テーマ2:「付き合う」の定義って何ですか?
1992年。相変わらず人気の鈴木保奈美は今度は唐沢寿明と「愛という名のもとに」というドラマをやっていた。フジらしいオシャレな青春群像劇のようでいて、脚本が野島伸司なので衝撃的な展開もあり。。
共学の4年生大学に通い、テニスサークルに所属して日々を送る私の目指すのもまあ、そんなところ。鈴木保奈美のファッションをマネしてみたり。でも私は、どちらかというとチョロに近いキャラなのであった。ちなみにアニータで知られる、青森県住宅供給公社横領事件が発覚するのは2001年だが、チョロとは比べ物にならない金額である。死んじゃいけない、ほんとに。
伊勢谷さんは4年生の卒業に関するイベントには顔を出すようになったが、特に発展はなかった。そもそも伊勢谷さんの憧れの先輩というのが卒業していったのだが、その人は美人秘書タイプ。今で言うと菜々緒ちゃんみたいな感じ。菜々緒ちゃんとチョロじゃ、違いすぎる。
春、1年生が入ってくると、それまで1年生ということで辛うじて構ってもらえていた私は、まったく構ってもらえなくなり、サークルにはあまり参加しなくなった。伊勢谷さんが就職活動でサークルどころではなかったから、というのもある。
「素顔のままで」というドラマに、明菜ちゃんが、なんだか、やさぐれた感じの役で出ていた。主題歌は米米CLUB。同じ男を明菜ちゃんと安田成美が好きになるのだが、男が選ぶのはしょせん安田成美。。
そんな6月、悲劇(喜劇?)は起こった。その日は伊勢谷さんのテニスの試合の日だった。うちの大学はサークル同士で春は個人戦、秋は団体戦のテニスの試合を開催していた。伊勢谷さんは勝ち抜いていき、3回戦くらいだったと思う。だけど、相手が強くて負けてしまった。
「今日は飲むぞ~、みんな付き合え!」
ということで飲み会になった。これはチャンスかも?だが、伊勢谷さんと同じテーブルには座れなかった。6月は私の誕生月。その日は20歳の誕生日の次の日とか、そんな感じだった。で、なんとなく同じテーブル
の先輩や友達にそのことを話すと、
「よーし、今日は俺たちが祝ってやる。歳の数だけ一気(飲み)だ!」
ということになった。ほんと、大学生ってヒマだし、ロクなことしない。だけど、それなりに嬉しかったし、のせ
られてしまった。小さいコップにビールを軽く注いで1杯目。
「1歳の誕生日、おめでとう!」
と、みんなで乾杯。飲み干すのは私だけ。2杯目、3杯目、4杯目、5杯目、6杯目、
「小学校入学、おめでとう!」
やっぱり、自分が主役というのは悪い気はしない。特に最近、みんな1年生のかわいい女の子を狙うのに忙しくて、あんまり構ってもらえてなかったから。。矢継ぎ早という感じではなく、その後、別の話題で盛り上がり、話が途切れるとまた、
「そろそろいっときますか? 7歳の誕生日、おめでとう!」
みたいな感じ。すっごく楽しい。視界に伊勢谷さんもいるし。伊勢谷さん、昨日は私の誕生日だったんですよ~。だけど、小学校を卒業したくらいで、ぐったりして動けなくなってしまった。そりゃそうだ。。うう、気持ち悪い。。
それからしばらくして、
「久美子、久美子、動ける?そろそろ電車もなくなるし、みんな帰ろうって」
と、友達に声をかけられる。お願い、動かさないで、、気持ち悪い。。トイレ。。だけど、お酒を限界まで飲んだのは、その時が人生初めてで(それまでも、ビールをコップ1杯とか缶チューハイ程度は飲んでいた。今より世の中も厳しくなかったし。てか飲酒は18歳からに法改正した方が理にかなっている気もする)、どうすればよいのかわからず、両脇を抱えられて店の外に出たところで、、マーライオンになってしまった(ゴジラとも言える。実写ではモザイク要。わからない人は画像検索で)。
「キャー、ちょっと大丈夫??えっと、どうしよ。。」
みんながあたふた。だけど、一瞬、正気に戻った私の視界に入ったのは、遠くの方で苦笑いしながらこちらを見ている伊勢谷さんだった。結局、酔い潰れて動けなくなっている私を友達がタクシーで家まで送ってくれたり、汚したところを片付けてくれた友達もいたり、伊勢谷さんの言う通り、仲間って本当に大切。後日、お世話になった友達にお礼を言ったが、みんな怒ってなかった。男の子なんかは
「よくある話だよ」
と言ってくれた。
「ありがとう。だけど落ち込む。私、好きな人の前でゲ...」
「ドンマイ(笑いをこらえている)wwwwww」
まあ確かに、男の子なら割とよくある話だったかもしれないけど。。
時代はまだアイドルはトイレに行かない時代の終わり頃。聖子ちゃんもダンナさんの前でオナラをしたことがないとテレビで言っていたような。。女の子はキレイであるべきなのだ。ああ、立ち直れない。翌日はショックで学校を休んだ。
だけど、人間は、そんなことくらいでは死にもしなければ世界も終わらない。そうやって人は強くなっていく。
このエピソードで学んだ人生訓は2つ。1つは「お酒はほどほどに」という、ありきたりなもの。そして、もう 1つは「世間(特に若者)というのはイメージで人を見る。一度ついてしまったイメージを変えるのは結構、難しい」ということだった。マーライオン事件までは、私は、ただ細くて(その頃は痩せていた)、弱っちくて、地味なだけの女の子だったのだが、そこに「残念な人」というイメージがついてしまった。モー娘。の保田圭みたいな。。(まあもっとも、アイドルグループの残念と一般社会の残念ではレベルは全然違うが。)美人でさえ残念キャラの人というのは、たまにいる。女芸人、山﨑ケイが「ちょうどいいブス」というコンセプトを打ち出してくれるのは、まだずっと先の話。確かに「残念美人」より「ちょうどいいブス」の方がモテそうだ。1992年に、この概念があったなら。。
うちのサークルは、かわいい子の多いサークルだった。CAになった人も5~6人いる。前出のありささんは分類で言うと「あざとカワイイ」系。ただし、裏表はなく、もとがそこそこカワイイのに更に、こういう風にやったら女の子はかわいいんだろうな、ということをすべてやっている努力の人でもある、という意味。ありささんと言えば、サラサラの髪からシャンプーのいい匂いがしているイメージ。だけど、そんな彼女も人気No.1では、なかった。「あざとカワイイ」の最大の天敵は、何と言っても「天然」だろう。結局は「天然」が持っていくのだ。(とは言っても別にアイドルグループではないので、仲は悪くない。私が話のネタに敵と言っているだけ)それと「童顔」。男性は付き合わないまでも、とりあえず「童顔」には甘い。「童顔」は多少ワガママを言っても許してもらえる。(これは男性女性限らずかもしれない。先輩にもかわいがられやすいとか。童顔が得なことは間違いない)
1年生の頃は本田さんに恋し伊勢谷さんに恋し、ありささんをお手本に洋服とか髪形とかメイクとか、すごくがんばっていたのだが、2年生になって周りが見えてくると、、こっちが早起きしてばっちりきめてるのに、この「天然」と「童顔」の2強が寝坊してスッピンで遅刻してきたりする。髪には寝ぐせがついてたり。なのに、そんな彼女たちの方がかわいい。かわいいと、私とは何となく扱いが違う(飲んだ後アイスをおごってもらってたりとか、写真の枚数が多いとか)。世の中の不条理を感じること、この上なかった。
ただ、性格の悪い子はいなかったので、もう純粋にサークルを楽しむことにした。うちはテニスサークルであって、恋愛サークルでもなければアイドルグループでもない。私がみんなの「仲間」であることは間違いないし、女だって、かわいい子たちに囲まれて過ごすのは悪い気はしない。
だけどその年、森高千里が「私がオバさんになっても」という歌をリリースしていた。もし仮に、男の人が自分の容姿だけが目当てだとしたら、歳をとったら捨てられるかもしれないというわけで、美人にも悩みはあるのね、と思ったのを覚えている。女ざかりは19歳とか。。私には逆に、その心配はなかったとも言える。自分が美人だったら、どっちを選ぶだろう?自分の容姿だけが目当てでも、それなりに条件を揃えた人か、平凡でも誠実な人か。最近では福原愛ちゃんが、そんなような理由で離婚していたような。
季節は巡って夏休み。私と夏子は海辺のホテルでリゾートバイトをすることにした。夏子はもちろん、お嬢様なので、お金のためではない。若い時しかできない経験、というやつである。出会いは、あったらいいな、くらい。頭に流れるのは1991年リリース、TUBEの「さよならイエスタデイ」。前田さんが女性の立場になって作詞した歌詞だが「あなたの胸の中で少女を脱いで女になったあの夏」。当時の私と夏子にとっては、何とも刺激的な歌詞である。だけど、問題は2番。
「あれから数え切れぬ男と夜を共にしてきたけれど~」
「数え切れぬ男と???」
「数え切れぬ???」
前田さん、あんた、今までどんな女性を相手にしてきたの??それに、結局、自分が一番でしたって言われたっていう自慢??とツッコミまくったのを覚えている。でも前田さんモテそうだしな。案外、経験談だったりして、と妄想は膨らむ。
私も夏子も彼氏は欲しいのだが、金八先生の杉田かおる、最近だと「14歳の母」、要するに、たった1回、試しにしただけのつもりが妊娠してしまう、みたいな星回りが自分にはあると思っていた。私はテレビや本などの見過ぎで頭でっかち、夏子の場合はお兄さんが、すごく遊んでいる人だったので、男に遊ばれて捨てられないように、という警戒心がものすごくあった。
その時より何年か前、「ノルウェイの森」がベストセラーだった時代。ヒマな女子高生、頭でっかち久美子はマガジンハウスが好きだった。高校生が読むのはオリーブだが、Hanakoやアンアンも眺めてみた。その手の、とんがった雑誌で当時「ノルウェイの森」が、純愛だと、もてはやされていた。もちろん「ノルウェイの森」も読んでみたが、女子校で育った世間知らずの私には何が純愛なのか、さっぱりわからなかった。だけど、その手の雑誌に
寄せられた男性のコメントなどを見る限りで理解できたのは
「男性というのは、本当に好きな人とは簡単に、そういうことはしない/しなくてもよい」
ということだった。夏子のお兄さんと総合すると、そういうことを簡単にする女は遊ばれて捨てられるだけ、ということ。(余談だが、パート1に出てくるヘンタイ富岡さんは「ノルウェイの森」は、男性主人公のテクニック不足と切って捨てた)その辺て2021年現在はどうなんだろ?ネットで見る限りは二極化が進んでいそうな印象。でも、当時サークルにも「やらなきゃ付き合ったうちに入らない」とか「付き合った人数=やった人数」みたいに言っている人もいた。多ければいいってものでもないだろうに。。付き合ってなくても、やる場合とか。。
そんなわけで私と夏子は、夏の海辺にプラトニックラブを探しにきたという何とも奇妙な2人だったわけだが(ジブリ映画みたいな田舎の人たちとの素朴な触れ合いでもよかった)、そんな私の目の前にあらわれたのは、物語用に用意したくらい、いかにもな外見のサーファーの男性だった。日サロに通う人がお手本にするくらいキレイに黒く焼けた肌、背も高く細マッチョ。自分に自信があるのか、海パンは「どうだ」感のある
ビキニ型。目のやり場に困るやつ。(サーフィンをする日はさすがにウェットを着ている。)ホテルの社員。もこみちさんとでも名付けておこうか。
私たちは和食レストランに配属され、もこみちさんはそこのチーフ。仕事は朝と夜の食事のセッティングや接客。前菜からセッティングを始め、お客さんが来たら温かい料理や飲み物を運んだり、片付けたり、といった感じ。朝は早いが昼間は、ぽっかり空くので海で遊んでいられる(本人の体力次第ではあるが)。まかない付き。寮はホテルが借り上げたボロアパート。よかったのはお風呂はホテルの大浴場を使ってよかったこと。このホテルは結構なお値段の会員制高級リゾートホテルで、客層もお育ちのよさそうな人が多く、従業員がお客様用のお風呂に入っているのを見ても「あら、レストランのお姉さんたち。こんばんは」ってな感じで、みんな優しくて「なんで従業員が!」みたいな人はいなかった。まあもっとも、私たちが仕事を終えて入るのは遅い時間ではあった。仕事は忙しかったが、私たちは、一番メインの本館ではなく、ちょっと離れたところにある分館だったので、ほのぼのした雰囲気だった。本館の方はザ・ホテルマンな感じの人もいて大変そうだったが。
若い女性はあまりいなくて、いてもホテルと提携している専門学校の生徒だったので、マジメに研修というかたちで働いていた。あとは近所からパートで来ているおばちゃんとか、カップルでバイトに来ている人だったので、私と夏子は甘やかされた。サークルで心に傷を負っていた私は、白雪姫のいない世界に来た女王様のような気分だった。もこみちさんは見た目はギャル男(当時、その言葉はまだないが)だが、甘えん坊キャラで、ギャップにやられた。まあ、仕事が忙しすぎて疲れていただけかもしれないが。ともかく私たちは仲が良く、じゃれる感じで夏の日々は過ぎていった。やっぱり心の傷には新しい恋が一番。
ちなみに、人気があるのは夏子の方だった。夏子は出会いさえあれば、それなりにモテる。他人のことはあまり話すべきではないが、おもしろネタを1つ。そのレストランで「包丁1本、さらしに巻いて~」といった感じの、さすらいの料理人のおじさんが働いていた。海辺のホテルは夏の間だけすごく混むので、その間の季節労働者だ。冬は、おそらくスキー場にでも行くのだろう。そのおじさんが夏子のことを気に入っていた。夏子の方は、まったくその気はなかったが、東京に帰った後も、たまにラブレターをもらっていて、その手紙というのが筆で縦書きされている紙を果たし状のように巻いてあるもの(しかも、かなりの達筆)だった。夏子の家を訪ねてきたこともあるが、お手伝いさんに事務的にあしらわれたらしい。
そして最終日。みんなでお好み焼き屋でお別れ会。関西人チーム、料理人チーム、昔、テキ屋をやってたチームの3つの鉄板で、どこが一番おいしそうか競い合ったが、圧倒的に関西人チームの勝利だった(私は幸い、そのチームにいた。食べるだけの係。関西人が全部仕切ってくれた。めちゃうまだった。)。その後、厨房に古くなったビールをとっておいてあるので、みんなで浜辺でビールかけをしようということになった。サザンが流れそうな雰囲気。ビールかけ、人生で一度はやってみるべき。楽しかった。だけど、髪の毛がバリバリになる。その帰り。気づくと、もこみちさんの車に2人っきりになっていた。おそらく周りは気を使ったのだろう。
「うわー、髪の毛がバリバリ」
「うちでシャワー浴びてく??」
もこみちさんは職場の近くで1人暮らしをしていた。
「え???」(心臓が口から飛び出そうだった。うわ、どうしよ、、妊娠するーー!!妊娠してボロ雑巾のように捨てられるーー!!)←心の声
「えっと、は??」
「あ、霧が出てきたよ、ロマンチックじゃない?」
そう、道にはなぜか霧が。。昼と夜の温度差のせいだろうか。。だけど、私の天然は
「ロマンチック?どっちかっていうと、丹波哲郎、あなたの知らない世界って感じじゃない?」
と、答えてしまった。
「は?たんば??何??」
まあ、このままどうにかなってしまうことが目的ならば、雰囲気は、ぶち壊しなのだが。。
「で、どうする?うち近くなんだけど」
よし、雰囲気ぶち壊し作戦だ!!
「お魚くわえたドラ猫~追っかけて~」
「え?なんで、サザエさん??」(もうこうなったら車の中で)
いきなり車を止めて私の座席を倒す、もこみちさん。だけど、歌い続ける私。
「裸足で~かけてく~陽気なサザエさん!」(イヤ~、妊娠する~!!)
目と目が合う2人。何だか、山の中で熊と出会った時の対処法っぽい。まあ、肉食獣には違いないが。。
「みんなが笑ってる~!お日様も笑ってる~!」
「・・・・」
だけど、もこみちさんは基本的には、いい人で。。
「みんなのところに戻ろうか」
首を思いっ切り縦にブンブン振る私。で、結局、みんなのところに戻ったのであった。
夏子「あれ?戻ってきた」
翌日。帰る私たちを駅まで送るもこみちさん。私は決して、もこみちさんが嫌いというわけではなく、一応、連絡先を交換したが
私「また会える?」
もこみち「う~ん、どうかな。たまにはキレイな思い出のままで終わらせるのも悪くないかなっていう気がしてきた。楽しかったよ。じゃあ、元気で」
「たまには」という副詞が入っていたのを聞き逃さなかった。「キレイな思い出」という単語もノルウェイの森理論を裏付けているような。。その後、夏子と「やっぱりそういうことにならなくてよかったよ」という話で盛り上がったのは言うまでもない。
後日談。もこみちさんは、できちゃった結婚をしていた。責任はとるタイプのようである。もしあの時、もこみちさんの部屋に行っていたら、どうなっていただろう?と、たまに考える。まあ何もされなかったかもしれないし、慣れた手つきで避妊してたかもしれない。でも私の月の巡り的には危ない時だった。もし、できちゃった結婚なんてことになっていたら、サークルの人たちに何て言われただろう?もこみちさんも、サークルの人が言うところの不良の部類。私もそう言いながらサークルの人たちや親の価値観に縛られていた。だけど1992年、バブルがはじけて時代は変わり始めていた。その価値観の行き着く先なんて「冬彦さん」だったかもしれない。その年の夏に放映されていた「ずっとあなたが好きだった」というドラマで佐野史郎が演じていた有名なキャラ。でも冬彦さんは東大出のエリート銀行員。肩書きだけは悪くない。もこみちさんは、別にナンパしたその日にとか、そういうわけではなく、あくまで、ひと夏一緒に過ごして、彼の中ではそうなるのに十分な時間が経ったのだ。だいたい、女子校とか大学とか私を取り巻く環境には無駄に複雑なものが多すぎる。彼はやさしくて、まあまあかっこよかった。好きな人と何となくそうなって、子供ができれば、彼は適齢期だったし、結婚して幸せになっていたかもしれない。エリート銀行員ほどお給料はよくないかもしれないけど、リゾートホテル勤務だから海とか山とか自然に囲まれて子供を育てるシンプルな人生。ただ逆に、もこみちさんみたいなタイプは、その時の気分がすべてで、「逃げ恥」のハグの日のように決められるのは苦手なようだ。彼は、もちろん 「ノルウェイの森」なんて読んだこともない。
秋。実は5~6月くらいから、もう1つモヤモヤしていることがあった。それは北澤君。1年生の時は、彼の家に電話すると、名乗る前から声をきいただけで「おー、今日はどうした?」という反応だった。それが5月くらいから「どちら様ですか?」と言われるようになった。まだ携帯のない時代。家の電話で、彼の家の電話にはナンバーディスプレイもついていない。要するに、1年生の時は私しかかけてくる女がいなかったが、2年生になって他にもかけてくる人ができたということである。まあ、何のことはない、それ自体はサッカーサークルに1年生のマネージャーの女の子が何人か入ったからで、ただ、いろいろきいて欲しいことがあるというのに、切りたそうなのが伝わってきて、あんまり話せなくなった。
そんな秋の文化祭。文化祭はサークルごとにブースが分かれていて、うちのサークルは豚汁を販売するとか、そんなようなノリ。残念キャラの私はサークルでは、あまり相手にされず、「そうだ。最近、北澤君と話せてなかった。北澤君と飲もう!」と思いつき、北澤君を探しにサッカーサークルのところへ行ったが、いなかった。知り合いがいたので「北澤君は?」と、きくと「あれ?その辺にいると思うんだけど」と言われ、よく探すと、隅っこの方に北澤君が座っている。
「北澤く・・」
声をかけながら、よく見ると、北澤君の肩に女の子が頭をもたせかけている。だが、イチャイチャではなく、女の子が酔いつぶれているようだ。
「ズキーーーーン」
と、胸が痛んだ。これは何??
「おお、坂本。どうした?」
「いや、特に用事は。。一緒に飲もうかなーと思って。。だけど、お取込中だよね。。」
「見ての通り。。」
「そっか。彼女、大丈夫??」
「しばらくこうしてれば、大丈夫だって」
「そっか。。」
「また今度、飲もうな」
顔は、よく見えなかったが、キレイそうな子。彼女はマーライオンになるなんてヘマは、しなさそう。ちょっと気分が悪くなっただけ。まあね、ちょっと気分が悪くなっただけで飲むのをやめるべきなのよね。。それにしても、この胸の痛みは何??正直、初めて味わう痛みだった。伊勢谷さんは軽いセクハラキャラだったので(それが許されるキャラ。もちろん相手は、そういうことをしても怒らない人を選んでいる)キレイな先輩と、じゃれているところを目撃したこともあるけれど、こういう痛みは感じなかった。
冬。とにかく私は、その問いを北澤君本人にぶつけた。しかもディズニーランドで。だけど、別に付き合ってはいない。いきさつはこうだ。私は秋から新しいバイトを始めたのだが、私と同じ時期に入った女の子を狙っている男の子がいて、そのバイト先の男の先輩が2人をくっつけようとして先輩と先輩の彼女と4人でダブルデートをしようという話で盛り上がっていた。のけ者にされたくない私が「私も行きたい!」と騒いだところ「え?5人で?誰かパートナーがいないと」と社交界のパーティーみたいなことを言われ、北澤君に相談したら、その日は、たまたま空いていたので一緒に行ってくれたという話。先輩は通(ツウ)ぶるのが好きなタイプで、ダイヤモンドホースシューレビュー(だったと思う。ディズニーは、あまり詳しくない私)で、みんなで食事だけするのがオシャレだとか何とか、とにかく現地集合、現地解散、食事だけ一緒で後はカップルでご自由に、というノリだった。北澤君は、見た目からは想像できないくらい社交的で紳士的で「私に恥をかかせない」という最大の役割を見事に果たしてくれた。ほんと、こういう目的だけで付き合ったり、結婚する男女もいるくらいだもんね。。せっかくディズニーランドに来たので、もちろん乗り物にもいろいろ乗った帰り道、私は何とも切ない気持ちになってきて次のセリフを口走る。雰囲気に飲まれて、っていうのはある。
「北澤君。私、北澤君のこと好きみたい」
「え?どうした?急に。酔ってる?」
「酔ってないよ」
「そっか。」
「・・・・・」
「嬉しいよ。ありがとう。だけど、俺には今、好きな人がいるから」
「文化祭の時の子?」
「そう。」
「うまくいきそう?」
「どうかな。」
「あれ、じゃあ、今日こんなところに来てもらってよかったのかな?ごめんね」
「いや、そういうことは気にしなそうな子だから」
「これからも会える?」
「もちろん。俺が進級できたのは坂本のノートのおかげだから。これからも頼むよ」
ちなみに今、振り返ると、胸の痛みの正体は独占欲なのだと思う。嫉妬とも微妙に違う。北澤君はいつも優しくて、1年生の頃は、たまたま他の女性と付き合っているところを見たことがなかった。この感情は、あくまで北澤君の男の部分というか、今まで見たことのない一面を見たことによる感情であり、相手の女性は必ずしも関係ない。私は人生で初めて独占欲を刺激される経験をしたわけだ。まあもっとも、私は性格が粘着質ではないので、それ以上、どうこうはなかったが。独占欲が所有欲になる人もいる。異性への愛情には独占欲を伴う場合と伴わない場合がある。独占欲は伊勢谷さんのように憧れというか遠い存在の場合はあまり感じない。最初から手に入らないことがわかっているし、自分の知らない一面も、あって当然と思っているからだ。ストーカー被害に遭いやすいのも高嶺の花タイプより手に入りそうで手に入らないタイプ。まあ「手に入りそう」というのはストーカーの思い込みにすぎないのだが、キャバ嬢とか、そういう感情をあえて刺激するやり方もあるわけで。逆に独占欲が本当の愛なのかどうかも議論の分かれるところだ。
私も、独占欲を刺激されて告白してみたものの、北澤君と付き合っている自分は、やっぱり想像できない。ノートだけのためにディズニーランドまで来てくれるということもないだろうし、北澤君も私のことを憎からず思ってくれていたのだろう。だけど、北澤君が私に優しいのは、友達として憎めないからであって、彼女だったらこうあるべきという理想はいろいろありそうだ。
浜ちゃんと田中美佐子が「10年愛」というドラマをやっていた。付き合っている訳でもないのに人生の大事な局面でいつも一緒にいる2人。浜ちゃんが演じていた男性は、女性に独占欲とか所有欲とは違う愛情を注ぐタイプ。北澤君とちょっと似ている。あと、北澤君の場合は恋愛が必ずしも最優先課題ではない。仲間とか趣味とかそういうものも大切なのだ。もし私が北澤君みたいなタイプと付き合いたいとしたら、「10年愛」みたいに長期戦でいくしかないのだろう。逆に言うと、今日ダメだからと言って、明日ダメでもない気がする。男女の関係にはいろいろあるのだ。派手な結婚式を挙げたから離婚しないというものでもない。ただ、うちの母親は愛情=独占欲という価値観の人だった。それに結局は、そういうタイプが世の中の多数派な気もする。その年、流行っていた平松愛理の「部屋とYシャツと私」のように。なかなかの怖さの歌だ。
私はまだ恋に恋しているだけだった。ただ彼氏が欲しかった。私にはまだ1人と添い遂げるという感覚がなかった。だから、美人に生まれなくてよかったのかもしれない。不誠実な男の人をとっかえひっかえしてたかもしれないから。私はむしろそういう人。だけど、言動は重かったと思う。付き合う前から「責任」だの「結婚」だの。まだ女性が経済的に自立し始めるか、し始めないかの時代。母親の価値観に引きずられていたことは否めない。
相変わらず彼氏はできない。クリスマスはサークルの恋人のいない男女で集まって、なぜか昼間はバドミントンをして、夜は軽く飲んで過ごした。