラーメン、野球、スピリッツで、それがまた見た目とのギャップでカワイイ、親しみやすいと人気があった。男の子は誘いやすい。私もその路線を目指す!(ちなみに当時、ラーメンはちょっとした
ブームだった。第何次だろう?ラーメンブーム史は、そこまで詳しくないけど。「なんでんかんでん」とかの流行ってた頃。私も一緒に行った)
みんなの中心になっている男の先輩、三浦さんに「みんなでキャンプに行きたい」と相談した。だが、坂井ちゃんに「帰りにご飯でも食べに行こう」と誘われた。
坂井「高橋さんには彼女がいるから、あきらめた方がいいって言っといてって言われた」
私「何の話?私はただ、みんなでキャンプに行きたいって言っただけなのに」
見え見えだったわけだ。確かに当時の私はハイヒールでキャンプに行っちゃいそうなところはあった。だけど、なんか悔やしい。キャンプに行きたいって言っただけじゃん。だいたい、私に高橋さんを勧めたのって、三浦さんなのに。だからこそ責任を感じていたのかもしれない。作戦失敗。
4月。フジテレビで、大人気ドラマ「ロングバケーション」が放送される。主演は木村拓哉、山口智子。主題歌は久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」私はちょっぴり複雑な気持ちでみていた。山口智子の方が年上という設定だったから。スマスマも放送が開始され、SMAPがお茶の間に広く知られるようになる。この番組の歴史的な意義といえば、何と言っても、ビストロスマップによって男性が料理をするのが、かっこいいことだと世間一般に思わせたことであろう。電波少年で猿岩石がヒッチハイクをスタートしたのも、この頃。
一方、私は。不景気なので新人は男性しか入ってこなかった。私たちは雑用係のまま。直属の先輩は相変わらず機嫌が悪く、更衣室でお説教をされたが、私も言い返したので大ゲンカになった。山口智子みたいな先輩だったらよかったのに(向こうもそう思ってるだろうけど)。先輩はとにかく残業をしたくないのだが、私を置いて帰るというのが性格的にできないらしく、いつも私の仕事が遅いと叱られた。だけど、私はお茶当番や電話応対の他にも下っ端なので、誰かに子供が生まれれば、お祝いを買いに行かされ、宴会があるとなれば芸をやらされ(屋形船宴会なんてのも、あった)、つい自分の仕事が後回しになってしまう。「後は私がやっておきますから、お気になさらず、先にお帰りください」みたいなことを言えたらよかったのだけど。オトナの女性を目指すと言っておきながら、結局、大人になれない私。その頃の私は、そういう雑用がバカバカしくなってきていて、定時で帰りたい先輩の気持ちはわかる。だけど、そろそろ世の中では「お茶当番は女性の負担が大きいのでやめませんか?」みたいなことを言い始めている会社もたくさんあったのに、なんで下にばっかり当たるの?という不満があった。先輩の頃は新人はいっぱいいたのに、私たちは女性は3人しかいなくて、2年目なのに相変わらず鬼のような雑用をやらされている。ドラマだと、先輩っていうのは恋愛の相談に乗ってくれたり、落ち込んでる時に励ましてくれたりするんじゃないの?結局、今思えば、本当に合っていないのは、結婚してリアルな家族を持った先輩と、独身で、会社を家族とか言っちゃってる非リア充な先輩たち。今ではだいぶ、世の中は後者が前者を巻き込まないようになってきてるとは思うけど、前者があんまり開き直るのもよくないかなとは思う。人間関係において、謙虚さは大事だ。寿退社じゃなくなってから、まだ間もない頃の話。
高橋さんとは、ボーイッシュ作戦を失敗したので、男の先輩の古川さん、坂井ちゃんと高橋さん、4人でご飯を食べに行くことにした。古川さんは坂井ちゃんを気に入っているが、坂井ちゃんには社外に彼氏がいる。
三浦「お前ら、何やってるんだよ。。」
私「何って何よ。ただ、みんなでご飯食べに行くだけじゃん」
古川「そうだよ。お前こそ何言ってるんだよ、なあ」
顔を見合わせて頷く私と古川さんであった。
三浦「坂本、あともう1つだけ言っておく。オシャレなアウトドア雑誌とか読んでるけど、高ピーが好きなのは海釣りだからな。船に乗ったりとか。お前、三半規管、弱いって言ってただろ」
私の心の声(何、海釣りって?船?舟唄じゃん。。)
村の中では賛否が分かれていた。三浦さんは、むしろ過保護で、とにかく私が傷つくことを心配してくれていた。高橋さんにも「坂本はまだ若くて何もわかってないから、もてあそぶな」みたいなことを言ってくれていたらしい。だけどやっぱり、みんなでご飯を一緒に食べに行くくらいを反対する理由にはならない。そんな訳で、そのメンバーでたまにご飯に行っていた。古川さんは腰が悪くてアウトドアはできなかった。なのでボーイッシュ作戦の協力はできなかった。あすなろ会にも相変わらず、誘われていた。三浦さんが心配するのも無理はない。酒田さんなんかは「最終的には坂本さんを選ぶ気もするけどな。だから俺たちが口出しすることじゃない」という意見。
8月。高橋さん、直属の先輩、いろいろおもしろくなかった。猿岩石のヒッチハイク企画に励まされ、イタリア語を習い始める。英語以外に何か語学ができれば売りになると思っていた。でも、
これは思い違いで、「売り」が必要なのは、あくまで新卒採用の場合のみ。転職の場合は即戦力を求めているので、イタリアに関係した仕事でもない限りは、英語の方がよっぽど仕事が見つかる。だが、そのことに気づくのはもう少し先の話。例の、英語も習っている、いろいろな国の言葉を教えている教室で習い始めた。先生はマリオ先生。だがしかし、イタリア人というのはテキトーで、3回に1回くらい、すっぽかされた。すっぽかされる度に、教室が、おわびに英会話の無料チケットをくれるので、もともとの英語の授業、イタリア語の授業、チケットの分、とマリオ先生のおかげで、スケジュールが語学レッスンであふれていた。同じクラスにはイタリア料理のシェフもいて、先生と(坂井ちゃんも誘って)食べに行ったりして楽しかった。
そんなある日。高橋さんが結婚するという噂が流れた。
酒田「相手、坂本さんじゃないよね?」
私「え、私?」
心配そうにツッコむ坂井ちゃん「違うよ、くみちゃん。。」
その日は飲み会があったのだが(高橋さんはいない)ついつい飲みすぎてしまった。2次会は部長行きつけのスナック。酔っ払った私は、つい、今の気分にピッタリな「ラブイズオーヴァー」をカラオケで選曲してしまった。(難破船にしなくてよかった)
カラオケにありがちな光景。イントロが流れてタイトルが出る。
「お、ラブイズオーヴァー、いいね~、誰誰??」
「え、坂本。。」(事情を知っている人たちは、凍りついていた)
私「ラブイズオーヴァー、かなしいけれど終わりにしよう、きりがないから~」
歌い始めたのだが、お酒が入っているので、突然、泣けてきてしまった。他のお客さんもいるのに。。
私「・・・・」
当然だが、音楽は続いている。そこへ、状況を察したスナックのママさんがやってきて、私と肩を組んで歌い始めた。
ママさん「私はアンタうぉー、忘れはしないぃーー」
ママさんの力強い歌声。「YAH YAH YAH」みたいになっていた。肩を組んで「ラブイズオーヴァー」を歌う人もあまりいないだろう。
他のお客さんたちはホッとして「あの子、きっとふられちゃったんだね」という訳知り顔で見守っていた。スナックにはよくある?風景。
歌い終わって、私に水をくれるママさん
「誰?この子にこんなに飲ませちゃったのは??」
会社のみんなの心の声(誰も飲ませてません。坂本が勝手に「一人酒、手酌酒←酒よの歌詞」しただけです・・・)
店の中には、明るい歌でも歌いましょうか、という空気が流れていた。ウルフルズの「ガッツだぜ!!」とか。ママさんは店の中を動き回りながらも、私のことを気にかけてくれていた。
ママさん「生きてれば、いろいろあるわよね」
夜の世界の人って、あったかい。私も占い師として、この時のママさんみたいになれたらいいな。
「自作自演ww」
これは、私の話をきいた、博美(ひろみ)の言葉。博美は小学校の頃からの親友。「自己紹介のかわりにパート1」にも出てきた、何でもできる子。大学生の頃は、某体育会運動部のマネージャーに専念していて、たまにしか遊んでくれなかった。社会人になってからは、よく一緒に飲んでいた。だけど、会社のグチや高橋さんの話をすると「つまんなくなった」と言われた。博美には、私が小さくまとまろうとしているのが、つまらなかったのだろう。
小学生の私は確かにおもしろかった。まあ、頭に体がついてこなくて、いろいろやらかしてたっていうだけだけど。給食を食べるのが異様に遅くて、見かねた先生に「坂本さんは、配り始めたら一番最初にもらいに行って先に食べてていい」と言われ、先に食べることにしたのだが、
恥ずかしいので、わざと明るく振る舞って「今日の給食は揚げパンか~、お~いし~い!」とか食レポみたいなことを言ってたら、ウケてしまったり。(給食を食べるのが遅いという理由で、放送委員はクビになった。お昼の校内放送が主な仕事だったので)
一方、大人になってからの博美は酒とバイクが趣味で、私の新しい作戦、ボーイッシュを完全に極めている。見た目は白ウサギって感じなのに。普段は優等生で仕事はパラリーガル。ちなみに彼女はこの5年後くらいに突然、美大に行くと言い出し、授業料も全部自分で払って、今ではデザイン系の仕事をしている。彼女の方がよっぽど、とんがっていた。小学校の休み時間、みんなは外で遊んでいたのに、よく2人で音楽室とかに隠れて過ごした。私は単純に、運動神経がないし虚弱だったから外で遊びたくなかっただけなのだが、博美は「子供は元気に外で遊ぶもの」というオトナたちの価値観の押し付けに反抗していた。私は仲間がいてラッキーだったという話。
スナックの顛末は、おもしろかったらしい。「自作自演」というのは、絶対、泣くとわかってるくせに「ラブイズオーヴァー」を選んじゃうあたりが私らしいという意味。博美には「ラブイズオーヴァー」を選んでさ、というフリの時点で、もうこの展開はよめたらしい。だけど、博美にとってはオチがわかっててもおもしろいコントなのだ。小学生の私は泣き虫だった。クラスに1人はいる、注射が怖くて泣く児童だった。想像が膨らんで泣いちゃうあたりが、博美にはおもしろくてしょうがなかったらしい。博美には、ない発想で。
博美がつまんなかったのは、高橋さんとうまくいきそうで、変にカッコつけてる私だった。
会社、辞めようかな。
お茶当番も、女の先輩たちのお説教も、うんざりだった。いつも同じグチをきかせて、博美に、つまんないとか言われている自分にもうんざりだった。
もう自分の涙になんか酔わない。(←「夢見る少女じゃいられない」の歌詞)
実は、某イタリア語教室がやっている「女性のための料理留学」という企画を見つけていた。思い切って申し込む。まだ料金を払うまでには猶予があるが、時期が決まっているので、会社を辞めなければいけない。2ヶ月強なので、長期休暇をとれば行かれなくはないのだが、長期休暇などという概念はうちの会社にはない。むしろ、辞めるための口実が欲しかっただけ、とも言える。心の中のテーマソングは、安室奈美恵の「Chase the Chance」
夢なーんて、見るもんじゃない、語るもんじゃない、叶えるものだから♪
夢は見るものではない。自分で叶えるもの。
決心が揺らぎそうな時には、この曲をきいて(カラオケで歌って)自分を奮い立たせた。(真ん中のラップみたいなところ「楽しまなきゃ生きてる意味がない~」も練習した)
その8月に「BODY AND SOUL」でメジャーデビューしたのが、同じく沖縄出身のSPEED。元気いっぱいで、圧倒的な陽のオーラ。自分の周りがくすんで見えた。今の時代は、これくらい歌って踊れる子はそれなりにいるけど、とにかく当時は新しかった。ヒロコにいたっては私の一回り下という若さはちきれるグループ。だけど実力派。カッコいい。(私とは人生グラフが全然、違いそう。)彼女たちに、だいぶ励まされた。湿度ゼロの彼女たちの歌とダンス。先輩たちは陰湿すぎる。これは是非の問題ではなく、そういう時代だったのだと思う。もはや戦後ではない。高度経済成長期でもない。「おしん」とか演歌とは違う世界観を世の中が求めていた(もちろん新しいものを求める動きは、若者の間では前からあったけど、紅白の「トリ」レベルの話)。SPEEDも、若い女の子たちだし、もちろん本人同士はいろいろあったんだろうけど、歌番組とかで「ケンカします」と正直に言ったり、SMAPも「プライベートでは一緒に遊ばないです」って言ったりするのが、わたし的にはカルチャーショックだったというか、新しかった。「いつも笑顔でみんな仲良し」という博美が抗っていた幻想、価値観の押し付け、が崩れた時代だった。自由な時代とも言える。先輩たちとうまくやれない自分に対する罪悪感が少し薄れた。彼女たちと私では状況が違いすぎる。彼女たちは就職活動の時に自分の存在価値について悩んだりしてない(ちなみに私がもめたのは主に私が入社当時5~6年目くらいの、バブルの頃に入社した人たち。前の時代の最後の方)。相手の状況を思いやれない人たちに、無理に笑顔を見せる必要なんてない。
結局、高橋さんが結婚するという噂はガセだった。あすなろ会も続いていた。「浮気はしないから2人では遊びに行かない」と言いつつも「彼女と別れたら遊んでやる」とか「彼女と別れないとも限らない」と、思わせぶりなことを言っていた。私にとっては抜け出せない底なし沼だった。精神を病みかけていた。だからせめて会社だけは辞めようと、辞表を出すタイミングを探り始めた。
10月。猿岩石は無事にゴールした。
坂井ちゃんに「サバカレー」をもらった。これは、坂井ちゃんがみていたドラマ「コーチ」の中に出てくる商品。「コーチ」は主演:浅野温子。主題歌は同じく主演:玉置浩二の「田園」。あの頃は「え、サバ??」と思ったが、それから30年近く経つ今、サバ缶は、ツナ缶に匹敵するくらい大人気である。
夏子に誘われて、夏子が通っているアウトドアショップで知り合った男の子がバイトしている店へ。その子はバーテンをやっていた。お店はすごくオシャレで、カクテルをつくってもらったりして、なかなか楽しい。そこへたまたま、アウトドアショップのオーナーさんが彼女をつれてやってきた。「クリスマスパーティがあるんで、よかったら来てくださいよ。ウィンタースポーツも、ありますし」
12月。そんなわけで、クリスマスパーティに行ったのだが、例のオシャレな店を貸し切りで、私にとっては何もかもがオシャレ。いつも、おじさんたちと行くスナックとは全然違った。いつもなら気おくれしそうだが、その日の私は、髪形や洋服、メイクが奇跡的に噛み合って、「キレイなお姉さん」風の仕上がりになっていた。
「こんにちは。へー、夏ちゃんの友達なんだ。よろしく」
かっこいい、明らかに年下と思われる男の子たちに声をかけられる。頭の中で響く「LA・LA・LA LOVE SONG」。「まわれ、まーわれ、メリーゴーラウンド」まさに、あのイントロのキラキラした感じ。
「年下かー」
私の目の前には無限の可能性が広がっていた(正確には、広がっているように感じられた)。社会人ともなると、魅力的な人はほとんど結婚してるし、行き詰まりを感じる日々だった。そのアウトドアショップは大学生のアルバイトを使っていて、その子がまた友達を呼んで、という感じで、かっこいい子が結構いた。かっこいいというのは、顔立ちだけのことではなく、服装とか話し方とかいろいろオシャレという意味。これは盛っているわけではなく、この話のオチは..男性は似たタイプとつるむことが多いので、かっこいい子というのは、いろんなコミュニティにまんべんなくいるわけではなく、いるところには、ごそっといる、逆にいないところには全然いない、という話。
2次会はカラオケ。誰かがSMAPの「青いイナズマ」を歌っていた。私には、まさにイナズマだった。
「やー、かっこいい。」
会社にはSMAPを歌う人なんていなかった。テレビで「青いイナズマ」をみた時も、中居君のジャンプにシビれた。若い頃の中居君。中居君のジャンプに新しい時代を感じた(今、YouTubeで探しても、「青いイナズマ」はいっぱいあるけど、中居君のジャンプの映像はないなー。私の体感だと3mくらい跳んでそうなカッコよさだったんだけど。青い衣装の頃)。中居君とキムタクは私と同い年。その彼らが若者たちに愛されている。女の子に人気があるのは当たり前だけど、男の子たちも盛り上がっていた。その後、「SHAKE」を歌ったり、女の子は、PUFFYの「アジアの純真」とか「これが私の生きる道」とか。会社の人と行く時と全然、違う。「聖母(マドンナ)たちのララバイ」は、やめておいた。もちろん、「ラブイズオーヴァー」も。。
それから1週間後くらいに辞表を出した。かなり勇気は必要だったけど。高橋さんのことも断ち切れそうな気がした。いや、断ち切らなければ。