夜のカケラ




「さっきからずっと、楽しそうに窓へ張り付とう・・・ふふっ、子供みたいやね。小日向ちゃん」
「もう〜子供じゃないですってば。でも蓬生さん、夜の高速道路って楽しいですね。窓の外に流れ星がいっぱい見えるんですよ」
「流れ星? あぁ・・・なるほど、小日向ちゃんらしいなぁ。あんたが言うと、気にも止めんかった周りの景色が、そう見えてくるから不思議や」
「はい。車の窓の外に見える景色が、とっても早く流れるから・・・ほら。外灯や街の灯りが光の線になって、流れ星みたい。ね?」


夜の高速を、滑らかに走りる車内は、二人だけの小さな密室。車の窓に張り付く小日向がくるりと振り返り、落ち着いた運転でハンドルを握る土岐へ無邪気な笑顔を向けた。窓の外を絶え間なく流れ走る光は、確かに流れ星。向こう側から見たら、光を灯して走り抜ける俺達も、流れ星に見えるんやろか。なら、二人でどこへ飛んで行こう。

綺麗ですよねと、瞳を煌めかせるあんたの方がずっと綺麗や。心の中に沸く想いを知ってか知らずか、小日向ちゃんは、ふいに興味津々な眼差しで身をよじらせて、運転席へ顔を伸ばしてくる。


「こらこら、小日向ちゃん。運転中は、悪戯したらあかんで」
「悪戯してませんよ、今度は蓬生さんを見てるんです。窓の外にある流れ星よりも、運転している横顔が素敵だなって思うから」
「そんな口説き文句を間近で言われたら、すぐに車を止めて、あんたを抱き締めとうなってしまう。高速道路なのが残念や」
「ふふっ、運転中はちゃんと前を向いて下さいね」


隣で振り仰ぐ笑顔に優しく微笑みかけながら、ふわりと頭に手を乗せ返事を返す。頼むから大人しくとき・・・そう宥めたのに、くすぐったそうに頬を綻ばせて、楽しそうに笑ろうとる。やっぱりあんたには敵わんなぁ。無邪気な笑顔も拗ねた顔も、二人きりやからって、惜しげもなく見せるもんやないで。身も心も俺に預けくれてるんと、わかっとうけど・・・俺も男なんやで。本気にさせて、どうなっても知らんからな。



  *



「小日向ちゃん、ちょっとここらで休憩しよか。横浜は目の前やけど、ちょっとくらい寄り道してもえぇやろ?」
「わぁ〜高速道路のサービスエリア! 最近読んだ雑誌で、『ドライブで楽しむ美味しい物特集』してたんですよ、人気なんですよね。焼き立てメロンパンとか、自家製ご当地アイスクリームとか!」
「美味しいもんの話するあんたは、とびきりえぇ顔しよる。車よりも、俺の方が先にガソリン切れそうや」
「蓬生さん、お腹空いたんですか?」


きょとんと不思議そうに小首を傾げる小日向ちゃんに、「もうあかん、我慢の限界なんよ」と。シートベルトを外しながら悪戯に微笑み、ドアの外へ出て軽く伸びをする。あんたの方が美味しそうや、なんて言ったらきっと真っ赤な顔で照れるに違いない。
ひんやりと澄み渡る夜の空気を吸い込めば、火照りかけた身体がゆっくりと闇の穏やかさに溶け込むのを感じる。このサービスエリアを越えたら、もう横浜はすぐ目の前。夜のドライブも、お終いや。


「ん〜気持ちいいですよね。夜の空気がひんやりしていて、身体の中が透明になる感じがするんです。ほら見て下さい、空にはお星様がいっぱいですよ! あともうちょっと背伸びしたら、星が掴めそう」
「小日向ちゃんはロマンチストやね。じゃぁ俺が捕まえたら、あんたと半分こしよか」


同じように思いっきり両腕を空に伸ばす小日向ちゃんは、楽しそうに背伸びをしながら小さく飛び跳ねて、空に浮かぶ星を捕まえようと一生懸命。手の中に掴んだのは、仄かに光る夜のカケラ。それを胸の中へ大切に抱き締めたら、再び空へ手を伸ばす・・・の繰り返し。いくら頑張っても届かんやろ、そう言いかけた言葉を飲み込んだのは、本当に手に入れたいものは別の物だと気付いたから。


星よりも光り輝くあんたは、手を伸ばせばすぐに届く場所におる。俺も、あんたのすぐ傍におるんやで。
まだ、帰りとうない・・・あんたを、離したくない。ほんま、恋に身を焦がすんは面倒やな。みっともないと分かっていても、自分の心にだけは嘘が付けなくて、この手を伸ばし求めたくなってしまう。


「あれ?蓬生さん、食べ物買いに行くんじゃないんですか?」
「休憩しよて言うたやろ。運転を、ちょっとだけお休みしとうてな・・・」
「あのっ、ごめんなさい。私は助手席だから楽でしたけど、蓬生さんはずっと運転してて・・・疲れますよね」
「小日向ちゃんは、優しい子やね。心配せんでもえぇよ、俺は疲れてへんから。ガソリンが切れそう、言うたやろ」
「ガソリン? 車じゃなくて、蓬生さんの?」


後部座席のドアを開けると、身体をすべり込ませてドアを閉じる。身体を伸ばした土岐が反対側から顔を覗かせると、困ったように立ちすむ小日向へ、おいでおいでと手招きをして。先に奥へ座りながら待つと暫くして「あの、失礼します・・・」と控えめに声をかけながら、後部座席に乗り込んでくる。

おいでと甘く囁きながら伸ばした腕で背をさらい、そっと閉じ込めるように。パタンと閉められたドアが凛とした夜の空気を閉ざし、二人だけの世界を作り出した。


「そんな端っこにおったら、あんたを抱き締めとうても、手が届かへん。もっと、こっちへ寄り」
「・・・・っ、ほ、蓬生さん!?」
「それとも俺が、そっち行こか。この車は窓がミラーになってるから、外からは中が見えへんよ」
「逃げられないのにそういう選択で迫るの、ズルイです。い、行きます・・・そっちへ」
「えぇ子や。猫の子みたく警戒せんでも、悪さはせぇへん・・・今は、まだ」


今はまだ、とうことはいずれするといことだろうか。ぴたりと動きを止めた小日向が、驚きに目を見開いた眼差しには、そう戸惑いがぐるぐると溢れていて。だが背もたれに身体をゆったり預る土岐に、真っ直ぐ見つめられながら微笑まれては、思考も何もかもが、甘い熱さで蕩けてしまう。ほんのり頬を桃色に染めたまま、膝の上できゅっと握り合わせた小さな拳。


じれったい疼きを感じるほど、おずおずと座る距離を詰めてくると、やがてぴったり触れ合う肩先と膝から感じる温もり。
車内の灯りは消しているが、駐車スペースを照らす外灯だけが、仄かに照らしていた。薄闇に見える首や耳は赤く染まり、息を潜めながらじっと身を固くする。「えぇ子や」・・・そう耳朶へ媚薬の呪文を囁きながら、そっと上半身を横たえ頭を柔らかな膝へ乗せた。


「・・・っ。あの、えっと・・・これって膝枕ですよね」
「あんたが隣におるのに、ずーっと触れられへんのが、こんなしんどいとは思わんかった。手が離せへんの知ってて、無邪気に誘うなんていけない子やね」
「へっ!? わ、私・・・誘ってません!」
「気付いてないんやね。ふふっ・・・真っ赤に照れて、小日向ちゃんはかわえぇなぁ。なんて、からかってごめんな。ただ、触れとうなっただけや。あんたの温もりを感じていると、すごく落ち着くん」


膝の上から見上げる瞳の、蕩けた潤みが教えてくれた。身体の固さが解けてゆくと、少しずつ灯り始める、熱。
ゆるゆると伸ばした手を、きゅっと握り包む力はささやかなだけど、心を鷲掴みにするには充分すぎる。車の後部座席で身体を横たえるには少し窮屈だが、菩提樹寮のテラスにある寝椅子でよりも、イケナイ気持ちになるのは車という小さな密室だから。


「あの・・・蓬生さん?」
「ん? どないしたん、小日向ちゃん」
「お陰でいい気分転換ができました。誘ってくれて、ありがとうございます」
「それは良かった。小日向ちゃんを、夜のドライブに誘った甲斐があるっちゅうもんや。キリキリ練習するのもえぇけど、たまには息抜きも必要やろ。夜のドライブはえぇで。夜なら涼しいし高速も空いてる・・・あんたと二人きりになれるしな」


ゆるゆると髪を撫ですく指先の感覚に身を委ねながら、「蓬生さん」と穏やかに呼びかける小日向ちゃんを振り仰ぐ。すると車内の夜闇の中で、優しく照らす星のように淡い光に包まれながら、俺を優しく照らすんや。外からの光を受け止めているからなんやろか。それとも、小日向ちゃんがさっき集めた夜のカケラが、たくさん溢れているからなんやろね。

さぁ、夜のカケラを集めて解き放とう。
あんた自身が放つ輝き・・・手に入れたかった、消えることのない温かな光をこの手に抱くから。


あぁ、あかん。触れるだけって言うたけど、やっぱりスイッチ入ってしもたわ。
膝に横たえていた身体を起こし、そっと腕の中へ温かな光を閉じ込めると、素直に振り仰ぐ瞳を真っ直ぐ見つめる。
好きやで・・・と愛の言葉ごと、熱い吐息で囁いたら、あんたの唇へ触れても・・・えぇやろ? 今だけやん、今だけ・・・。