1991

テーマ1:男を見る目って何ですか?

1991年。東京都庁が西新宿に移転した年、私は大学へ進学した。中高には付属の短大もついてはいたが、女子校の合わなかった私は「4大に行かせてくれなかったら家出する」と騒いで受験をさせてもらった。本当は共学に行きたかっただけなんだけど。実は、ここに時代の分岐点があり、私の学年は短大卒ならギリギリ、就職氷河期には当たらない学年だったのだ。2個上くらいから雲行きが怪しくなり、1個上から下がり始め、うちの学年が本格的という時代。当然、その時、親に嫌味は言われた。

1991年の大ヒットドラマと言えば「東京ラブストーリー」。革命的なドラマだった。それまで女性は、恋愛において受け身だった。
それ以前「ねるとん」が流行っていたが、男性が女性に告白するスタイル。私は出場したところでどうせ誰にも来てもらえないんだろうな、と思いながらみていた。出場しても誰にも来てもらえないとか痛すぎる。。存在してもしなくても同じ。。貴さんもあまり好きではなかった。女性の顔のことばかり言うから。。
主役の鈴木保奈美演じる赤名リカは、自分が好きになって自分がアタックする。そうよね、モテたところで自分の好きな人じゃなければ意味がない、という、とっても素晴らしい言い訳。自分は自分のために存在すればいいのだ!来てもらえないなら、いくしかない!男の人にも支持者がいた。男の人だって自分からいくのが得意なタイプばかりではない。だが、今見ると、、ストーカー感がなきにしも。。現実社会において赤名リカを演じられるのって、それなりにキレイで何でもソツなくこなせるタイプだけだと思う。男の人が、来られても悪い気はしないタイプ。男というのは単純に、追えば逃げる生き物だ。凡人(つまり私)は、むしろ、リカのライバル、さとみのカマトトテクをこそ、参考にすべきだったんじゃないかなと思ってみたり。私は、待ってても誰も来ないので、自分からいくしかない、とあきらめていたのだが、さとみも、ただ待っていたわけではない。来させるというのが高等テクニックなのだ。当時はリカのライバルとか邪魔者としてしか見ていなかったが、そういう観点で見ると、さとみは実に、あざとい。
とは言え、田中みな実が写真集を売りまくったり、「あざとくて何が悪いの?」などというタイトルのテレビ番組に出たりするのは、それから30年も先の話である。

さて、そんなリカモードで女子校からシャバ(共学という意味)に出た、大学の入学式の日。私は、明菜ちゃんの「desire」風の髪形に、ダークグリーンに黒の柄の入ったワンピースで決めていった。モノトーンの服が流行った時代があったような。それにしても、桜咲く4月、この子は一体、何を勘違いしちゃったのだろうか。誰か教えてあげて欲しい。。ゆるふわウェーブにパステルピンクのワンピースでも着ていればまた違っただろうに。。オーラが独特過ぎて、その日は誰とも話してもらえず、1人で寂しく家に帰った。
2日目、健康診断とかオリエンテーション的な日。普通の格好をしていったら、やっと女の子の友達ができた。その子と歩いていたら、テニスサークルに勧誘された。あせっていた私は、すぐにそこに決めてしまった。ちなみに、その友達とはそれ以来、ほとんど会っていない。あまり学校に来ないタイプの子だった。

その何日か後、サークルの集合場所に行ったが、誰にも気づいてもらえなかった。そもそも1人でサークルに来る女子というのは、あまりいない。女子というのは、だいたい2人か3人組で行動する。どうしていいかわからず1人でポツンとしていると、ようやく韓流系(←当時、その言葉はないが)イケメンの男の人が声をかけてきた。
「あれ、君、1年生?もしかして練習に行きたいの?」
「あ、はい」
「授業はもう終わり?」
「3限があるんですけど、さぼっちゃおうかなって」
「それは、よくないな。授業出ておいで。大丈夫だから。3限の後、またここにおいで」
たったこれだけで、もう好きになってしまった。自分に自信がないし、男の人に免疫がないので優しくされると、すぐ好きになってしまった。頭に流れる小田和正。まあ、どちらかと言うと寅さんかもしれない。もしくは相棒の陣川クンとか。
3限の後、集合場所に行くと、さっきの男の人が、すごくキレイな女の人を連れていた。
「僕は今日は用があるけど、彼女が案内してくれるから」
「加藤ありさです~。よろしく~」
ありささんは、髪の毛サラサラ、お肌スベスベ、細い足首、声もかわいくて、車とかのCMに出てくる「車を買うとこんな素敵な彼女ができますよ」なイメージ映像そのままといった感じの人。彼女に連れられて、テニスコートへ。
「ありさ、久しぶり。今日もカワイイなあ」
やはり、みんなに愛されている。学年は私の1つ上。3限の後だったので練習はすぐに終わり、お茶をすることになった。ファミレス。ありささんと並んで座る。向かい側にいたのは、勧誘してきた男の人。
「1年生?」
「そう。久美子ちゃん。カワイイでしょ」
ありささんは何でもカワイイというタイプ。男の人の顔に一瞬「そうか?」という表情がよぎったのを見逃さなかった。
「ありさの後輩?」
「ううん、違うケド。でも、今日から仲良しだもんね~」
ああ、優しい。このサークルにしてよかった、と思ったのも束の間、男の人に
「1人で入ってきたの?珍しいね。誰に勧誘されたの?」
と言われた。「いや、あなたですけど」と思ったが、その頃の私は、そんなこと言えなかった。まあ、そうだよね。彼が覚えているのは多分、友達の方。
「えっと。。忘れちゃいました。友達と入ったんですけど、友達は今日、来れなくて」
「そうなんだ」
ありささんが
「ねぇねぇ、何にする?今日はおごりだよ~」
と話しかけてくれたので、気まずくならずに済んだ。
「えっと。じゃあ、クリームソーダ」
控えめにクリームソーダを頼んだつもりだったが、何だかやたらとデカいクリームソーダが運ばれてきて、めちゃめちゃ恥ずかしかった。でも、
「クリームソーダ~、カワイイ~」
と、ありささん。自分に自信のある人って、人に優しくなれるものなのかもしれない。あなたに何度、救われたことか。。

その後、同じ1年生の女の子たちと友達になり、無事にサークルの一員に。早めに入部を決めた私は先輩たちからミッションを与えられた。それは1年生の男の子を勧誘してくること。1年生は必修科目がほとんどで、クラス単位で授業を受けるものが多かった。経済学部だったので男子2:女子1くらいの人数の比率。私は女の子たちから「女子校っぽい」と言われた。でも自分では何が女子校っぽいのか、まったくわからなかった。同じクラスで仲良くなった茶髪ロン毛の、いかにも遊んでそうな男の子を勧誘してみたが
「ああ、あそこね~。勧誘されたけど、俺とは合わないかな~」
と言われた。ちなみにその子はサッカー青年だった。北澤君とでも名付けておこう。だが、体育会の部活ではなくサークル。兼部している子も多く、気が向いた時にみんなでサッカーをやりましょうというノリ。
「それより、うちのサークルのマネージャーやらない?」
ああ、どうして、あの時、うんと言わなかったんだろうと、あとあと後悔した。理由は極めて不純。ちょうどJリーグが設立された時代。サッカーは話題性があった。就職活動で「マネージャーをやってました」って、何となくきこえがいい。あとはそのサークルにいた方が出会いのチャンスが増えたとか。だけど、単純に私はサッカー観戦が好きだった、というのもある。イタリアに留学した時にそれに気付いた。逆にサッカーが好きならもっと早くイタリアに興味を持ってたかもしれない、とか。とにかく私はサークルの一員になったことに安心しきっていて、そのサークルが自分に合っているかどうかなんて考えてなかった。選ぶことができるのは1年生の時だけなのに。
そう言うとサークルに不満があったみたいだが、これは単純にタイプの問題だと思う。新選組か海援隊かみたいな話。うちのサークルは、仲間意識が強く排他的、逆に仲間には、いつも一緒を求めるみたいなところがあった。あと、面食いが多かった。私は、広く浅く、自由度が高い方が好き。サッカーの方は兼部OKだったので、両方入っておけばよかった。北澤君は、うちのサークルの男の子に「久美子の不良の友達」と呼ばれていた(もちろん、いないところで)。まあ、夏はタンクトップに金のネックレスみたいな格好をしてたから。。うちのサークルはトレンディードラマの唐沢寿明みたいな感じ。
北澤君とは、友達以上恋人未満くらいの関係だった。帰りにお茶したり、夜、電話で話したりという程度の。彼の方は授業のノートを借りたいという欲得ずくだったとは思うが。夜の電話に関しては1人暮らし(←地方出身なので)でヒマだったんだと思う。私は単純に男の子というものと話してみたかった。気分は赤名リカ。普通の人が中学生でやるようなこと。彼は遊び慣れていたのでテキトーにあしらってくれていたので良かった。女の子と付き合っても3ヶ月くらいしか続かないらしい。だいたい、私が少女マンガみたいなことを言うと、彼が
「そんな奴、いないって」
と突っ込むといった感じ。今思えば実にタメになる会話だった。現実を教えてもらった。こういうところを女子校っぽいというのであろう。彼を本気にさせるとしたら、どんな女の子なんだろう、なんて妄想したりして。

5月。サークルでは新入生歓迎合宿というものがあった。あくまでお遊びなので、ミックスダブルスといって男女でペアを組んでトーナメント形式で争うのがメインのイベントだった。私のペアは例の韓流系イケメン。本田先輩とでも名付けておこうか。なぜ本田かというと、ビッグマウスゆえに男の人たちに、ちょっぴり嫌われていたから。でも、嫌われる理由は完全に嫉妬。彼はテニスもスキーも何をやらせてもうまい。だが、あまり謙虚ではなかった。「サークルの中で誰がタイプ?」という、ありがちな質問に「本田さん」と答えると「久美子も見る目がないな~。騙されやすいから気をつけろ」と言われた。ペアだときいた時は運命だと思ったが、私はシャレにならないくらいテニスが下手くそだった。結果は一回戦敗退。
「ま、お遊びだから、気にしないで」
と慰められる。落ち込んでいる時に、更に落ち込む情報が。本田さんの彼女。そりゃ、彼女くらい、いますよね~。サークル内にいて、すんごいかっこいい女の人だった。ありささんとはまた違ったタイプ。ショートカットで、カワイイというよりはかっこいい系。みんなとうまくやれる、中心的な感じの人だった。あっという間に失恋した。というより何も始まらなかった。

季節は巡って夏。夏合宿というのがあった。夏合宿は、後半は秋に行われる大学内のサークル対抗試合のためにピリピリしていたが(試合に出られるレベルではない私には、あまり関係なかった)。前半は班に分かれて、ほのぼのした練習だった。というより私が下手くそなので、ほのぼのした班にしか入れてもらえなかった。そんな1年生の班練。私は部長の班に割り振られた。今思えば、部長は「スクールウォーズ」か何かの見過ぎで、青春ごっこがやりたかったんだと思う。私はイソップの役。毎日、練習の終わり頃に部長がこんなことを言い出すのだ。
「俺は、仲間は、やっぱり大切だと思う。みんなに出会えて本当によかった。いろんな奴がいていいんだ。上手い奴。下手な奴。」
で、何をやるかというと、的当てに挑戦させられるのだ。コートの隅に置かれた缶に、自分でコントロールしてボールを当てる。全員が成功するまで帰れない。成功した人から抜けていくと、最後に私が残る。
「坂本、頑張れ、あきらめるな!みんなで坂本を応援しよう!」
と、部長。
「さ・かもと!」
「さ・かもと!」
と、みんな。他の班の人たちは帰り始めている。胃に穴が空きそうだった。とは言え、部長やみんなから、いろいろ技術的なアドバイスをされ、何とか成功させる。こんなに人に構われたのは生まれて初めてかもしれない。
「わー!!!」
「おめでとう!」
「頑張ったね~!」
と、みんなとハイタッチ。部長はそういう雰囲気をつくるのが上手い人なのだ。
「坂本、よく頑張ったな」
と部長。もうその頃には、部長のことを好きになっていた。

ちなみに、同じ夏合宿で1年生の女の子2人に彼氏ができたが、告白したのは2組とも男性の方。2人ともかわいい子だった。私は誰にも告白されない。

秋。とりあえず部長に彼女がいないことは確認した。部長に会いたくてイベントには欠かさず参加した。
だが、3年生は対抗試合が終わると2年生に世代交代をするので、部長はあまり来ていなかった。でも万が一、来たらショックなので張り込むことにした。気分は再び赤名リカである。私が部長のことを好きなことは、みんなに何となくバレていた。あの、班練の顛末を他の班の人たちは、鼻で笑って見ていたのだ。部長は、伊勢谷さんとでも名付けようか。恐ろしくイイ男なのだが、恐ろしく胡散臭かった。でも、その胡散臭さゆえか、同性ウケも悪くなかった。が、男の人たちからは本田さんを好きだと言った時と同じような忠告をされた。(ちなみに本田さんは2年生。2人とも、あまり仲間と、つるむタイプではない。)
「本田の次は伊勢谷、どうして久美子は、男を見る目がないかな~。でもま、しょうがないな。部長になってからのあいつは、いい人を演じてるから。騙されるなよ」
それが伊勢谷さんと同じ3年生の人の意見。みんなが言うには伊勢谷さんは嘘だらけらしい。私が見た伊勢谷さんと言えば、ちょうど松岡修造の現役時代であり、修造の影響なのか、「唯一無二の一球」的なパフォーマンスの多い人ではあった。

だけど、見る目がある人はどういう人を選ぶと言いたいのだろうか?

思い出すのは小学生の頃。うちのクラスではトシちゃん派とマッチ派に分かれてドッチボールをやったりしていた。私はどっちでもなかった。小学生の頃、私が好きだったのは今、思えばジュリー。だけど、小学生でジュリーが好きというのは健全じゃない気がして、黙っていた。余談だが、友達は幼稚園の頃、いかの塩辛が好きで、展覧会に貼り出す「好きな食べ物」という、絵みたいなやつにそれを書こうとしたが、いかの塩辛は子供らしくない、と言われて、「ハンバーグ」に直されたらしい。
それと、もう少しあとにはなるが、「あなたの恋愛傾向チャート!」みたいな雑誌の記事があって、やってみたら、「あなたが騙されやすい人:保阪尚希、あなたを本当に幸せにしてくれる人:赤井英和」というのがあった。実際の保阪尚希は、どうか知らないけど、まあ、彼がドラマで演じるような、人を見下した感じのイケメンIT社長タイプという意味だろう。赤井英和みたいなタイプを好きになれば、見る目があるのだろうか?バラエティで取り上げやすい例としては、西野クンか山ちゃんかってとこ?私はどっちも好きだケド。

冬、クリスマスが近づいてきた。北澤君に「12/24のご予定は?」と、冗談ぽく言われた。本気ではないと思う。1人で寂しかっただけだろう。その時、私は伊勢谷さんが好きだったし、クリスマスの雰囲気に飲まれて、おかしなことになって3ヶ月で捨てられてもイヤなので、笑って逃げておいた。彼とは心地よい関係のままでいたかった。

結局、その年のクリスマスイブは、夏子の家で夏子と、おでんを食べながら過ごした。まあもっとも、ユーミンが「恋人がサンタクロース」などというモラハラソングを出すまでは、クリスマスは誰と過ごそうが負け組という概念はなかった、という説もある。まったく、隣のオシャレなお姉さんも、余計なことを言ってくれたものだ。。夏子というのは「自己紹介のかわりにパート1」にも出てきた中・高からの親友。彼女は短大に進んだので相変わらずの女子校生活だった。
その年の夏「101回目のプロボーズ」というドラマが流行っていたが、これは美男美女カップルに対するアンチテーゼだったのだろうか??秋冬は「逢いたい時にあなたはいない」という遠距離恋愛のドラマが流行っていた。何だかフジばかりだが、こちらは伊勢谷さんと会えない自分と重ねて見ていた。遠距離だって相手が自分を好きならいいじゃねえか、美人は贅沢だなーと思いながら。。彼氏ができたばかりの大学のクラスメートは、カラオケでやたらとドリカムを歌っていた。非リア充の私には、ドリカムの歌は全然、響かなかった。私は中森明菜か工藤静香。工藤静香って、キムタクの奥さんになってしまったために、アイドル史における立ち位置が曖昧になってしまっているが、私が高校生の頃、髪形とかを真似している子も多かったし、おニャン子とか、歌があまりうまくない、ぬるーいアイドルが多かったあの頃、圧倒的な歌唱力で、カッコよくて私は結構、好きだった。何より、媚びてないイメージがあった。中島みゆきが楽曲(作詞)提供をしたことでも話題になってたし。「嵐の素顔」とか「慟哭」みたいな、強がってるけど本当は弱くて、好きな男の人に「いい奴」と言われて1人で泣いている、みたいな歌を、どっぷりはまりながら歌っている友達も多かった。

世界史的には、12月にゴルバチョフ大統領が辞任。ソビエト連邦が崩壊し、1つの時代が終わりを迎えた。
だからと言って、資本主義は決して万能などではないのだが。

次へ

目次へ

TOPページへ