テーマ3 : キャラっていつ決まるんですか?
1993年。今振り返ると巨大建造物の完成(開業)の多い年だった。計画され完成するまでにはそれなりの時間を要するので景気とはタイムラグがある。レインボーブリッジ、横浜ランドマークタワー、福岡ドーム、ザウス、八景島シーパラダイス。
ドラマ「高校教師」など、世の中は何となく暗い雰囲気だった。「物事には終わりがある」という簡単なことに気づけない大人が多すぎたと今では思う。バブルは弾けるに決まっている。そのことがわかっていれば、浮かれすぎることもなければ暗くなりすぎる必要もない。その振れ幅をもろに食らってしまった私の青春時代。「磯野家の謎」などという本が流行ったのも偶然ではないのかもしれない。永遠に歳をとらないサザエさん一家。
流行語が「インターネット」と「リストラ」というのも今振り返れば、何だかな、って感じ。その後、極めて一般的に使われる単語たち。時代の境目。
さて私は。春。伊勢谷さんたちの卒業式の夜。伊勢谷さんは、私が伊勢谷さんを好きなことは気づいていて、私と接する時はいつも何となく身構えるような感じだった。両想いだったらとっくに告白されてるだろうし、もこみちさんの言葉を借りれば「キレイな思い出」で終わらせるべきなのだろう。特に何事もなく先輩後輩の1人として1日を終えた。
その帰り道。駅の近くでクラスのドリカム野郎カップル(1991参照)の彼氏の方と偶然、会った。このカップルは最終的には結婚して幸せになるのだが(だからエピソードを使わせてもらうのだが。彼らにとっては大昔の、ちっぽけな話)、付き合い始めは女の子の方がとにかく男の子のことが好きで好きでアタックしまくって、男の子の方は何となく流されるかたちで付き合い始めた。正確なところは知らないが、私にはそういう風に見えた。アタックの過程で「みんなでおでかけ」に何回か付き合わされたのだ。う~。実はそこで、酔った私はあとあと仲間うちで笑い話にされるめちゃめちゃ恥ずかしい一言を発することになる。
私「私と彼女どっちが好き?」
ドリカム野郎「はい???」
ああ、あの頃の私の語彙力のなさよ。。私が本当にききたかったのは
「彼女がよくて私や他の子じゃダメな理由は何か。男の子が女の子を選ぶ時の決め手は何か。アタックしまくれば男の子は好きになってくれるのか」的なこと。だって伊勢谷さん、彼女いなかったし。あーだけどドリカム野郎の、そこで「彼女」と即答しない、あざとさよ。
上田「お前、何言ってんだ?馬鹿じゃねえの??帰るぞ」
そこにあらわれたのは私の次の片思いの相手、上田君。上田というのはジャニーズのKAT-TUNのチャンカパーナを踊らなかったあの上田君のイメージ。そんなわけで、私はそれ以上、恥をかかずにすんで帰った。ちなみにドリカム野郎は後日、「こんなことを坂本に言われちゃった」と単なる自分のモテ自慢として彼女に語ったそうだ。私が更にその彼女に、その話をされたことは言うまでもない。ただ彼女は気の強い子で「私に決まってるでしょ」的なテンションだったので、申し開くチャンスもなかった。もし今読んでたら、そういうことなんで。邪魔したいとかそういうことではなかったです。はい。
どうやら男というのは女とはまったく別の生き物らしいということをようやくわかり始めた1993年の春。伊勢谷さんの卒業と一緒に私は少女マンガから卒業した。それにしても今(2022年)、LGBTとかSGDsとかいろいろ単語が流行っているが、「違い」を「間違い」と呼んではいけないとか、男だから女だからという決めつけはいけないとか、内面や本人の希望や個性を重視しようという話よね?基本的には男と女は、やはり違う生き物だ。そこから目を背けるべきではない。公園で小学生の女の子とおっさんが同じトイレを使うのが本当に正しいことなのか?まさかそうはならないと思うが、最近の世の中は本当に意味不明なところがある。
上田君。私とは同学年の男の子。同性ウケはとにかくよかった。先輩からもかわいがられていたし後輩にもカッコイイと思われていた。同学年の子とも、みんなとうまくやっていた。友達もいっぱいいた。サークルの価値観に支配され、私が男性を見る上での最重要ポイントが「同性ウケ」の時期がしばらく続く。ただ彼はデリカシーがないので女性ウケは、あまりよくなかった。でも、それも「あの人は本当はいい人なの。それを知っているのは私だけ」的な感じで、マイナスにはならなかった。
4月。私たちは3年生になった。2年生の秋から3年生の夏まで、その学年が部長、副部長をやったりしてサークル全体を仕切る。うちの学年の男の子たちは誰にでも分け隔てなく接する子が多かった。「ひとつ屋根の下」の影響か、福山さんに憧れている男の子もいた。福山さんも同性人気がある。1年生はノリのいい子が多いからか分け隔てのない雰囲気がよかったからか、いつもイベントには全員参加でとにかく賑やかだった。これは一体、何なのか。うちのサークルがたまたまなのか、時代の境目なのか。それまで女性たちは、悪く言えばお高くとまっているというか、誘いがあっても仲良しグループ単位で「どうする?」みたいに値踏みする感じだったのだが、1年生たちは迷うことなく「参加しま~す」というノリだった。やっぱり時代だろうな。バブルは弾けたが、下を見ればコギャルたちは勢いがあった。私たちは谷間の世代。6月にはTRFの「EZ DO DANCE」もリリースされ、小室時代も始まっていたし。
私も上田君に会いたさに、サークルに全参加した。上田君も副部長だったので、ほぼ全参加。好きな人に毎日会える。それはそれで幸せだった。が、、、
例えば、ある飲み会の前の日。雑誌をみると
「ボディタッチで男性を落とす!偶然かな?もしかして?相手をドキドキさせよう!」
みたいな記事があった。
飲み会当日。靴を脱いで上がるような店。お、上田君の隣があいている。早速、実践!幸い、その日は部屋の大きさの割に人数が多かった。つめてつめて。満員電車のように上田君の体にわざと自分の体を密着させる。
上田「あのさ」
私「何?」
上田「さっきから、太ももが触ってて気持ち悪いんだけど」
はー--??
た、確かに雑誌に書いてあった通りを実践はしたけど、部屋も狭いんですー!!痴漢冤罪のオバハンかー--!!!
と、痴漢冤罪に遭わないように気を付けている若者のように、意地でも触れないように体を硬直させましたとさ。とかまあ、そんな毎日だった。。こんなタイプを好きになってしまった自分が悪いんです。はい。他の女の子たちからも同様の被害報告が上がっていたので落ち込むことはなかった。
だけど、また別なある日の飲み会。
「上田と久美子ってお似合いじゃね?付き合っちゃえば?」
こういう、いじり方をするタイプがうちのサークルにもいた。でも私が思うに、こういういじり方をされる男女が本当に付き合うことはまずない。星野源とガッキーが結婚した時、週刊誌やワイドショーが意外とノーマークだった理由が「どんぎつね」の存在だったように。
上田君はその場では
上田「よし、じゃあ付き合うか。」
みんな「おー! おめでとうー!」
などと、みんなを盛り上げていた、が、飲み会の後、
マジメな後輩「ほんとに久美子さんと付き合うんですか?」
上田「な、わけねえだろ。だってマーライオン(1992参照)だぜ、あいつ」
ガーン。マンガにした方が伝わりそうなシチュエーション。
「マーライオンだぜ、あいつ」「マーライオンだぜ、あいつ」「マーライオンだぜ、あいつ」
↑脳内でエコーしているイメージ。過去ってなかなか消せない。。
だけど、強くなった今思えば。
なんでそのことを知らない後輩に言うんだよ!!!過去は過去だろうが!!!
とはいえ当時のお年頃の私はシュンとしながら家に帰ったのであった。
もう1つ今思えば。よく飲み屋で違うサークルの人と隣同士になり、3年生ともなると顔も広いし、知り合いがいたりで一緒に飲むことになり、お約束として「この中だったら誰と付き合いたい?」という話になった。その時、これは断じて盛っていないのだが、私の名前を言われることが1~2度あった。まあ、一番ビックリしたのは本人だが、これこそが私が世の中の保田圭キャラたちを励ましたい内容の1つ。つまりコミュニティによってマドンナに求めるキャラというのは若干違うということ。あと仲間同士の場合だとバカにされそうで本音を言わずに無難な、みんなが言いそうな人を挙げる場合もある。
コミュニティの価値観というのは、その中で強く発言する人に引っ張られる。つまりうちのサークルは面食いで若干ロリコン。お笑い芸人に近いノリの集団だったので清純で気がきいて誰に紹介しても恥ずかしくないタイプを好む。自慢できれば、なおよし。蒼井優みたいな。だけど、世の中のみんながみんなそういうタイプを好むわけじゃない。お色気系が人気のサークルもあった。
だが、うちのサークルの場合、
「えー?マーライオン???趣味わる。。」
だーかーらー、今だったら、風評被害だか名誉棄損だかわかんないけど、なんかその辺で訴えてやる。保田圭も結婚して幸せになってるし。ともかくその頃は、潰されて終わった。貴重な機会だったのに。2クラスに1人いるかいないか(1回クラス替えをしないといけないくらい)の確率。2人とも感じのいい子だった。彼氏ができそうな、せっかくのチャンスを。イメージやノリというものの恐ろしさを痛感した大学時代。
でも、3年生ともなると、もうコミュニティを移ることもできない。
上田君もそうだし、つるむタイプの男性って、やや子供っぽい。1人1人は悪い人じゃないのだが、この「集団」が性質(たち)が悪かったりする場合もある。北澤君もそうだし1年生の男の子でも、大人びていて悪ノリを好まないタイプは、うちのサークルとは合わないとやめていった。そうは言っても、ノリがよくていつも楽しそうな感じは、それはそれで魅力的である。お笑い芸人のチーム芸とか。会社組織もそんな感じのところがある。
余談だが私の少し年下、国民的美少女「ゴクミ」こと後藤久美子はラジオに出た時「日本の男の子は子供っぽくて魅力を感じない」という発言をしていて、そんなこと言っちゃって大丈夫??と思ったが、本当にフランス人に見初められていて、すごいなーと思ったのを覚えている。だが、それはもう少し後の話。そんなわけで私は相変わらず彼氏ができないままだった。
夏。渋谷の化粧品屋でバイトをした。その化粧品屋は資生堂とか各メーカーの人たちが出向してきてて説明したり売る仕組み。メーカー同士はライバルだしメーカーそれぞれにノルマもあるし、結構シビアな世界だった。みんなキレイはキレイなんだけど。私はお店に雇われていてレジとか各メーカーさんのお手伝いとかそんな感じ。お店に雇われているのは私ともう1人。その子はX JAPANのファンで髪は赤、爪は黒だった。今思えばhideのファンだったのかな?社長はおじいさんで派手な子が好きでその子のことを気に入っていた。エピソードとしては某メーカーが、当時はまだ新しかった、はがすと毛穴汚れがとれるパックを売り出してバカ売れしていた。そのパックを売る時は収れん化粧水といって、毛穴を引き締める効果のある化粧水を必ず売るように言われていたのだが、トークがうまくいかなくて売り損ねてしまった。それをメーカーの人に伝えると「ちょっとどうするのよ!あのお客様の毛穴、開きっぱなしよ!」と怒られたり。
その夏はサザンの「エロティカセブン」、ユーミンの「真夏の夜の夢」、井上陽水の「Make-up Shadow」が繰り返しかかっていた。どの曲も妖しい。そんな夏だった。冷夏で雨も多かったし。「エロティカセブン」はフジの「悪魔のKISS」というドラマの主題歌だが、常盤貴子がその中でお美しいお胸を披露していた。彼女サイドでは黒歴史らしいが。ドロドロなドラマで1993年という年を語るにふさわしい内容。深津絵里も出てた。深津絵里と言えば赤い口紅のイメージ。このドラマよりは全然、前だけど。JRのCMの時か。
私自身はドロドロした街を横目に、平和に化粧品を売っていた。バイトを辞めたのは、当時まだお給料は現金を手渡しで(もうだいぶ時代遅れではあった)それがまあまあ遅れがちだったから。バイトをしててよかったのは、試供品をもらえたので化粧品代が浮いた上に新しいものをいろいろ試せたこと。シャネルやディオールは、まだ海外旅行のおみやげだった時代。
弟が悪い友達と付き合うようになって母親がイライラしていた。父親は頼りない。どうしても私の人生をトレンディドラマにしてくれない私の家族。うちの学区の中学はとにかく荒れていた。親が私を私立に入れたがったのはそれもある。弟もそうしたかったのだが、男の子だしそこまで力を入れなかったらうまくいかなかった。
友達のT君はよく姿が見えなくなった。「ああ、あいつ今、別荘(少年院)に行ってる」とか。うちの弟は法はどうにか犯さずにすんだが、煙草で停学を食らうくらいはあった。
学校で
父親「もう二度としません。今度やったら退学で構いません。」
家で父親に
母親と私「何、バカなこと言ってんのよ。かっこつけやがって。またやるかもしれないでしょうが!」
男の子の母親や姉はどうしても強くなってしまう。
友達のT君エピソードとしては、ある日、地元の電車に乗るとドアの両脇の棒のところのスペースに狛犬のように2人、輩(やから)が不良座りをしている。
子分「何見てんだよ!」
私(やばい。目を合わせてしまった。。どうしよ。おまわりさーん。)
T君「お姉さん!」
私(へ?!?!)
私「T君?」
T君「お久しぶりっす」
子分にT君「お前、お姉さんに何て口のきき方をするんだ!」
車内中の注目を浴びたことは言うまでもない。。
ちなみに弟もX JAPANが大好きだった。そう。X JAPAN。私のストーリーのパート1は1998年から始まっていてジャニーズ好きの私はカウントダウンにも触れたが、その前年まで東京ドームで年越しをしていたのが、まさにX JAPANだったのだ。どこかで触れたかった。東京ドームは都会の真ん中なので「感じてみーろ、X !」でみんながジャンプするのが地震みたいでNGになったらしい。
さて、サークルの話に戻ると。その年は本当に雨ばっかりだった。毎年、同学年の子たちと海に行くことになっていて、その年は上田君も一緒だし、かわいい水着とかワンピースとかビーチサンダルとか、いろいろ揃えたのに、結局、海水浴はできなかった。上田君の車に流れていたのはZARD。
夏合宿。なんと上田君の班になった。それだけで、もしかしたら?と期待してしまった。だけど夏合宿も雨ばかりで、結局、班練は1日くらいしかできなかった。
もちろん結果的に何もなかった。モヤモヤしたのは班のメンバーの1人、岩田ちゃん。1年生の女の子で、ちっちゃくて、どんくさくて、かわいいけど少し地味な感じの子。どうも、その子が上田君のお気に入りらしい。
上田「岩田、がんばれ!」
3年生の女友達「え、何?? あんな優しい上田、見たことないんだけど」
伊勢谷さんの「スクールウォーズ」ごっこのマネというよりは、猫好きが猫を愛でるような優しい目。上田君に、あんな引き出しあったんだ。。ちなみに上田君は普段が普段なので、ちょっと優しくするだけで女子にギャップ萌えされるという得なところがあった。私もかつては岩田ちゃんのような感じだったんだけどな。岩田ちゃんに、かつての自分を重ね合わせ、モヤモヤしながら夏合宿から帰った。マーライオン。なんでそうなっちゃったんだろ。まあ、原因は薄々わかっている。あのマーライオン事件1回でマーライオンになってしまったわけではない。私はコンプレックスの裏返しなのだが悪目立ちしたがるところがあった。みんなが楽しくエピソードトークを重ねているのに、わざと過激なことを言ったり、ゲームをしている時もウケを狙おうとしてわざと失敗したり。売れないタレントが、前へ前へ出ようとして先輩たちにダメ出しされるやつ。でも、そうでもしないと誰も私のことを見てくれない。
秋。同学年の子たちは、誰までが秋の団体戦のレギュラーになれるかでピリピリしていた。「キレイなテニス」か「勝つテニス」か、とか。私は下手くそなので、候補にもならないレベルで、まったく関係なかった。団体戦が終わると2年生に世代交代となる。上田君とも前より会えなくなった。私は悪目立ちをやめた。と言うより3年生も後半になるとサークルへの参加も減るし、参加しても3年生の女の子同士で、かたまって世間話をして帰っていくというノリ。盛り上がろー!という感じではなくなる。若者特有の「楽しそうにしてなきゃ」プレッシャーがなくなって、肩の力が抜けた。
その年の秋のドラマと言えば、何と言っても「あすなろ白書」。上田君も「あすなろ会」をつくろうと騒いでいた。「あすなろ会」か、、「スクールウォーズ」よりハードル高いなあ。。私の役あるかな?「あすなろ白書」はキムタクが最初で最後?の超豪華当て馬役だったことで有名。メガネの取手君の「俺じゃダメか?」にテレビの前で「ダメじゃないです」と思わず返事をしてしまった人も多いことだろう。だけど、なるみが選ぶのは筒井道隆演じる掛居君。あの頃はインテリタイプよりスポーツマンタイプの方が人気があった。細かいことにこだわらない男らしいリーダータイプ。ドリカム野郎の彼氏がまさに掛居君タイプだったような。ただ掛居君は来る者拒まずで、取手君の方が一途なイメージ。ちなみに私の最初のストーリーの彼氏、藤井透は月9ヒロインが選ばない方というキャラ設定。最近ではドラマツイッター仲間と一緒に「当て馬」と呼んで応援しているキャラたち。当て馬キャラの方が絶対幸せにしてくれそうなのに、なぜヒロインは違う方を選ぶのか。そしてそんな掛居君を思っている人がもう1人。西島秀俊演じる松岡君。若き日の西島さんもかっこよかった。BLもまだ新しかったし。主題歌は藤井フミヤの「True Love」。いい曲。1993年が浄化されていった。
12月。就職説明会。昨年あたりから大変になったとはきいていたが、まったく危機感を感じていなかった。というより何も考えていなかった。飲んだくれていたキリギリスに突然、冬が訪れた。