平泉へ

7/2-3で平泉に行ってきた。東北だし涼しいかと思ったら、その日はまずまずの暑さだった。源平シリーズ第3弾、奥州藤原氏と義経の旅、なんだけど、一番の目的の中尊寺金色堂は、、映えない。。中は撮影禁止なので。。そんなわけでまずはこちらをご覧ください。私がお勧めする「行ってよかった場所」、達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)。こちらは、なかなかの「映え」?ただ、ここは公共の交通機関が通っていない。私はしょうがないのでタクシーで行った。


創建は坂上田村麻呂。桓武天皇の命により東北平定に向かい最終的には征夷大将軍に昇進した人。「中央集権のために東北の人々を朝廷に従わせていった」この教科書的な1文だけだと、ひどい話だなーと思っていたが、この毘沙門堂にある説明文を読むと当時、悪路王たち蝦夷は良民を苦しめていて田村麻呂はむしろ正義のヒーローとして平民からは迎えられたらしい。田村信仰があるところを見るとあながち美談のつくり話でもなさそうだ。床下の広い空間が、合戦に敗れた武士が身を隠した後、生まれかわってゆく再生の場としてまた祖先の霊魂があの世から還りて集う聖なるところとして人の立ち入ることを許さぬ禁足の地らしい。再生とか縁切りとかいろいろご利益のあるパワースポット。
写真右は源義家が前九年後三年の役で亡くなった敵味方の諸霊を供養するために彫りつけたと伝えらえている岩面大佛。

パワースポット22:達谷窟毘沙門堂
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ここでグルメ要素を入れてみようかな。時系列で言うと初日のお昼。今回は、まず東京から新幹線で一ノ関まで行った。一ノ関と言えば、お餅!お餅好きなのよね~。写真の、わんこ状態のお餅「果報餅膳」を楽しむために蔵元レストランせきのいちへ。蔵元というだけあってお酒好きにもお勧めなレストラン。本当は「もち本膳」も体験してみたかったんだけど、1人ではムリだった。ただ、このブログシリーズのコンセプトは歴史古い順で一ノ関でお餅が食べられるようになったのは江戸時代なんだけど。お餅が日本に伝わったのは縄文時代で古墳時代には既に作られていたらしいんだけど地域によるのかな。


この「果報餅膳」は、ずんだ、くるみ、おろしなどいろんな味をちょっとずつ食べられる。お餅が柔らかくておいしい。右のお椀はお雑煮だが、こちらもいいお味。一ノ関/平泉では1年中、お餅が食べられています、か。いいな~。ちょっと住みたくなった。

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右の写真は厳美渓。一ノ関からはバスで30分ほど。こちらではお団子が有名。その日は厳美渓を散策した後、旧かんぽの宿一ノ関に1拍。現在は亀の井ホテルになったらしい。その辺の事情はよく知らないけど。温泉を堪能して、朝食バイキングにもお餅があった。
2日目。まずはタクシーで最初に紹介した達谷窟へ。このホテルからだと達谷窟がちょうど平泉との中間くらいに位置するのでこの日程にした。達谷窟のあとはいよいよ平泉へ。まずは中尊寺から。

パワースポット23:中尊寺
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奥州藤原氏。ただ藤原氏と言っても結構、遠縁らしい。ブランド力ってやつ?
左の写真は金色堂。中は撮影禁止。確かにすごいんだけど、本当の宝は黄金よりも中尊寺をとりまく自然だよなーと思ってしまう今日この頃。歳もとったしコロナとかいろいろあったし。ふと昔ミラノで出会ったヨーロッパかぶれの日本人のお姉さんの言葉を思い出してしまった。「光るものを好むのは子供か原始人」まあ、あくまでデザイン論だけど。
一方、地元のタクシー運転手さんなどと今回の旅で当然話題になったのは、今年の大河ドラマ。
菅田君演じる義経はヤバい奴として描かれている。果たして義経は、かっこいい奴なのかヤバい奴なのか。このお姉さんみたいな老獪なタイプから見たら、義経はヤバい奴以外の何物でもないのだろう。子供と原始人、要するに単純ってこと?単純は果たして悪いことなのか。権力者藤原氏にしてみれば、単純にそこに金(きん)があったから、なんだろうな。

右の写真は高館義経堂。義経が自害したとされる地に建てられている。また、義経は生きていたという北行伝説のスタートの地でもある。
ドラマティックな義経の人生。義経が単純な人だったのかどうかはよくわからない。身体能力の高さゆえか目的のために手段を選ばないところはあった。壇ノ浦で非戦闘員である船の漕ぎ手を狙ったなど非難される点もあるが、先に京都入りした木曾義仲軍が傍若無人だったのに対して義経軍は規律が守られていたという説もある。義経はもっと狡猾に生きるべきだったのか、そういう風にしか生きられなかったのか。占い師としてもっとも悩む点である。例えば戦力外通告を受けたサッカー選手が相談にきたとして、サッカー以外の生き甲斐を一緒に探すべきなのか、あくまでサッカー選手に返り咲ける方法を探すべきなのか。前者をしてしまうと占いではなく、ただの説教な気もする。狡猾に生きたら義経らしくない?
「泰衡が裏切らないで義経と力を合わせてたら勝てたんじゃないかな~」と、タクシーの運転手さんに言ったら「無理でしょうね。弱いし」と、あっさり言われた。「東北人はそこまで戦いに慣れないんですよ」か。単純という言い方はやはりよくない。素朴とか素直?


最後は毛越寺。浄土庭園が美しい。今回は、ちょうど「あやめまつり」の時期で、ばっちり開花に当たった。やっぱり、こちらの方が映える。浄土というのも抽象概念であり、私の場合、極楽浄土と言えば、キンキラキンよりもキレイな自然と暑くもなく寒くもなく(その日は暑かった。。)、あとはおいしい食べ物と温泉があったらいいな、と思う。なので、この旅行のように神社やお寺を巡っている分には、そんなにイヤな人もいないし、現世もそれなりに幸せだな、と思う。でも都会の日常生活に戻ると、自分勝手な人をたくさん見かける。あの人たちは一体、どんな死生観を持っているのだろうと思ってみたり。義経の死生観も私たちのそれとは違うんだろうな。浄土庭園につれてこられてもサバゲー始めちゃうタイプも世の中にはいるんだろうし。

安倍さんも生前はいろいろ言われていたけど、亡くなってみたら意外と好感度が高かったり。人の一生ってなんだろうと改めて考えさせられる2022年の夏であった。

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