優しく積もる淡い恋



待ち合わせをした森の広場に行くと、先に待っていた小日向が涼しい木陰の芝生へ腰を下ろし、弁当を広げる準備を始めていた。朝から・・・いや、昨日からこの時間が待ち遠しかったぜ。そう言いながら向かいに腰を下ろせば、「お腹減ったんですか?」と、不思議そうにぱちくりと瞬きしながら弁当箱を差し出してくる。

相変わらず鈍いな、お前は。というか毎日昼休みのたびに、同じやりとりを繰り返している気がするんだが。一瞬軽い脱力感に襲われたが、小日向から受け取った手作り弁当の重みを胸に刻みながら、真っ直ぐ瞳を見つめ返した。手料理も楽しみだが、それだけじゃない。お前を独り占めできる・・・二人きりで過ごせる貴重な時間だからに決まってるだろう。


やっと気付いたのか「あっ!」と声を上げて目を見開くと、たちまち頬が真っ赤に染まり、もじもじと照れ臭そうに身動ぎ出す。柔らかな芝生の上に座る膝の上へ乗せた、自分用の小さな弁当箱をきゅっと握り締めながら、「私も、待ち遠しかったです・・・」と。蕩ける瞳と共に甘い吐息で告げられたら、お前ごと食べたくなるじゃねぇか。


「・・・うまい、また料理の腕を上げたな。今日の弁当は、やけに気合い入ってるじゃねぇか。俺の好物が二品も入ってるぜ」
「ふふっ、お口にあって嬉しいです。最近、お弁当を作るのがとっても楽しいんですよ。東金さんに美味しいって言ってもらえると嬉しくて、次はもっと美味しい物を作るぞ〜って元気が沸いてきます」
「俺のために、お前が作った弁当を宝箱を開ける楽しみ。宝箱を開ける前の高揚感に似ているな。この中にはお前が俺に向けた、たくさんのメッセージや想いが、美味な食材に姿を変えて詰まっているんだ。そう・・・どんな宝石が詰まった宝箱よりも、価値がある」


食べる人の事を思い浮かべながら、お弁当を作る時間も幸せなのだと・・・そう言って浮かべる照れた笑顔に、胸の奥が熱く疼く。お前は無意識なんだろうが、立派な恋の告白で誘い文句だぜ。俺と二人でランチタイムを過ごせるお前は幸せ者だぜ?とからかえば、むくれもせず素直に喜びを示してくる。俺の事を考えながら作った、お前の想いと時間ごと食べる俺の方が贅沢者だなと、その笑顔に釣られて頬を緩ませた。


「俺の好みを熟知した完璧な味付、そして小さな遊び心と優しい気遣い。料理には性格が出ると言うが、小日向の作る弁当はお前が奏でるヴァイオリンの音色みたいだな」
「私の・・・ヴァイオリン?」
「好きってことだよ。温かくてどこかホッとする、それでいて心の底から力強さが漲ってくる・・・だから毎日でも食べたいと求めてしまう。ソロのファイナル前には、栄養バランスを考えながらも、スタミナがつくようなおかずを詰めていたり。ライブの前には俺の好物を必ず入れてくれる・・・お前の声援には気付いてたぜ」
「ステージに立つのは東金さんだけど、私も何か役に立ちたい。東金さんのヴァイオリン演奏が、大好きなんです。だから私なりに、想いを込めたお弁当に力になりたいと思いました」


箸で摘んだおかずをぱくりと口へ放り込んだ小日向は、美味しいと満面の笑みを綻ばせた。同じお弁当やおかずを二人で一緒に食べるって、幸せだなぁって思いませんか?と頬を桃色に染めたまま小首を傾げて。膝の上に乗せた自分の弁当箱と、俺の膝の上にある弁当箱へと、慈しむ眼差しを注いでいる。一人で美味しいと感じるよりも、嬉しさや美味しさを分かち合えたら、もっとその喜びは大きくなる・・・音楽と同じだ。


「お前の声援が、俺の音楽の原動力だ。小日向がくれる勝利のキスと、言葉に出来ない愛の想いも・・・な」
「えっ!?」
「気付かないと思ってたのか? ほら、このハート型をした四つ葉のウインナーとか。赤い矢の形をしたピック刺さった、プチトマトとか。プチトマトはともかく、このウインナーは可愛すぎるだろ。俺の事を考えながらどんな顔して、弁当箱に詰めていたのか目に浮かぶぜ」


弁当箱の隅にちょこんと二つ飾られていたのは、花のような四つ葉のハートウィンナー。丸い断面を十字に切り込みを入れて、更にその十字の間へ外側だけ切り込むように、ちょこっと切込みを入れたものだ。箸で摘んだ花を目線の高さへ掲げて眺めていると、じっと注がれる視線の先では、プチトマトみたく真っ赤に茹だった顔。


四つの小さなハートが咲かせる花は、食べると心の中からじんわり温まり、くすぐったい気分になる。好きだと告げる気持ちが、届いた心へ優しく広がるみたいに。全く・・・お前の方が可愛すぎて反則だぜ。 キッチンに居合わせたら、味見と称してつまみ食いだけではなく・・・お前の唇もしっかり味わい尽くしていたに違いない。


「お料理の本で見たときに幸せな気持ちになれたから、大好きな東金さんにも四つ葉の幸せを届けたかったんです。ごめんなさい・・・もしかして、気に入りませんでしたか?」
「馬鹿、何を泣きそうになってるんだ。お前の気持ちが嬉しいって、言ってるんだよ。この前よりも数が増えている、大好きが二倍に膨らんだってことだろ。それにプチトマトはお前の心だ、恋の矢がお前の心に刺さった意味は『俺に惚れた』どうだ、あたりだろう」
「すごい東金さん、当たりです!私の気持ちがちゃんと伝わってたんですね、嬉しい。でも、言葉に出されるとすごく恥ずかしいです〜」
「・・・俺からもお返しだ、しっかり受け止めろよ?」


羞恥で慌てる小日向の腰を捕らえ、ぐっと胸元へと抱き寄せた。木漏れ日を受けてキラキラと艶光る真っ赤なプチトマトを、恋の矢をしたピックから抜き去り、唇へ挟み込む。瞬きを忘れた大きな瞳が、じっと振り仰いで俺を見つめ、澄んだ光の泉に閉じ込める・・・。抱き寄せているのは俺の腕だが、食べてしまいたいと望む俺の方が、お前に捕らわれているんだ。


恋心に見立てた小さなプチトマトを、薄く開いて待つ唇へ口移し、そのままキスで封じ・・・絡め合う互いの舌で転がし戯れる。
食後のデザートも大事だろ? そうキスで告げる見えない言葉を感じ取ったのか、息づきの合間に瞳を潤ませながら視線で応え、しがみつく背の指先へ力を込めてくる。


手作りの弁当箱は、世界一の宝箱だ。短いけれど特別なひとときを重ねるうちに、お前と俺の想いが少しずつ身体へと染み渡り、お互いの一部となる。灼熱の日差しを遮る緑の葉のように、淡い想いは日々積み重なり色濃さを増して。