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告白(1)

高校1年生の千鶴・優治・康介の3人は恋をしています。その相手は幼なじみだったり、同性の友達だったり。また、長年に渡って気持ちを温めてきた子もいれば、唐突に芽生えたそれに戸惑ってしまう子も――。
同じものは2つとない、少しずつ違う恋の色。それでも、なかなか想いを告げられずにいるのは、3人とも変わりありません。
しかし、そんなある日、夕暮れ時の帰り道。1つの告白をきっかけに、彼らは『人を好きになること』や『相手に想いを伝えること』について、改めて考えを巡らせ、それぞれの答えを探し始めます。不器用な少年少女の恋路は、果たして、どこへ向かうのでしょうか?

誰かが笑えば、誰かが涙する。甘酸っぱい恋のお話です。

2004年03月09日投稿

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願いは叶わない。
そんなことは知っている。
想いは届かない。
そんなことは分かっている。
それでも私は、陽の光さえ射さない海の底で、
今日もあなたに祈りを捧げる。



 1

 頬が熱い。
 彼女自身にもわかるほど、その顔は紅潮していた。
 うつむいた彼女の目には、二組の足が映っている。自分のものと、もう一組の大きな足。
「……、ごめん」
 彼女の隣を歩く少年は、短く呟いた。
 黒い学生服に包まれているその体は、ふっくらとして丸い。彼もまた、うつむき、二つの影が長く伸びる道路を見つめていた。
 傾きかけた日が二人を射す。
「どうして?」
 今にも消え入りそうな、かすれた声で彼女は尋ねた。
「今、他に好きな人がいて――、だから、あの、ごめん」
「……、あ、あたしじゃ、駄目なの?」
 少年は何か言いたそうに口を開けたが、思いとどまったのか、すぐにそれを閉じてしまう。
 再び訪れる沈黙。
 時折通り過ぎる車が、彼女のスカートをはためかせる。人通りのほとんどない、静かな住宅地。
「……。そうだよね。他に好きな人がいたら、しょうがないか。ごめんね、変なこと聞い――」
「その好きな人っていうのが……、男で、それで……」
 彼女を遮り、少年は途切れ途切れに言葉を発する。
 途端、彼女は弾かれたように頭を上げた。目と口を大きく開けた彼女の顔は、端から見ると間抜けなこと、この上ない。
 しかし、その表情もすぐに曇る。
「えっと、それは冗談のつもり? あんまり笑えないけど」
 眉と眉を寄せた彼女に、少年もまた、慌てたように顔を上げる。
「いや、別にそんなんじゃなくて、本当に――」
「あー、前言撤回。なかなか面白いわ、それ。さすが、あたしの見込んだ男」
 彼女は半笑いだ。
 しかし、彼女は内心、気が気でない。もしも、本気で彼がそう言っているのなら――。
「だから、違うんだって――」
「またまたぁ。優治ったら、お茶目さん」
「あぁ、もうっ! 人が恥を忍んで言ってるのに!」
「やぁねぇ、ムキになっちゃって。可愛いんだからぁ」
 そう言うと、今まで浮かべていた笑みを消し、急に真顔に戻る。
「さて、からかうのはここまでにして――。本当に冗談なんかじゃないの?」
「う、うん」
 意表を突かれ、戸惑いながら答えた優治に、彼女はしばし、黙り込む。そして、短い間を置き、再び口を開いた。
「……。ねぇ、それはあたしに話してもいいの?」
「……」
「男が好きだなんて、簡単に言えることじゃないでしょ?」
 ほんの少し、優治は目を伏せる。
「……。千鶴には、ちゃんと話しておきたかったから」
 予想外の答え。
「ど、どうして? だって、そんな、あたしからどんな目で見られるか、わからないのよ?」
 口ごもる彼女。しかし、それに対する少年の声は穏やかなものだった。
「うん、全部理解してほしいなんて、無理なことは言わないよ。でも、ほら、ずっと一緒だったし、千鶴は大事な人だから、ちゃんと話しておかないとなぁ、って」
 よく肉の付いた彼の頬も、わずかに色を帯びる。
「嫌われるかも知れないけど、千鶴には僕のこと、知っていてほしかったから――」
「……、嫌いになんて、ならないよ」
 千鶴は静かな声をしぼり出す。
「あたしさ、優治が大好きだから、そんなことくらいで、嫌いになんてなれない」
「そんなことって、結構大きいことなんだけどなぁ」
 苦笑する彼に、千鶴は精一杯おどけて見せる。
「あたしの愛の前では、“そんなこと”にしかならないのよ」
 無理に明るい調子で言ってはみたが、赤くなった瞳が優治に本心を伝えているらしい。彼は千鶴から目をそらした。
「……」
「それじゃあ、あたしはどうやっても駄目だってこと?」
 無言になった優治に彼女は聞く。
「え?」
「女のあたしがいくら頑張っても、優治はあたしを好きになってくれないの?」
 千鶴の声はかすかに震えていた。
「そういうわけじゃ――。付き合ったりはできないけど、千鶴は大切な友達だし、ずっと前から好きで――」
「やっぱり、優治は優しいね」
 彼女の目はひどく潤み、一層赤さを増している。溜まった涙が今にも零れ落ちそうだ。
「千鶴……」
「そんな情けない声、出さないでよ。あたしのこと、好きって言ってくれただけで嬉しい。ありがとう」
 千鶴は眉の垂れ下がった顔で、無理矢理微笑もうとするが、それはお世辞にも笑顔と呼べるようなものではなかった。
 そして、その出来損ないの表情は、数秒もしない間に崩れていく。
「ごめん。もう、我慢できそうに、ないや」
 のどの奥が熱い。視界が滲んでいく。
「泣いたら、迷惑かけちゃうから、先に帰るね」
 やっとのことで、それだけを言い残し、彼女は全力で走り出した。
「ちょっ、ちょっと待って!」
 強く唇を噛み、日の暮れかけた道をひたすら走る。もし、立ち止まれば、その場で泣き崩れてしまいそうだった。
 必死でこらえているはずなのに、千鶴の頬を一筋の涙が伝う。
 振り向く余裕など、その時の彼女にはなかった。

 彼女は夢を見た。
 そこにいるのは、寄り添い、微笑み合う二人。
 ただ、それだけの夢だった。

 枕が濡れている。
 目を覚ました千鶴は、泣いている自分に気付いた。
「……、そっか、あたし、失恋したんだっけ。嫌な夢見ちゃったなぁ……」
 横になったまま涙を拭い、独り呟く。
「昨日、あれだけ泣いたのに――。人間って、こんなに水分出しても平気なんだ」
 どうでもいいようなことを考えながら、寝返りを打つ。体がだるく、起きる気がしない。
 千鶴はもう一眠りしようと布団に顔を埋める。。
 心地の良い柔らかさに彼女が浸っていると、階段を上がるらしい足音が聞こえてきた。寝たふりをしようかと迷っているうちに、足音の主は部屋のドアを開ける。
 千鶴の母だ。
「あなたが寝坊するなんて珍しいわねぇ。いい加減起きないと遅刻する……、って、起きてるじゃない。なんだ、つまんないの」
 残念そうに言いつつ、彼女はカーテンを開けた。射し込む光が眩しかったのか、わずかに目を細める。
「つまんないって、何が?」
 千鶴は枕元の時計を見ながら尋ねた。どうやら、アラームは二十分ほど前に鳴ったらしい。
「いやぁ、たまにはちづっちゃんが『遅刻、遅刻ーっ!』とか言いながら、トーストくわえて出かけるところを見たいかなぁ、なんて」
「……。いつの時代の少女漫画よ?」
「あはははは。だいたい、その後転校生とぶつかって、その子と恋が始まるのよねぇ――。あぁ、そんなことより、大丈夫? 昨日も帰ったと思ったら、ご飯も食べないでずっと部屋にこもってるし。調子でも悪いの?」
「……、うん。なんか、頭が痛くて――」
 嘘は吐いていない。確かに、悩んでいるという意味で、彼女は頭が痛かった。
 おもむろに、母はベッドの隣に座り込み、千鶴の額に手を当てる。水仕事をしていたのか、その手は少し湿っていた。
「う~ん、風邪かしら? 最近、急に寒くなったもんねぇ。熱は……、ないみたいだけど。どうしようか? 学校、休む?」
「……。うん。」
「じゃあ、後で体温計と薬、持ってくるから。あっ、ご飯だけど、おかゆくらいなら食べられる?」
 立ち上がり、ドアへ向かいながら聞く母に、彼女は小さな声で答える。
「あんまり食べたくない」
「駄目よ。昨日の夜から何も食べてないんだから。そうじゃなくても、こういう時は栄養摂らないとね」
 ウィンクを一つ残し、母は部屋を出ていった。
「何だかなぁ」
 苦笑いを浮かべた千鶴は、上半身だけを起こし、片付いた部屋をぼんやりと眺める。
「まさか、あんな形で断られるなんてね……」
 嫌でも昨日のことを考えてしまう。苦笑いは自虐的なものへと変わっていた。
「全然、気付かなかった。何年も一緒にいたのに。もう、今までみたいに、話せないのかな……」
 彼女の頬を涙が静かに濡らす。
 ただ、悔しかった。
 彼の一番近くへ行けないことが悲しかった。彼の傍にいながら、彼のことを何もわかっていない自分が許せなかった。
「……。夢みたいにうまくはいかないか」
 彼に寄り添うことはできない。
 それでも、彼は千鶴が大事だと言ってくれた。好きだと言ってくれた。
 そんな彼と、このまま離れたくなどない。
 彼女には、それだけで充分だった。
「明日は学校に行かないとね。また、からかってやんなきゃ」
 不器用に微笑む。
 そして、涙も拭かないまま、彼女は再び布団に潜り込んだ。

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